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スイスも再び原子力へ?気候と戦争が世界に迫る選択

スイスには現在、3カ所の原子力発電所が稼働している。写真はソロトゥルン州にあるゲスゲン原子力発電所 
スイスには現在、3カ所の原子力発電所が稼働している。写真はソロトゥルン州にあるゲスゲン原子力発電所  Keystone / Gaetan Bally

福島第一原発事故から14年が経ち、スイスを含む多くの国が原子力に回帰しようとしている。気候変動や地政学的な危機がその背景にある。

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2011年3月の福島第一原子力発電所事故は、歴史上最も深刻な原発事故の1つだ。大量の放射線が放出され、15万人以上が避難を余儀なくされた。

福島の災禍を受け、一部の国では既存の原発の安全性を再評価し、その結果を受けてエネルギー政策を転換した。国内の脱原発世論もそれを後押しした。スイスとドイツは段階的な脱原発を決め、ベルギーや台湾などは原発を閉鎖する意向を改めて表明した。

しかし、福島の原発事故から14年が経ち、原子力発電が再び脚光を浴びている。世界各地で原発が新たに建設され、日本を含む複数の国が原子力発電の再稼働・拡充に踏み出そうとしている。

2011年3月20日、事故で損傷した福島第一原子力発電所の原子炉
2011年3月20日、事故で損傷した福島第一原子力発電所の原子炉 AIR PHOTO SERVICE

原発に回帰する理由

ウクライナ戦争や中東の紛争などの地政学的危機を受け、世界の国々は自国のエネルギー源をどう確保するかという課題に直面した。石油やガスの輸入国は従来の供給元に頼れなくなり、代替策の模索を余儀なくされている。欧州委員会は2027年末までにロシア産天然ガスの欧州連合(EU)域内への輸入を禁止する方針だ。

一方で電力需要は増え続け、エネルギーの安定供給が課題となっている。電気自動車、ヒートポンプ、データセンターは電力消費量が大きく、再生可能エネルギーだけでは安定供給が難しい。

気候変動への対応も同様だ。国際原子力機関(IAEA)は、化石燃料に比べ二酸化炭素(CO₂)排出が少ない原子力を地球の脱炭素化の重要な鍵外部リンクとする。

スイス自然科学アカデミー(SCNAT)は最近の報告書で、原子力の利点について、低炭素排出、1kWhあたりの発電コストが低く、気象条件に左右されない点を挙げる。

>>一部の研究者は、原子力を安全なエネルギー源とみなすのは間違いだと警告する。詳しくは下記の記事へ↓

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原発回帰に傾くスイス 意識されざるリスクとは

このコンテンツが公開されたのは、 2011年以降、スイス政府は脱原発政策を進めてきたが、現在、クリーンエネルギー戦略という名目で諸外国に続いて原発新設禁止の撤回を検討している。しかし研究者らは、物議を醸す原子力発電には原発特有の、正しく理解されていない危険性が伴うと警鐘を鳴らす。

もっと読む 原発回帰に傾くスイス 意識されざるリスクとは

原子力発電所がある国は?

世界32カ国が、電力の一部を原子力発電で賄う。6カ国に1カ国が原発を持つ計算だ。世界原子力協会(ANM/WNA)の最新の統計外部リンク(6月)によると、世界で稼働中の原子炉は計439基あり、うち約半分が原子力大国のアメリカ、フランス、中国にある。現在、原子力発電は世界の発電量の9%を占める。

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スイスには3つの原子力発電所があり、4基の原子炉(ベツナウ1号・2号、ゲスゲン、ライプシュタット)が稼働中だ。2024年の発電量は23テラワット、国内総電量の28%を占めた。

原発を新設している国は?

