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「私たちは皆、民主主義の担い手」

Die Schweizerin und Italienerin Zaira Esposito stützt sich auf ein Geländer.
バーゼルでは「ティチーノ州出身のスイス人」で通っているザイラ・エスポジートさん © Thomas Kern/swisisnfo.ch

国際民主主義デーに際し、スイスで政治参加に尽力する2人の人物を紹介する。1人は、18歳という若さで政治家として当選した経験を持つザイラ・エスポジートさん(32)だ。現在は「移民セッション」で在スイス外国人の政治参加を目指す。

アスファルト、路面電車の騒音、大声で話す人の声――。 エスポジートさんが暮らす街の日常だ。住み始めて15年、バーゼル市のことは知り尽くしている。現在は政治参加と政治的インクルージョンに力を注ぐ。

エスポジートさんは、移民と共に移民の政治参加を促進する「みんなで投票協会」の共同代表を務める。政治家というより政策実現者という呼び名がふさわしい。この協会は開催が今秋再開される「バーゼル移民セッション」を後援する。エスポジートさんは政治家としての経験を持つ。初めて民主主義に触れたのはバーゼル市街から遠く離れた南部スイス・ティチーノ州の山村、セッサの地方議会だ。18歳という若さで当選し、任期満了前には1年間議長も務めた。

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バーゼルではティチーノ州出身のスイス人と見られるというエスポジートさん。だがティチーノ州では違った。母はドイツ語圏出身のスイス人、父はイタリア人、そして本人は二重国籍を持つ。ティチーノ州で政治活動を始めた頃は、政治参加の問題を気にかけたことはなかったという。問題を認識したのはバーゼルに来てからだ。

「過程もまた目標」

自分のことについて語り始める前に、エスポジートさんは州政府参事決定を取り出し、移民や政治参加がテーマの雑誌やチラシも見せてくれた。それには仲間と共同で執筆した記事も掲載されていた。自分の記事より他の記事の方が面白いと謙遜するその記事を読んでみると、「過程もまた目標だ」と書かれていた。エスポジートさんは表舞台に出る気もなければ、このテーマについて声高に語るつもりもない。この問題があまりにも重要だからだ。

その問題とは、バーゼル市ではスイスの国籍を持たない人には政治的決定権が与えられていないことだ。非スイス人は現在でも住民の37%を占め、その割合は急速に高まっている。新型コロナウイルスのパンデミック前にバーゼル市統計局が発表した資料によると、2029年には有権者の方が少数派になると予測されている。政治学においては、少数派が決定を行い多数派に決定権がないことは民主主義の欠如とされる。

スイス人とイタリア人のハーフ、エスポジートさん
政治的インクルージョンは気の長い話だが、その過程自体も目的だと言うエスポジートさん © Thomas Kern/swisisnfo.ch

エスポジートさんは、市民講座で担当しているスイスの政治システムの授業について熱心に語ってくれた。移民の間でも希望者が多い講座だが、理解が深まるにつれ、失望する人も少なくないという。

移民セッション

とはいえ、打つ手がないわけではない。「みんなで投票協会」がそのために作った枠組みでは、投票権や被選挙権のない人々が移民セッションで政治に参加できる。この「移民セッション」はどのように機能するのか?まず、スイス国籍を持つ人と持たない人から成る作業グループで、自分たちにとって重要な問題について話し合う。

世界中で民主主義が危機に瀕している。15年ほど前から、各地で権威主義・独裁主義が顔をのぞかせる。

スイスは安定のとりでだ。政府はほぼ全政党が同等の発言権を持ち、議会に解散総選挙はない。一方で有権者はイニシアチブ(国民発議)やレファレンダム(国民表決)を通じ、他のどの国よりも頻繁にさまざまな案件を自らの手で決められる。

しかしスイスの民主主義の歴史は、誰が発言を許されて、誰が許されないかを物語る。1848年に連邦国家が設立されたとき、国民の23%しか選挙権を持たず、人口の半分に選挙権がなかった時代はスイスの民主主義の歴史上で最も長い。女性が参政権を獲得してからまだ50年しか経っていない。しかし現在もなお、スイスに暮らす多くの人が、自分の意見を表明できない立場にある。

誰が発言権を持ち、誰が持たないかは、政治的に議論が分かれている。スイス国民の大多数は、定住外国人などへの参政権付与をずっと拒否してきた。国民党(SVP/UDC)青年部の政治家で弁護士のデミ・ハブリュッツェル氏が意見書の中で書いているように、「参政権は包摂のためのツールではない」と考えられているためだ。

