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スイスの気候法施行から1年 ロビー活動で多くが骨抜きに

クローテン空港の航空機
旅行業界には、新たな規制に対応するための猶予期間が与えられている Gaetan Bally / Keystone

スイスでは新たな気候変動対策(改正CO₂法)が施行されてから1年が超ぎた。実態をつぶさに観察すると、同法の多くの条項において、気候変動対策がかなり骨抜きにされていることが分かる。

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1.9トン。これは今年1月から、全てのチューリヒ発ロサンゼルス便の航空券に記載されているはずの数字だ。改正CO₂法で追加された第7a条は全航空会社に対し、フライトごとの二酸化炭素(CO₂)排出量の明示を義務付けている。

CO₂法の内容を明確化するCO₂法施行令も改正され、明示義務の開始日を2026年1月1日と定めた。だが今のところ、ロサンゼルス便の乗客がチケットをいくら眺めても、1.9トンという数字を見つけることはできない。一体なぜか?

ロビー活動の成功

それはCO₂施行令が再改定されたことに起因する。スイス連邦内閣(政府)は2025年、CO₂施行令の再改定を迫られた。政府の報告書にはその理由がこう記録されている。「旅行業界は長期的な計画期間を必要とし、適切な準備期間を要するため、実施開始を1年延期する」

猶予期間の延長は、旅行業界によるロビー活動の賜物だ。旅行代理店グローブトロッターのアンドレ・リューティ社長とスイス旅行協会のマーティン・ヴィットヴェア会長は、この目的のためにベルンを日参した。旅行業界は、この規定を実施するために国際的に統一された算出方法は存在しないと主張した。それは驚くべきことだ。何十年も前から、myClimateのようなポータルサイトで数回クリックするだけで飛行機のCO₂排出量を調べることができるからだ。

飛行機の排出量に関する意識啓発は重要だ。休暇に伴う排出量は全体の3分の1を占め、うち約半分が飛行機に起因する。2024年末に科学誌ネイチャーに掲載された調査外部リンクによると、スイス人が休暇で排出するCO₂は地球上の平均的な人の年間排出量と同等だ。調査対象の170カ国のうち、スイスは休暇中の排出量で7位にランクインした。

夜行列車、暖房、製造業も

気候変動対策法とその実施状況を単一の産業の視点から見れば、猶予期間の延長はとるに足らないことかもしれない。だが視野を広げると、旅行業界の振る舞いが決して特殊ではないことが分かる。CO₂法は昨年、少しずつ骨抜きにされていった。3つの事例がそれを証明している。

【実例①】連邦統計局によると、スイスから飛行機で行く欧州各都市の約8割は、鉄道でも到達可能だ。スイス議会がCO₂法の改正で鉄道網拡充への投資を決めたのも、そうした実態が背景にある。同法第37条a項には、2025年初頭から「夜行列車をはじめとする越境長距離旅客鉄道輸送の振興」のための国庫負担が明記された。

これを受け、スイス連邦鉄道(SBB/CFF)はチューリヒ~ハンブルク~コペンハーゲン~マルメ(スウェーデン)間の夜行列車路線の新設計画を発表した。切符も発売された。

だが計画は撤回された。2025年12月の審議でスイス議会が国庫負担を否決したためだ。連邦鉄道(SBB)は切符の販売を中止し、購入済みの切符は返金する。

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【実例②】1990年以降、運輸部門の排出量は8%しか減っていないのに対し、建築部門ではほぼ44%減少した。建設部門では暖房のCO₂排出量に課税されたことに加え、政府の補助金が改正前のCO₂法第34条に盛り込まれたことが勝因だ。2010年以降、化石燃料暖房システムの交換や建物の外壁断熱工事などを対象に、年間約5億フランの補助金が拠出されている。

だが今、補助金は削減に直面している。年間約30億フランの予算削減をめざす緊縮財政案「救済パッケージ27」の一環として、政府は第34条の削除を提案した。アルベルト・レシュティ環境相は2024年末の記者会見で、補助金はその目的を果たしたと主張した。

会見の数週間後、スイス連邦会計検査院が発表した報告書で、補助金に関連して「暖房と給湯の3分の2はなお化石燃料で賄われている」と指摘した。つまり、補助金は決して役目を終えていないということだ。結果的に、議会は補助金の完全廃止を否決したが、大幅に削減されることになった。

【事例③】改正CO₂施行令第66a条は特定の企業に対し、年間2.25%のCO₂排出削減を最低目標として義務付ける。スイスでは化石燃料由来のCO₂排出量1トンあたり120フランのCO₂税が課されるが、これらの企業は対象外だ。

その見返りとして、企業は連邦政府と「目標協定」を結んでいる。企業が課税免除のために実施する気候変動対策を定めた一種の契約だ。2024年まではこれらの契約に最低削減量は明記されていなかったため、2025年から2.25%を義務付けたのは画期的なことだった。

だが早くも綻びが出始めている。2026年以降、製造業の一部は再び緩和措置を受けられるようになった。連邦内閣は、この緩和措置を「2025年8月7日に発効した、米国へのスイスからの輸入品に対する39%の追加関税への対応」と位置付けている。関税は11月に15%に引き下げられたが、緩和措置は修正されなかった。ここでも、業界のロビー活動が奏功したとみられる。

詳細な規則の欠如 

スイスの2つ目の重要な気候変動対策法である「気候・イノベーション法(KlG)」の施行も順調に進んでいない。同法の2つの条項について、詳細が明文化されていない。

その1つは、連邦政府の模範的役割に関する第10条だ。連邦政府機関や政府関連企業は率先して模範を示し、スイスの他の業界よりも早く排出実質ゼロを達成する規定だ。

もう1つは、金融業界に関する第9条で、「連邦は、スイスの金融センターが低排出と気候変動対策に効果的に貢献するための措置を講じる」と定めている。だがスイスの金融機関に対する気候変動規制は、スイスの法律のどこにも見当たらない。存在するのは、任意・匿名のアンケート調査くらいだ。連邦内閣は、法案を策定しない理由として、議会から明確な委任を受けていないことを挙げている。第9条が義務付けるのは「連邦」に対してであり、「連邦内閣」ではないとの言い分だ。

スイスは小さな国だ。世界的に見れば、スイスの排出量は取るに足らないかもしれない。だがコンサルティング会社マッキンゼーの調査によると、スイスの金融業界が関与する排出量はスイス領内で直接発生する排出量の約6~9倍に当たり、直接排出量の数倍大きい。

「現時点で2030年の気候目標を達成できないことは確実であり、達成は大幅にずれ込む」――こう自己批判するのは、スイス連邦環境庁で気候変動部門を統括するレト・ブルクハルト氏だ。

気候・イノベーション法は2023年夏の国民投票で60%近い圧倒的多数で可決された。だが今月8日に行われた「気候基金イニシアチブ」は反対票7割超で否決された。同案は、スイスが国の環境改善のために年間39億~77億フランを投資することを求めていた。

※筆者のアレックス・ティーフェンバッハーは、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)で環境科学と哲学を専攻した作家で、様々なメディアでフリーランスのジャーナリストとして活動している。スイスの気候変動関連法制を専門とし、2022年にはスイス気候ジャーナリズムネットワークを共同設立。緑の党(GPS/Les Verts)党所属。

編集:Veronica De Vore、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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