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アルプスの小村から世界へ 未来を切り開く「白い塔」建築プロジェクト

2025年5月19日に行われた白い塔の除幕式。ヘリコプターが取り払ったベールの端が、写真の左上に映り込んでいる
2025年5月19日に行われた白い塔の除幕式。ヘリコプターが取り払ったベールの端が、写真の左上に映り込んでいる Keystone / Gian Ehrenzeller

3月末、スイス東部グラウビュンデン州のユリア峠にあるムルエンス村で、世界が注目する「Tor Alva(白い塔)」という建築作品が公開された。高さ30メートルを誇る、世界で最も高い3Dプリント建築だ。最先端技術と地域文化を組み合わせた象徴的なプロジェクトで、新たな建築技術の可能性と小さな山村の未来を切り開く。

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ムルエンス村の世界一高い3Dプリント建築「白い塔」の除幕式では、特別な演出が披露された。塔を包む銀色のベールがヘリコプターに引かれて空へと舞い上がり、一瞬にしてその全貌を明らかにした。

塔を支える柱は、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の産業用ロボットが、コンクリートを1層ずつ積み重ねて製作した。

ETHZの3Dプリンターでコンクリートを1層ずつ印刷し、柱の形に積み上げた
ETHZの3Dプリンターでコンクリートを1層ずつ印刷し、柱の形に積み上げた Keystone / Michael Buholzer

この工法が画期的だとされる理由は、従来の工法と比較して、コンクリートの使用量を半分にまで抑えられる点にある。

また、作業効率も非常に良い。3メートルの柱1本の印刷にかかる時間は、鉄製の補強材を組み込んでもわずか2時間。型枠も不要だ。

ロボットは4000層以上のコンクリートを積み重ね、軽量で頑丈なハニカム構造を内部に持つ柱を32本印刷した。1本1本が異なるデザインのこれらの柱を組み合わせて完成したのがTor Alva外部リンクだ。

ロボットアーム型の3Dプリンターに取り付けたノズルからコンクリート混合物を噴射する
ロボットアーム型の3Dプリンターに取り付けたノズルからコンクリート混合物を噴射する Keystone / Michael Buholzer

この塔の外観には繊細なタルト菓子のような面影があるが、それは偶然ではない。この地域の人々は過去数世紀にわたって世界各地に移り住み、菓子職人として財を築いた人もいた。塔の姿は、そのような歴史を思い起こさせるデザインとなっている。

以下の動画(英語)では、このプロジェクトの概要を分かりやすく解説している:

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難航した建築プロジェクト

白い塔の完成披露は当初、2024年6月下旬に予定されていた。しかし、ギー・パルムラン副大統領を迎えて落成式を行えるようになるまでには、多くのハードルを乗り越える必要があった。

スイスで文化保護活動を推進するオリゲン財団の代表であり創設者でもあるジョバンニ・ネッツァー氏は、独語圏のスイス公共放送(SRF)の取材に対し、この建物に対する当初のイメージは、「柱を印刷して、お互いに積み重ねれば完成する」という単純なものだったと語った。

白い塔の建築を主導したのは、このオリゲン財団だ。同財団は、スイス全土で知られる文化活動や現代建築文化の支援団体で、歴史的建造物の保護にも取り組んでいる。

白い塔の柱がクレーンで取り付け位置に運ばれる様子
白い塔の柱がクレーンで取り付け位置に運ばれる様子 Keystone / Gian Ehrenzeller

Nova Fundaziun Origen(オリゲン財団)は、財団自身の紹介によれば、山岳地域を拠点とする文化団体だ。その主な活動は「包括的な舞台芸術の振興、歴史的建造物の保存と再利用、挑戦的な現代建築への投資、独創性ある職人技の支援、質の高いホテル業界への貢献」と多岐にわたる。

2018年には、スイス文化財保護協会(SHS/PS)が質の高い都市開発を行った自治体に贈るワッカー賞を受賞。自治体以外の組織が選ばれるのは、当時史上初の快挙だった。財団の活動が、マスツーリズムに頼らない、山岳地域の経済的な可能性を示したとして評価された形だ。

ムルエンス村では、歴史あるホテルをホテル兼文化施設に改修したPost Hotel Löweや、菓子職人イェガー家のヴィラを文化施設として復元したWeisse Villaなどの建物の再生を手掛け、倒壊寸前の建物を救う試みを積極的に進めている。Weisse Villaでは建物そのものを数メートル移動させる大がかりな工事も行い、村を通る街道の拡張にも貢献した。