民主主義国家は、誰がどの程度発言することを許されるのかというデリケートな問題にくりかえし直面する。自由民主主義が世界的な揺るぎなき規範でなくなった今は、民主主義国家は自らの期待に応えなければならない。

swissinfo.chが政治的包摂をテーマにした連載「インクルージョン」に取り組むのにはこうした背景がある。スイスで誰がどれだけ発言権を持つのか、といった観点から、専門家に話を聞き、スイスにおけるマイノリティや部外者のために活動している人々や運動を紹介する。

ちなみに、在外スイス人も長い間排除されていた。投票権が与えられたのは1992年からだ。

次に、本番の移民セッションとしてバールゼル議会の議場で決議が行われる。1年に1日だけのこの特別な土曜日は、スイス国籍がない人たちだけで採決が行われる。この機会を計画・準備し、参加者を集めるのがエスポジートさんの役目だ。審議中は裏方に徹し、政治的権利を支える一種のロビイストとして活動する。「普段は政治的発言権を持たない人たちがこの日だけは主役になるよう意識して動いている」(エスポジートさん)

提案から生まれた議案

階上席には党派を超えてさまざまな思想を持つ政治家が並ぶ。保守系右派の国民党(SVP/UDC)も例外ではない。当日、議員らは主に傍聴に徹しているが、実はこのセッションに深く関与している。例えば19年夏、移民を代表する女性議員が政府に議会質問を行い、複合議題「健康と移民」を提出した。秋に開催された移民セッションではその結果が発表され、本会議では当局による戦略が要求された。その後、セッションでは医療障壁を取り除くことが州の業務か否かを問う議論が交わされた。

すると普段は投票権のない「声なき人々」から、緑色の投票用紙が多数投じられ、移民セッションは「当局の戦略が必要」という結論に至る。これを受け、また同じ議員がこの問題を「統計データ」と「健康と移民の分野における協調」に関する議案として再び議会に持ち込んだ。本件は政府に送られ、現在も「審議中」だ。気の長い話だが、着実に進んでいる。過程もまた目標なのだ。

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民主主義の祭典

エスポジートさんが社会民主党(SP/PS)に入党して政党政治に参加しようと決心したのは、前回の移民セッション後だった。「政界復帰」に対し、エスポジートさんは、「若い頃にティチーノ州で経験した政治キャリアはあまり関係ない」と微笑む。村議会の議長として議員24名を率いた経験ははるか昔のことだ。しかもセッサ村の人口は当時700人を切っていた(昨年市町村合併が実施され、現在セッサはトレーザに統合された)。

これほど小さな自治体の議会にこれほど多くの人が携わる。これはもう議会であると同時に民主主義の祭ではないか。だがセッサでもスイス国籍を持たない外国人の割合は2割を超え、それでも彼らの声を汲み取る予定はない。保守的な山村も、バーゼルのような都会も、状況は同じなのだ。

ザイラ・エスポジートさん
エスポジートさんの住むグンデルディンゲン街区 © Thomas Kern/swissinfo.ch

前回バーゼルで行われた外国人選挙権に関する国民投票は、厳しい結果に終わった。行政側が妥協案に賛成していたにもかかわらず、だ。しかし今、バーゼルでは新たな動きが出ている。この12年で住民の大半が大きく変化したのだろうか?エスポジートさんは投票予想こそしないものの、「このテーマに関する議論は熟した」と話す。過程もまた目標なのだ。

インテグレーションからインクルージョンへ

変化の兆しは、使用される言葉にも現れている。現時点の争点は「住民選挙権」だ。この名称が強調しているのはバーゼル市で生活する市民であって、他者性が強調される「外国人選挙権」とは違う。インテグレーションに代わってインクルージョンを使った好例だ。

エスポジートさんが現在取り組んでいる活動のほとんどは政治的インクルージョンだ。これはティチーノ州時代には登場しなかったテーマだ。当時、普通高校(ギムナジウム)の生徒だったエスポジートさんは、イラク戦争のような国際情勢や、ティチーノ州で懸案となっていた教育予算削減計画のような州の政治に関心を寄せていた。

地方政治に4年間も携わった理由を聞くと、「私たちは皆、民主主義の担い手だから」という答えが返ってきた。この表現もまた、これまでエスポジートさんが選挙で選ばれた議会以外で行ってきた活動にぴったりだ。

独語からの翻訳:井口富美子

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