The Swiss voice in the world since 1935
トップ・ストーリー
スイスの民主主義
ニュースレターへの登録

スイスの相続税制、世界的には軽いが例外も

11月30日、スイスでは、非常に多額の遺産に課税することで気候変動政策の財源を確保することを目的とした連邦相続税の創設を求める国民発議が採決される。
11月30日、スイスでは、多額の遺産に課税することで気候変動政策の財源を確保する連邦相続税の創設を求める国民発議が採決される。 Keystone/DPA/Arne Dedert

スイスで今月30日に新たな相続税の導入の是非をめぐる国民投票が予定され、国内で大きな議論を呼んでいる。統計上はスイスの税負担は減少傾向にあり、税収に占める割合も小さい。ただ課税権を持つ州間の差は大きく、相続税を全く課さない州もあれば、多くの先進国よりも重い税を課す州もある。

スイスでは11月30日、新たな相続税の導入案が国民投票にかけられる。社会民主党青年部(JUSO)が提案したこの憲法改正案は、巨額財産の相続・贈与に連邦税を課し、気候変動対策の財源に充てる内容だ。直近の世論調査では68%が反対しており、投票で可決される見込みは非常に低い。

おすすめの記事

連邦財源を増やすために相続税を導入するというアイデアは目新しいものではないが、今回も大きな論争を巻き起こしている。2015年には、連邦レベルの相続税を導入し老齢・遺族年金(AHV/AVS)の財源に充てる内容のイニシアチブ(国民発議)が国民投票にかけられたが、7割以上の反対票で否決された。

イニシアチブ(国民発議)はスイスの直接民主制の根幹を成す制度の1つで、10万人分の署名を18カ月以内に集めれば、憲法改正案や新法を提案できる。イニシアチブは国民投票にかけられ、国民と州の過半数の賛成を得られれば成立となる。 

2015年当時は連邦政府や右派政党、財界がイニシアチブに反対した。相続人の納税負担が重くなり、富裕層がスイス国外に移住してしまうと訴えた。

だがその後も相続税導入案はくすぶり続けている。世界を見渡しても、格差拡大や財政難を背景に、相続税の導入・強化を繰り返し議論する先進国は少なくない。フランスやドイツも現在、この議論が再燃中だ。

相続税のないOECD加盟国は14カ国

経済協力開発機構(OECD)によると、加盟先進国38カ国のうち24カ国が相続税を法律で定めている。スイスやベルギーには相続税はあるが、課税権は国ではなく地方政府にある点で特異だ。

スイスには、連邦税としての相続税は存在しない。相続税の対象や税率、徴収方法は各州が決定する。スイス税務会議外部リンクによると、全26州中オプヴァルデン州とシュヴィーツ州を除く24州が何らかの形で相続・贈与税を課している。

相続税のない14カ国のうち、4カ国はこれまで一度も導入したことがない。他の10カ国は1970年代以降、「政治的な支持の欠如」(OECD)を理由に廃止した。最後に廃止したのはノルウェーとチェコ共和国(2014年)だ。

外部リンクへ移動

共通原則

相続税を課すOECD加盟国の間には、相続税制の設計に関して共通のルールがある。一般的に、相続資産の額が多いほど税率が高くなる「累進課税」を採用する。

また相続税を免除する親族の範囲にも共通性がある。配偶者はほぼすべての国で非課税だ。子も多くの国で非課税、または大きな控除が設けられている。

スイスも同じで、全ての州が配偶者と、パートナーシップ制度(2022年7月の同性婚合法化前に同性愛者が利用した制度)による相続は非課税だ。また23州で子も非課税とされている。

大きな違い

しかし詳しくみると、税率や控除額は国ごとに大きく異なる。スイスやベルギーといった地方政府に課税権がある国では、地域差も大きい。

例えば子が相続人となる場合の税率だ。日本では資産額に応じて0~55%が課される。韓国では最大50%、フランスは最大45%だ。一方、子は非課税という国もあり、平均は15%前後となっている。

子への税率に関しては、スイスはOECD平均を大きく下回る。前述のように23州では子による相続は非課税で、課税する3州も極めて低い。アッペンツェル・インナーローデン準州では30万フラン(約5830万円)を超える相続に1%、ヌーシャテル州では3%、ヴォー州では100万フラン(約1億9400万円)を超える相続に0.1~7%といった具合だ。 だが家族以外の相続人となると、話は大きく変わる。この場合の税率は州によって大きく異なり、ヴォー州とジュネーブ州では最大50%超と、最も税率の高い国に近づく。

税収は控えめ

税制の違いは税収の差を生む。だがOECDが指摘するように、相続・贈与税収が税収全体に占める割合はほぼすべての国でかなり小さく、平均でわずか0.5%だ。

OECDはその要因として、「課税対象者が少なく、タックスプランニング(税の最適化)の余地も狭い」点を指摘する。つまりほとんどの国では、相続財産のうち最高税率が適用されるのはごく一握りの富裕層に過ぎない。

スイスの2023年の相続税収(15億フラン)は、連邦・州・自治体の総税収の0.7%を占めた。ただ前述のように、スイスではすべての税制が州によって運営されているため、他の中央集権国家との比較はほとんど意味がない。州レベルでみると、相続・贈与税は税収の2.4%を占める。

