水インフラ「民営化への懸念払拭を」 国連マルスディ水担当特使
国連の初代水担当特使を務めるルトノ・マルスディ氏は、重要な資源である「水」を政治の最優先課題に位置づけるよう国連加盟国に働きかける。民間企業の協力も欠かせず、水インフラの民営化・商業化に対する不安を払拭する必要があると指摘する。
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「水不足、洪水、汚染…課題が山積みだ」。ジャカルタ中心部のホテルで開催されたフォーラムの合間にスイスインフォが行ったインタビューで、いま懸念していることを問うと、国連事務総長の水担当特使ルトノ・マルスディ氏(63)はこう答えた。
国連の水担当特使は、2023年3月に米ニューヨークで開催された国連水会議を受けて新設されたポストだ。アントニオ・グテーレス国連事務総長が初代特使に任命したのが、2014~24年にインドネシア外相を務めたマルスディ氏だ。
「事務総長からこの役職を打診されたとき、私にとってはもちろん新しい挑戦だった。私は外交官であって、水の専門家ではない。しかし、水はあらゆる生物、自然、地球にとって不可欠であり、生命そのものだと考えた。それが引き受ける動機になった」と同氏は説明する。
任務は、水と衛生に関わる問題を国連の内外で最優先の政治課題として提起し、加盟国や必要な資金を動員して問題の解決を図ることだ。
インフラの強化
マルスディ氏が最優先課題の1つに掲げるのが、安全な飲料水へのアクセス拡大だ。世界にはいまなお20億人以上が安全な水を利用できない状況にある。同氏によると、その実現には、インフラの強化、技術の普及促進、そしてとりわけ民間部門による投資の拡大が欠かせない。
「インフラは水へのアクセスを支える屋台骨だ」と同氏は語る。「データによれば、現在の設備は多くの場合、不十分で老朽化している。あるいは、そもそも設備がない。その結果、世界全体で推定30%の水が失われており、一部の国では50%に達する。極めて憂慮すべき状況だ」
こうした状況を踏まえると、インフラの近代化は急務だが、湿地、帯水層、河川流域といった自然の水システムの保全も忘れてはならない。
グローバルサウスへの技術移転
マルスディ氏は、もっぱら富裕国に集中する技術をグローバルサウス(新興・途上国)がより広く利用できるようにすべきだと考えている。
「水問題の解決には技術が極めて重要だ。だが、使われている技術の大半は時代遅れだ」と指摘する。
例えば、淡水取水量の72%を占める農業分野の灌漑やデータセンターの冷却において、より優れた技術が導入されれば、水資源の利用をもっと合理化できる。「企業や先進国と協力し、こうした技術を誰でも利用できるようにしなければならない」と同氏は話す。
また、改善に必要な資金の確保が重要だと強調する。「水供給や衛生設備への投資には、年間約6千億(約94兆円)~1兆ドルが必要だが、実際の投資額は約3千億~4千億ドルにとどまる。その91%は公的資金によるものだ。このため、公共の利益を確保しつつ、民間部門とのパートナーシップの可能性を探る必要がある」
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水を最優先課題に
マルスディ氏は任務の一環として、世界各国を精力的に訪問し、政治指導者をはじめ多くの関係者と面談を重ねている。2025年3月には日本を訪問外部リンクし、日本の水災害や水インフラに関する知見を世界のために生かすよう要請した。
「私の目標は、全加盟国を動員し、水を政治の最優先課題に位置づけてもらうことだ」と語る。「水をめぐるさまざまな取り組みや活動を調和させ、その効果を人々に広く行きわたらせる必要がある」
また、前回の国連水会議などでなされた約束の履行を促進することも重要だという。同会議では800以上の自主的な約束が表明された。「人々が期待しているのは、言葉ではなく、結果だ」(マルスディ氏)
2026年国連水会議
次回の国連水会議は2026年12月、アラブ首長国連邦で開催される。各国政府、国連機関、NGO(非政府組織)、民間部門、先住民らが参加する。
会議では、協力、多国間主義、投資などが主要テーマになる見通しだ。マルスディ氏は特に、民間企業の関与をめぐり「具体的な行動」が示されることを期待している。
「民間部門の関与は避けられない。問題は、それが重要なパートナーシップであるという私たちの主張について、どのように人々の理解を得るかだ。民営化や商業化につながるのではないかとの懸念があるからだ。そうではないと納得してもらう必要がある」と説明する。
さらに、「私たちにはいくつかの目標がある」と言う。その1つが、2030年までにすべての人が「安全な水とトイレを」利用できるようにすることをめざす国連持続可能な開発目標(SDGs)目標6だ。
「これは達成が最も遅れている目標の1つだ」として、マルスディ氏は「懸念している」。もしこの目標が達成されなければ、他の目標にも影響が及ぶという。水は他の目標の達成に不可欠だからだ。「エネルギー、食糧、気候変動について語るなら、水についても考えなければならない」と強調する。
多国間主義と水
多国間主義は行き詰まりをみせている。気候変動やプラスチック汚染といった地球規模の問題でも、加盟国はなかなか合意できずにいる。水は団結の契機になるだろうか――。
マルスディ氏は、「世界情勢が不安定であればあるほど、多国間主義と協力の重要性を強調する必要がある。人々に自分たちだけで問題を解決できると思うかとたずねれば、その答えは間違いなく『ノー』だろう」と考えている。
さらに、「水は国内問題にとどまらない」と指摘する。「水は誰もが必要とするだけでなく、国境を越えることもあるからだ。一部の国にとってはデリケートな問題だが、水は国をまたいで流れるのは事実だ。それを止めることはできない。だから協力する必要がある」
場合によっては、水が緊張の火種になる。例えば、ナイル川上流に巨大ダムを建設したエチオピアと下流のエジプトとの間で緊張関係が続いている。事態の打開に国際的な合意は必要だろうか?
マルスディ氏によると、国連欧州経済委員会(UNECE)にはそのような国際河川等の管理を定めた協定がある。「加盟国の大半は欧州諸国だが、国境をまたぐ水問題の平和的解決に向けて参加国の拡大に努めている」
就任から1年
就任から1年を迎え、マルスディ氏は、自身の取り組みが「非常に前向き」に受け止められていると自負する。
「水問題への関心が高まり、政治課題として重視されるといった進展が見られるのは喜ばしい。また、取り組みを調和させ、約束の履行を促進しようとする意欲も高まっている」と話す。「もっとも課題の規模を考えれば、このような進展でおよそ十分とは言えない。だから、私たちは一層の努力を重ねなければならない」
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編集:Virginie Mangin/sj、仏語からの翻訳:江藤真理、校正:ムートゥ朋子
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