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スイスのイマーム向けに教育コース開設、研修から見える実情とは

研修参加者らの集合写真
研修参加者らの集合写真 CSIS

フリブール大学付属のイスラム教・イスラム社会学センターがイマーム(イスラム教指導者)向けに開講した継続教育コースが昨秋、初の課程を終えた。12カ月間の多岐にわたる研修は高い関心を集め、スイスで活動する120人のイマームの半数超(65人)が参加。スイスの実情を把握し、押し寄せる要望に対処する術を学ぶ機会となった。センター長のハンスイェルク・シュミット氏が総括する。

swissinfo.ch:プログラムの内容を具体的に教えてください。

ハンスイェルク・シュミット:参加者は大きく分けて2種類あるため、それぞれに応じて内容を変えています。

スイスに来て間もないイマームの研修では、導入的な要素を多く取り入れました。法律事情、社会における宗教の位置づけ、コミュニティーや若者の状況について理解を深めるガイドラインが必要だからです。

ハンスイェルク・シュミット氏
イスラム教・イスラム社会学センター(SZIG)のセンター長、ハンスイェルク・シュミット氏 www.stemutz.com

すでに数年前からスイスで生活しているイマームには、より実践的な研修を用意しました。たとえば、広い意味でのコミュニケーションをテーマに、2つの研修を行いました。コミュニティー内のコミュニケーションに着目した研修では、特に聴衆のニーズに見合った説教について考察し、もう一方では、各種行政機関との協力などを念頭に、社会とのコミュニケーションを軸にした研修も実施しました。研修で理解を深めた内容を、参加者が実践できることが肝心だからです。

スイス社会とのつながりにも重点を置き、一般公開や交流会を実施しました。市民社会への参加を強める狙いから、赤十字社と協力して献血を企画したイマームもいます。

swissinfo.chイマームがスイスでの活動中に直面する最大の課題は何ですか?

シュミット:イマームに対する期待や要望は多岐にわたります。救世主のごとくコミュニティー内の個人的問題を解決し、若者や社会統合、過激化プロセスの問題を巡る当局との対話役になることまで求められます。イマームはこうした分野の全てに通じていると思われがちですが、必要なスキルを全て備え、多種多様な要請に応じることは至難の業です。

こうした課題は移民コミュニティー特有のものです。トルコで活動するイマームの主な役割は、モスクを開け、祈りを主導し、説教することですが、ここスイスではイマームの役割が著しく拡大し、コミュニティーの人々の支援も行っています。社会福祉的な役割を担い、仲介役も務めているのです。

swissinfo.chスイスのイマームはそれぞれ異なるコミュニティー出身ですが、問題や期待に違いはありますか?

シュミット:共通点は多いですが、イマームの養成や採用の方法が異なります。スイスにいるトルコ人イマームは、その大半に当たる約30人が正式な採用手続きを経て、国家公務員として通常5年の任期で派遣されます。イマームが派遣先の言語や文化をまだよく知らないことが多いため、このシステムには難題が伴います。

アルバニア語話者とボスニア人のコミュニティーでは、トルコよりもはるかにイマームの在任期間が長く、スイス社会に根付いています。アルバニア語コミュニティーでは、通常のイマーム養成教育を受けずにスイスに来た現職イマームが何人もいます。当初は学生や労働者でしたが、深い宗教知識を買われ、いくつかのコミュニティーでイマームとして採用されました。

swissinfo.ch数年前にイスラム過激派によるテロを受けて起きた論争では、イマームが外国語で説教を行うことに制約がなく、過激な発言をしても当局が理解できないという事実が問題視されました。言語の問題には進展がありましたか?

