ニューロ・ファイナンスでスイス銀行を援助
金融業界の世界的競争に勝ち抜いていくには、この分野での基礎研究や情報が欠かせない。
ニューロ・ファイナンスの専門家がこのほど、ローザンヌ連邦工科大学 ( EPFL ) に赴任した。
ローザンヌ連邦工科大学 ( EPFL ) に教授として迎えられたのは、エコノミスト、ピーター・ボサー氏である。マネジメントの博士号を持つボサー氏は2004年にチューリヒ大学でも教鞭をとった経験がある。ニューロ・ファイナンスとは何か、何を研究課題にしているのかなどを聞いてみた。
swissinfo : 有名なカリフォルニア工科大学 ( Caltech ) からローザンヌ連邦工科大学 ( EPFL ) に赴任してこられましたが、なぜですか?
ボサー : 好機を得てということでしょうか。私の研究はお金のかかるものですが、スイスは金融の基礎研究と神経科学に研究費を投入することにしました。良い時に、良いポストに、わたしという適切な人材が選ばれたということでしょう。
カリフォルニア工科大学でのポストも決して悪いものではなかったのですが、研究費が少なかった。また、ニューロ・ファイナンス、ニューロ・エコノミーの研究は神経科学の専門家と一緒に行ってきましたが、この専門家がほとんどロンドン、ケンブリッジ、そしてダブリンにいます。1年後には、ヨーロッパで神経科学の専門家と、私のような経済学者から成る研究グループが形成されるでしょう。
swissinfo : 具体的にはどのような研究をされるのですか?
ボサー : まず脳造影法や機能的磁気共鳴影像法 ( fMRI ) などによって脳をスキャンします。またマウスを使う研究も行います。つまり、マウスを金融リスクに似たある種のリスク状態に置き、検査します。これの良い点は、脳全体が機能しない状態で特に神経を研究できることです。
薬理学ももう一つの研究分野です。ある種の薬剤を使うことで、人の選択を変えることができるのではと考えています。この分野の将来性は高い。というのも金融的決断をすることと賭けや麻薬に溺れることには、多くの類似性があるのです。脳の同じ部分が関係しているのです。
従って将来、麻薬常習や精神医学的問題が、投資など、金融上の決定に関わる理論によって解明できる日がくるかもしれません。
swissinfo : 単刀直入に、ニューロ・ファイナンスとは何ですか?
ボサー : ニューロ・ファイナンスとは、 一言でいえば、リスクを伴う決断の際に使う数学理論と神経科学をミックスしたものです。今日まで、経済や金融において、人間の判断が決定的な要素となっていました。投資などに関わる、経済上の選択肢を分析した場合、それは良いという判断から選ばれたものばかりでなく、計算間違いによって選ばれたものもあるのです。
実際のところ、金融界のリスクは非常に特殊なリスクです。一番予想不可能なリスクといえるかもしれません。株式会社の形態ができた15世紀以来、我々の脳はまだそれに適応できずにいるのです。ニューロ・ファイナンスは従ってリスクの多い金融界でどのように選択がなされているのかを解明しようとしています。脳の機能に取り組み、感情を大切な要素に考えています。
他の分野「行動ファイナンス」では、感情が金融上の決定を阻害するという仮説から出発しています。しかしニューロ・ファイナンスでは、感情と合理性は対立するものではないと考えます。感情は合理性の一つの構成要素と考えるのです。例えばある決定を下すには、ある種の感情が必要だと考えます。
swissinfo : 研究が目指すものは何でしょうか?
ボサー : いくつかあります。まず、リスクを前にして、人はなにを根拠に判断するのかという研究を進める必要があります。また誤算は何に基づくのか? 適切な決断を下すための補助的材料は何か? 例えば、感情の「伝染」を避けるというようなことが補助的材料になるのでは? などと考えています。
もう一つの目的は、ドーパミンやセレトニンとは対立するある種の薬剤を使った時脳内で何が起こるかをよく知ることです。
ニューロ・エコノミーは決定の理論を改善しようともしています。つまり新しく改善された人工的な知識を入手することなのです。
swissinfo : スイスでこういう研究を行うことの意義は?
ボサー : 世界のかなりの人の財産がここスイスで管理されています。これら各々の財産は、顧客の好みによって運用が決定されますが、実はこの好みの根拠というのが、よく分かっていないのです。
この好みを知ろうとして、色々の質問を投げかけます。しかしもし、この好みが誤算に基づいてなされていたらどうしますか? 結局、誤算と好みのミックスによって財産の運用が決定される。しかし、この誤算と好みを区別しなくてはならないと思います。いずれにせよ、ここ数年で、スイスの銀行業界をかなり助けることができるのではないかと思っています。
swissinfo、ピエール・フランソワ・ブッソン 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳
国際競争に勝ち抜くため、スイスの銀行、大学、公的機関は一体となって2006年に「スイス・ファイナンス基金 ( Swiss Finance Institute ) 」を創設した。
この基金の第一目的は、銀行業界と金融業界の基礎研究と最新の情報入手にある。
ピーター・ボサー氏がローザンヌ連邦工科大学 ( EPFL ) に教授として迎えられたのは、この基金の計画の一環としてである。また同大学は2008年、金融工学の修士課程を設立する予定である。
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