相続税収のシェアが1%を超えているOECD加盟国は日本、韓国、フランス、ベルギーの4カ国だけだ。韓国ではOECDトップの2%超となっている。

相続税のない14カ国では当然ながらシェアは0%。そのほか8カ国では0.25%未満にとどまる。

外部リンクへ移動

税金は下がり、相続財産は増える

近年の国際トレンドとして、相続税は徴収の強化よりはむしろ廃止・軽減が進む。OECDによると、1980年代以降にいくつかの加盟国で非課税限度額が引き上げられ、税率が引き下げられた。

スイスもこのトレンドをたどる。相続税制に詳しいローザンヌ大のマリウス・ブリュルハルト教授(経済学)によると、スイスでは過去30年間で平均税率外部リンクが下がり続けた。

外部リンクへ移動

平均税率が下がった原因について、ブリュルハルト氏は主に「子に対する相続税の廃止」があると説明する。1994年から2004年にかけて「一種のドミノ効果」が起こり、各州が相次ぎ相続税を引き下げた。オプヴァルデン準州は1981年に導入したばかりの相続税を、2017年に全廃した。

相続税の引き下げに伴い、相続資産は激増した。1990年の200億フランから、2022年には880億フランへと膨れあがった。だが相続税収はそれほど大きくは増えず、約9億フランから14億フラン未満への増加にとどまった。

現在、相続資産100フランあたりの納税額の平均は1.6フラン。スイス税務会議は、相続・贈与の総額を踏まえるとこの課税額は「やや控えめ」だとみなしている。ブリュルハルト氏によると、今年のスイスにおける相続・贈与資産の総額は、過去最高の1000億フランに達すると予想される。

一方、日本は相続税を強化してきた。最も大きいのは2015年の改正で、基礎控除が「5000万円+1000万円×法定相続人の数」から「3000万円+600万円×法定相続人の数」に引き下げられた。これにより相続税を払わなければならない人が急増。それまで死亡者100人当たり相続税の対象になるのは4件あまりだったが、2015年から8件余りに増えた。直近2023年は9.9件に達している。

2015年は2億円を超える相続資産への税率引き上げも行われた。日本経済新聞外部リンクによると、当時の改革の狙いはバブル後の地価下落への対応と、消費増税への不満が高まるなかで富裕層への課税を強化することにあった。

外部リンクへ移動

課税強化に加え、地価の上昇や高齢化・死亡者増加に伴って日本でも相続資産の総額は増え続けている。それは日本やスイスに限らず、世界で見られる現象だ。

国際会計事務所EYのスイス支社が昨年発表した調査によると、2024年に2兆~3兆ドルだった世界の遺産総額は、2030年までに「中国の年間GDP(18兆ドル)に相当する」額になると見積もる。これが国庫にとって莫大な財源になるとの見方もある。

相続・贈与税を課すことの是非は、経済学者の間でも意見が分かれる。

【賛成論】

スイスを含む先進国では富の創出に占める相続の割合が増加し、不平等が拡大している。相続税は相続資産の一部を再分配することで富の集中を制限し、機会均等を促進するのに役立つという主張がある。

また、相続税収は公共政策の財源とされ、最も裕福な世帯を対象としている点が、他の税目に比べ公平さが高いとされる。

経済的自由主義的な議論もある。相続税は所得税に比べ働く意欲や起業意欲を減退させる効果が小さく、経済的に効率的だという。また相続税は生前における消費や投資を促す。

【反対論】

すでに生前に課税された資産への二重課税、あるいは財産権や家族相続の侵害との批判がある。

相続税制が適切に設計されていない場合、経済に悪影響を及ぼす可能性も指摘される。起業や貯蓄を阻害し、さらには裕福な納税者や企業を遠ざけるリスクを指摘する研究もある。スイス政府はまさにこの点を懸念し、11月30日の国民投票に反対の立場をとっている。

日本の最高税率は55%

相続5000万フラン(約95億円)への50%課税で富裕層が逃避すると恐れるスイスだが、日本は既に資産1億円の相続資産に40%、3億円で50%、6億円を超えると最高税率の55%が課される。スイス・ヌーシャテル州出身のピエール・イヴ・ドンゼ大阪大学教授(経済学)は、こうした税体系は富裕層にとって「日本を魅力的ではないものにしている」とみる。経営史が専門で高級品業界にも詳しいドンゼ氏は、一部の超富裕層は相続税を忌避しシンガポールに移住し、こうした顧客向けにシンガポールに支店を置く日本の銀行もある、と話す。

ただ富裕層が住む国を選ぶにあたり大切なのは、税制だけではない。ドンゼ氏によると、昨今は中国の経済的衰退から逃れるために日本に移住する中国人富裕層もいるという。一方、日本は「ドバイとは対照的に、移民に対して制限的な政策や言語の壁が超富裕層にとっての大きな障壁になっている」。

日本についてドンゼ氏がより問題視するのは、相続税の「社会の平等性を向上させる」という機能の在り方だ。富の再分配という点において、「日本の相続税は全く機能していない」。相続税が高くても、貧困層は貧困層のまま、中産階級の経済状況も悪化を続けている、と話す。

ドンゼ氏によれば、その背景には「スイスとは異なり、公費が大幅に無駄遣いされている」ことがある。GDP200%を超える累積政府債務を抱える日本は、国家歳入の約4分の1を返済に充てなければならない状況だ。「それに比べ、スイスは国の収支をはるかに厳密に管理している。そのため、税率を低く抑えても予算が回る」という。

編集:Balz Rigendinger、英語からの翻訳・追加取材:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部