シュミット:はい。パラダイム転換とも言えるほど、状況は大きく前進しています。母国語と現地語の両方で同時に説教を行うイマームが、ますます増えています。スイス生まれの若い世代は、スイスの公用語のほうが得意なケースが多いため、コミュニティーが自然と多言語化します。推定では、2カ国語で説教を行うモスクは、少なくとも全体の半数に上ります。

これは、イスラム教とイマームが単に外国の出来事ではなく、スイスの現実となったことを明らかに示す傾向であり、その証でもあります。今後も確実に進歩を続け、10~20年後にはスイス公用語での説教が当たり前になるでしょう。

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swissinfo.ch欧州のイマームがトルコや湾岸諸国から資金援助や養成を受けている点がよく取り上げられますが、この問題には何か進展がありますか?それとも、そこまで深刻に考える必要はないでしょうか?

シュミット:多くの場合は、神経質になりすぎだと思います。トルコや湾岸諸国で養成されたイマームであっても、性格、学歴や職歴、イマームになる動機は人それぞれです。直ちに「トルコ」や「アラブ」機関の回し者、といったレッテルを貼らずに、独自の意思を持つ個人とみなすべきです。

特にトルコのイマームについては疑念が湧いてもおかしくありませんが、私たちの研修で政治的な演説をした人はおらず、それはトルコ人イマームの行動方針に沿うものです。また、トルコの大学ではイスラム教学科に異分野を取り入れる学際的教育も行っています。心理学がその一例で、これはスイスに住むイスラム教コミュニティーへの対応に役立つでしょう。

湾岸諸国、中でもサウジアラビアは学生を引き付けるべく奨学金を提供しています。学生たちに後に自国のイスラム教思想を普及してほしいとの期待が込められていますが、その思想は往々にして過激で、スイスの実情と相いれにくいものです。しかし、研修では、たとえばサウジアラビアで学んだバルカン半島出身のイマームも自由意志を失っておらず、若い頃に学んだほど厳格ではないイスラム教の側面を受け入れられることが分かりました。

また、イマーム自身の発展は養成の場所に限らず、個人に負う面が強いです。スイスの大学で学んだとしても、過激化するケースはあります。

swissinfo.chスイスにおけるイマームの養成に関し、基礎養成を将来スイスで行うことは考えられますか?

シュミット:今のところ現実的ではありません。スイスでイスラム教の全課程を学べるようにするには多くの財源が必要です。イマームの養成に国が介入することをイスラム教のコミュニティーが認めるとは限りません。他方で、イスラム教国で取った学位はイマームにある種の正当性をもたらすでしょう。そのため私は、スイス以外の国で基礎養成を受け、スイスでは補完的な養成を行うという現在のソリューションが最も実利的だと考えています。

swissinfo.ch:トルコ人イマームを除き、コミュニティーは自らイマームを選出しています。これはスイス独自のイスラム教の発展につながりますか?

シュミット:その可能性はあります。しかし、イマームだけがスイスのイスラム教を築くわけではありません。若い世代にとって、スイスのイスラム教はすでに実生活に欠かせない要素となっています。イマームは確かに一定の役割を果たしていますが、絶対的な権力があるわけではありません。キリスト教の神父や牧師と同じで、イマームが説教した内容を信者が全て実践するとは限らないのです。また、批判的な意見もあります。たとえば、一部の女性は、女性の立場をないがしろにするイマームがいると主張し、そうしたイマームには賛同していません。

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swissinfo.ch:女性の地位はどうですか?スイスに女性イマームが誕生する可能性はありますか?

シュミット:イスラム教では、伝統的に男性がイマームを務めます。しかし、コミュニティーで積極的な役目を果たす女性は増え続けており、病院での宗教的ケア、若者の支援や教育関連の仕事などで活躍しています。イスラム教・イスラム社会学センターは将来的に、こういったイマームの役割の一部を担う女性を、よりうまく研修に取り込みたい考えです。

残念ながら財源不足のコミュニティーが多く、多数の女性や一部のイマームは無報酬で活動を引き受けています。コミュニティーにおける女性の活躍が原動力となり、将来的に新たな役職が生まれる可能性はあるでしょう。

仏語からの翻訳:奥村真以子

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