世界原子力協会によると、24カ国が新しい原子炉を計画または建設中だ。中国は、今後15年間に新たに76基の原子炉を建設する予定。エジプト、トルコ、バングラデシュは国内初となる原発を建設する。

アメリカ、イギリス、フランスなど約30カ国は、2050年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を達成するため、原子力発電を現在の3倍に増やす予定だ。ルワンダやナイジェリアなどのアジアやアフリカの発展途上国も、電力供給を増やし電源構成を多様化するため、原子力を選択肢に加えることを検討している。

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EUが野心的な気候目標を掲げたことで、1980年代後半に既に原発を閉鎖していたベルギーやイタリアなどの加盟国は反原発の方針を見直した。ベルギー政府は今年5月、脱原発政策の撤回を発表した。

ドイツは2023年、最後の原子炉を廃炉にした。しかし、新政府が原子力を再考する可能性は残る。デンマークは40年禁止してきた原子力発電利用の検討を始めた。新世代の原子力技術の利点を分析する考えも示している。

日本政府もまた、原発を最大限活用すると定める国のエネルギー政策を閣議決定し、原発回帰を打ち出した。2016年に原発の段階的廃止を決めた台湾でも同様の動きがみられ、昨年5月に停止した馬鞍山原発2号機の再稼働をめぐって、8月23日に国民投票が行われる。

新世代型の原発は福島より安全?

世界で建設中の原子力発電所は主に第3世代型で、安全性は第2世代型に比べ10倍~100倍高い、とスイス自然科学アカデミーは説明する。その根拠の1つが、外部電源なしで自動冷却できることだという。福島第一原発事故では、冷却システムの故障が炉心溶融を引き起こした。

第4世代型はトリウムや古い原発から出た廃棄物などの代替燃料を使用できる。冷却に水は必要なくガスや液体金属を使用する。こうした点では有望だが、まだ試作段階にあり、「技術と費用対効果の面で大きな不確実性がある」とスイス自然科学アカデミーは指摘する。

課題は技術面だけではない。一部の専門家は、安全の確保を最優先と考える安全文化を根付かせること、そして国や独立規制機関のより緊密な協力体制を築くことが重要だと呼びかける。

スイスは原発の新設に動くのか?

福島第一原発事故から数週間後、スイス連邦政府は「国家エネルギー戦略2050」を策定し、既存原発の段階的な閉鎖と原発の新規建設禁止を決定した。スイスの有権者は2017年、このエネルギー政策を国民投票で承認した。

しかし、今、原子力発電をめぐる議論が国内で再燃している。

昨年、原発新設の解禁を求めるイニシアチブ(国民発議)「すべての人にいつでも電気を:ブラックアウト(全域停電)を止めよ」が提起された。イニシアチブ発起人委員会は、「気候に優しい」全ての発電方法を認めるとスイス連邦憲法に明記するよう求める。

政府はイニシアチブの内容は行き過ぎだとして反対し、憲法改正ではなく連邦原子力エネルギー法の改正により原発新設を可能にする間接的対案をまとめた。政府はこの改正法により、再生可能エネルギーで国内の電力需要を賄いきれない場合に備え、原子力エネルギーの選択肢を残す。

アルベルト・レシュティ・エネルギー相は7月8日、「原子力エネルギーの利用禁止が、連邦原子力エネルギー法から削除されることを期待する」と語った。

連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)エネルギー科学センターは2023年に発表した報告書で、原子力発電はゼロエミッションの将来において、エネルギー安全保障を確保するための選択肢となるとした。しかし新規原発の建設期間やコストについては依然、不透明だ。

スイス自然科学アカデミーは、新しい原発の建設には少なくとも8年はかかるとみる。

しかし、フィンランド・オルキルオト原発の原子炉1基(2023年に運転開始)が建設に16年以上を要したことを考えれば、それよりはずっと短い。中国・台山原発の原子炉2基はフランス電力(EDF)が9年で建設した。

「いずれにせよ、建設に至るまでには長い政治プロセスが先行する」とスイス自然科学アカデミーは指摘する。スイスのように直接民主制が浸透し、国民が最終決定権を持つ国では、建設計画はいくつかの過程で失敗する可能性がある。建築許可に反対が起こることも十分予想される。

スイス自然科学アカデミーは、新しい原子力発電所が稼働するのは早くても2050年以降だとみる。

編集:Gabe Bullard/vm/ts、仏語からの翻訳:竹原ベナルディス真紀子、校正:宇田薫

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