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スイスに逃亡の児童性虐待犯 処罰はどうなる

インドの子供
児童へのセックスツーリストたちは、緩い法律と国際協力体制の不備に乗じて法の裁きを逃れている Keystone / Biswaranjan Rout

インドで20年前、児童への性的虐待の罪で有罪判決を受けた夫婦が、保釈中にスイスに逃亡した。国境を越える司法手続きが複雑なため、彼らは再び裁きを免れる可能性がある。

それは新世紀で迎える初めてのクリスマスまであと1週間という頃だった。インド・ムンバイ在住の児童福祉活動家サンゲータ・プネカーさんはクリスマスどころではなかった。数日前に元ホームレスのタクシー運転手から、街に不審な外国人夫婦がうろついていることを聞かされたばかりだったのだ。運転手は夫婦のノートパソコンに映し出された不快な内容も目撃していた。

swissinfo.chの取材にプネカーさんは「運転手は私たちに何か手を打つよう頼み、彼らを降ろしたホテルを教えてくれた」と当時を振り返る。

その後プネカーさんが数日かけてその夫婦を尾行したところ、疑惑は確信に変わった。夫婦はストリートチルドレンを郊外の高級ホテルに誘い出していたのだ。プネカーさんはその情報を持って警察署長に掛け合ったが、相手にされなかったという。

それでもなんとか1人の下級警察官から協力を取り付け、彼女が現場を押さえたら踏み込んでもらうという段取りをした。プネカーさんは運が良かった。ある日、夫婦が少女2人を連れタクシーに乗り込む現場に出くわしたのだ。列車でホテルに先回りした彼女は、一行の到着をロビーで待った。

「ホテルに入ってきた彼らを見ると、少女たちはタクシーの中で様変わりさせられていた。髪はきれいにとかされ、服も新しくなり手にはぬいぐるみを持たされていた。よく練られた犯行に見えた」とプネカーさん。

少女は9歳と11歳で、路上の花輪売りだった。夫婦はホテルのスタッフに怪しまれないよう、2人を裕福な都会っ子に見せかけたのだ。一行が部屋に入るのを見届けると、プネカーさんは警察に通報した。警察がホテルの部屋を家宅捜索したのはそれから約1時間後のことだった。

警察が部屋に入った時、テレビにはポルノ映像が流れ、撮影用のカメラも設置済みだったという。

プネカーさんによると、警察は犯行現場を押さえただけでなく、このスイス人夫婦を逮捕するのに十分な証拠を見つけた。夫婦の荷物には、2人の服が4セット分だけしか入っていなかった。残りは子供服やセクシー下着、性的玩具だった。ノートパソコンからはインドやスリランカ、フィリピンへの旅行で撮影した児童ポルノが見つかった。万事休すだと思ったのか、男はメモリーカードを口に入れ、噛み砕いて証拠隠滅を図ろうとした。

プネカーさんによると、逮捕された男は「自分は11年間インドに通っている。インド人はみんな腐敗している。1人残らず買収できる」と豪語したという。彼女はインドの警察が対応をためらったのは「ヨーロッパから来た白人に物怖じした」からだと考えている。

法廷闘争

当時のインドには、児童への性的虐待を取り締まる特定の法律は存在しなかった。強姦(ごうかん)だけが、被害者が大人か子供かに関わらず犯罪とみなされていた。この夫婦(プライバシー保護のため氏名は非公表)はしばらくしてムンバイ刑事裁判所で裁判にかけられた。スイスの警察も証拠集めに協力した。

「当時スイスの警察がこちらに来て、夫婦のスイスのアパートで押収した証拠品を私たちに見せてくれた」(プネカーさん)

夫婦は弁護士や法律アドバイザーを多数雇ったが、2003年3月、裁判所から懲役7年の判決を言い渡された。この判決はインドの児童の権利にとって大きな勝利を意味した。それまで児童への性的虐待で有罪となった外国人は、ゴアのビーチリゾートで捕まった2人だけだったからだ。プネカーさんは、この事件が多くのインド人、特に警察と司法の目を覚ます役割を果たした、と話す。

「それまでは、夫婦と同じ年代の裁判官や上級警察官は、年寄りの男女にそんな行為は不可能だと思い込んでいたのだ」

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しかし、検察側の勝利は短命に終わる。夫婦がムンバイ高等裁判所に控訴した結果、その1年後に高齢を理由に釈放されたのだ。被害少女にはそれぞれ10万ルピー(当時のレートで約24万円)が支払われた。服役したのは刑期7年のたった半分だった。