同財団は以前、文化イベントOrigen Festival Culturalの会場として、ユリア峠に赤色と黄色の木造の塔を1棟ずつ建てたことがある。

しかし、今回の白い塔の建築では、以前の木造の塔とは比較にならないほどの困難に直面した。新しい建築技術を取り入れたことで、設計から印刷、建築までの7年の間に、さまざまな遅れが生じたからだ。

例えば、この塔が立つムルエンス村は、1950年代にマルモレラ村を丸ごと水没させて完成したマルモレラ貯水池からほど近い、標高1480メートルの山岳地域に位置している。こうして、アルプス特有の厳しい気候に耐えられるよう、塔の材料に追加の調整が必要となった。

柱を1段1段固定する作業員
柱を1段1段固定する作業員 Keystone / Gian Ehrenzeller

寄付が支える地域活性の取り組み

数々の試行錯誤の末、白い塔の建築費用は410万フラン(約7億5000万円)から440万フランにまで膨らんだ。この巨額の費用は、ボランティアの協力や寄付によってまかなわれた。オンラインメディアのWatsonによれば、オリゲン財団では、現在も約50万フランの寄付を募っている状況だという。

財団の発表によれば、Tor Alvaは今後、没入型のパフォーマンスホールとして活用される予定だ。塔上部のドーム空間には最大45人まで収容でき、文化イベントが開催できる設計となっている。

ただし、塔の頂上まで登るにはガイド付き入場ツアーへの参加が必須だ。料金は100フラン。この料金には、グラウビュンデン州内にある任意の駅やバス停からの往復乗車券も含まれている。

また、同財団は人口わずか12人の小村ムルエンスの地域活性化にも関心を寄せている。文化イベントの参加者や建築ファンを呼び込むことで、ユリア峠の往来をより活発にしたい考えだ。V-Ticket von einer Station im Kanton Graubünden inbegriffen ist.

建築予定地を上から眺める
建築予定地を上から眺める Keystone / Gian Ehrenzeller

国際的な評価と新たな構想

この建築作品は、国際的にも注目を集めている。世界各国の有名メディアが次々とこの塔を取り上げる中で、米フォーブス誌に掲載された記事外部リンクは注目に値する。この記事では、最先端の3Dプリント技術とこの塔の文化的意義を結び付けて紹介しているからだ。

また、建築芸術を研究するドイツの非営利団体Initiative Baukunstも、この塔を建築物の新しい枠組みと結び付けて評価する記事を掲載した。「この白い塔は、デジタル制作によって実現した新たな美学を体現しており、その優美なデザイン言語は、光と影の共演を際立たせている」

完成済みのパーツには組み立て用の溝が彫ってあり、比較的簡単に組み立てられる
完成済みのパーツには組み立て用の溝が彫ってあり、比較的簡単に組み立てられる Keystone / Gian Ehrenzeller

オリゲン財団はこの塔だけにとどまらず、ムルエンス村に人々を呼び込むもう1つのプロジェクトを計画している。それは、ETHZや商工業分野のパートナー企業と協力し、この村にデジタル建築技術の拠点を築くというものだ。

この新たなプロジェクトの目的は、デジタル建築に関心を持つ建設業界の内外の人々に向けて、デジタル建築プロセスに関する深い知識を発信することだ。財団は問い合わせに対して、プロジェクトは現在構想段階にあると説明している。

この塔は期間限定のインスタレーションとして展示される。そのおかげで、自治体の厳しい建築基準法にもかかわらず、5年間の展示が許可された
この塔は期間限定のインスタレーションとして展示される。そのおかげで、自治体の厳しい建築基準法にもかかわらず、5年間の展示が許可された Keystone / Gian Ehrenzeller

展示期間の制限と環境への配慮

白い塔には1つの制約がある。それは展示期間が5年間に限られているという点だ。この自治体の建築基準法にはデジタル建築を想定した規定がないため、オリゲン財団はこの塔を期間限定のインスタレーションとして届け出ざるを得なかったと、地元紙Südostschweizは伝えている。

ある州議会議員は州当局に対し、短期間で解体されてしまうこの塔の建築は、環境への配慮という観点で適切なのかと問いかけた。新聞の報道によれば、マルクス・カドゥーフ州知事はこの質問に対し、環境面での評価は塔を解体した後の対応にかかっているとしたうえで、少なくとも建築主側は塔の再利用を計画しており、リサイクル可能な材料で建築したと回答した。

「この塔のプロジェクトが、資源に配慮した革新的なコンクリート印刷技術の普及に繋がるのであれば、環境面でもプラスの意義を持つと言えるだろう」

編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:本田未喜、校正:宇田薫

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