プネカーさんを始めとする児童福祉活動家らはこの決定に抗議した。州の検事総長は判決を不服として最高裁に上告した。最高裁は夫婦の保釈を認める一方で、出国要請は却下した。逮捕後に没収された2人のパスポートは返却されなかった。

出国を拒否された数日後、夫婦はインドを脱出した。

スイスに戻った夫婦

プネカーさんは「国外逃亡することは分かっていた。彼らが刑を逃れたことよりも、我々インド人をまんまと出し抜いたことに傷ついた」と言い、保釈を認めたのは「外国人が服役中に死亡して国際的注目を浴びることをインド当局が避けたがっている」ためと考える。

男は逮捕時プネカーさんに「パスポートは複数持っている。逃げる手立てはある」と言ったという。夫婦は国境を越えネパールに脱出したとプネカーさんは踏んでいる。

しかし、彼らがどうやってスイスまでたどり着き入国したのかは分かっていない。連邦公文書館には2人に言及した9件の機密文書が保管されている。ムンバイ領事館関連が6件、在ニューデリー大使館関連が1件、スイス外務省関連が2件だ。

swissinfo.chによるこれらの機密文書の閲覧請求は外務省により却下され、現在異議申し立てが行われている。スイスではデリケートな文書は30年または50年の間機密扱いとなり、政府はこれらの文書の閲覧請求を拒否する権利を持つ。

2人の逃亡者は今も国際刑事警察機構(ICPO)の「国際逮捕手配書(赤手配書)」にリストアップされている。これは国際逮捕状ではなく、各国の警察機関に対し、引き渡しまたは同等の法的措置を目的として、被手配者の所在特定と身柄拘束を求めるものだ。

インドはスイスと犯罪人引き渡し条約を結んでいるが、スイス国民には適用されない。ただし、スイス側から外国で刑が確定した犯罪人の引き渡しを申し出る場合もある。これには一定の条件があり、「判決が確定し、かつ執行可能なものでなければならない」というのもその1つ。今回の夫婦はインド最高裁の判決がまだ出ていなかったため、スイス側が執行可能性について条件を満たしていないと判断したと考えられる。連邦公文書館が保管する機密文書9件のうち、アクセス可能な2件は「身柄引き渡しと起訴」に言及している。

プネカー
2000年の夫婦の逮捕現場にいあわせたプネカーさん。スイスでの公判については知らなかった Sangeeta Punekar

スイスの公判

司法機関の記録によると、夫婦はスイスに戻った後も犯行を重ねていた。現在79歳になる男は、スイス国内で児童との性行為および児童ポルノに関し複数の事件を起こしたため、スイス北部の都市フラウエンフェルトの裁判所で予審が開かれた。

プネカーさんは「新たな立件のニュースには励まされる思いだが、男が改心していなかったのは残念だ」と話す。

スイスの刑法第5条には外国で犯した未成年者に対する犯罪についての規定がある。しかし、「国外で決定され一部のみ執行された量刑は、その残りをスイスで服すのか、スイス側が未消化分を考慮した上で量刑を決定するのか」はスイスの裁判所の判断に委ねられている。

8月の予審でフラウエンフェルト裁判所は、79歳の男性とその妻に対するインドでの刑事訴訟の詳細が明らかでないとして、男性を実刑12カ月と罰金2千フラン(約23万4千円)に相当するとした検察の公訴を退けた。裁判所は検察に対しインド当局に法的支援を仰ぐよう求めた。

フラウエンフェルト検察のマルコ・ブロイ氏は「現在、再捜査中で詳細の確認を進めている。捜査が完了した時点で改めて訴追する予定だ」と話す。

現時点で夫婦は自由の身だ。検察は新たな訴追の時期について見通しを示せていない。インド当局の協力に左右される面が大きいためだ。被告の男性が高齢であること、健康状態が悪いことなどから最終的に裁判を回避する可能性もある。

セックスツーリズム

子供との性交渉を目的とした海外渡航者の人数についての正確な統計は存在しない。欧州評議会議員会議(PACE)の推定では毎年約25万人とされる。ただし、これは大半を占めると考えられる非常習的ケースや海外移住者の数は含まない。   

犯罪活動についての指標にICPOの国際防犯手配書(緑手配書)がある。ただし、これは間接的かつ不正確だ。この手配書は再犯の可能性のある犯罪者について各国が自主的に警告を発するもので、2011年から2015年にかけ渡航先で児童への性犯罪に及ぶ者について1928件が発行された。発行元の大部分(約95%)は南北米大陸だ。

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「旅行・観光における児童の性的搾取に関するグローバル・スタディー」によると、渡航先で性犯罪を犯す人間について典型的プロファイルは存在しない。ただし、加害者は男性であることが多い(ECPAT/ストップ子ども買春の会およびインターポール 2018年調べによると92.7%)。加害者には旅行者だけでなく、仕事関係の渡航者、出稼ぎ労働者、ボランティア活動と観光を兼ねた旅行者、駐在員、ボランティア、国内旅行者も含まれる。

白人、欧米人、中年男性の小児性愛者というステレオタイプは確かにある。一方でそれとは異なるタイプの加害者も増えている。例えば、東南アジアで処女を漁る中国、日本、韓国の男性や、ブラジルに旅行して児童買春をする若いエリートたち、「ビーチボーイ」を搾取しようとスリランカに向かう女性セックスツーリストらだ。

セックスツーリズムとスイス

スイスは、児童目当てのセックスツーリズムをなくすための世界的取り組みに参加しており、「子どもの性的搾取防止のための旅行・観光業界行動倫理規範」の主要資金提供国でもある。2009年にはオーストリア、ドイツと「目をそらすな」という名称のキャンペーンを立ち上げた。児童セックスツーリズムに対する意識啓発のほか、世界中の疑わしいケースの通報を受け付けるオンラインプラットフォームを開設した。

しかし、外国で児童性犯罪に手を染めるスイス人の数については公式の統計が無い。スイス連邦警察(Fedpol)はオンラインの通報フォームを設置し、児童セックスツーリズムの疑いがあれば誰もが通報できるようにしている。担当者によると2015年以降、計47件の通報があった。ただし、連邦警察はこの数字が世界における実態を反映するものではないと指摘する。

2006年にユニセフ(国連児童基金)がまとめたケニア海岸地域の児童セックスツーリズムに関する報告によると、マリンディ、モンバサ、キリフィ、ディアニといったビーチリゾートを訪れるスイス人の約12%がホテルや別荘で未成年の少女を性的に搾取する行為に関わっている。この数字はイタリア人(18%)、ドイツ人(14%)に次いで3番目だ。

海外でのスイス人による児童性搾取事件は最近メディアでも取り上げられるようになった。2018年にネパールのホテルで16歳の少年を性的搾取したとして逮捕された66歳のスイス人男性や、2012年にカンボジアで同様の罪で禁固5年の刑に処せられた81歳の常習犯のケースがそうだ。

しかし、海外で未成年者を性的虐待したとしてスイスで有罪判決を受けたスイス人の例はこれまで1件しかない。この男はスイスで児童虐待の罪で2回有罪判決を受けた後タイへの逃亡に成功したが、現地でスイスの警察に捕まり送還され、実刑に服した。釈放後、男は再びタイに向かい、そこで複数の少年を性行為やポルノ制作のため手なずけるなどの行為を行った。2018年、当時70歳代だった男はタイで10年にわたり延べ80人の少年に性的虐待を行ったとして、グリュイエール刑事裁判所で16年の実刑判決を言い渡された。

スイス児童保護基金のタマラ・パラムさんは「当該国とスイスの司法制度の違いが、こうした意図を持つ人間を利することになる」と話す。 

パラムさんはまた、スイス国内の法制度のばらつきが児童性犯罪者に有利となることを懸念している。というのも、児童ポルノ関連の秘密捜査は2021年以降、連邦ではなく州が行うことになったからだ。

「州がこの問題に対しまったくと言っていいほどリソースを投入していないのにもかかわらずだ」とパラムさん。「州ごとに法律が異なれば警察や法の執行機関にとっては州境がバリアとなる」 

スイス児童保護基金は、児童ポルノ対策のための国家戦略の策定を求めてロビー活動を行っている。

インドの児童権利活動家プネカーさんの願いは、彼女が長年追求し続けたこの夫婦が再び裁きを逃れるような事態にならないこと、そして、この事件を通じて海外での児童の性虐待問題や法の抜け道の存在に注目が集まることだ。

「判決内容よりも重要なのは、スイスがこうした犯罪の存在や犯人の処罰の必要性を認識することだ」とプネカーさんは言った。

(英語からの翻訳・フュレマン直美)

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