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台湾はどうやって世界を代表する直接民主主義の法律を作り上げたか

台北
台北の中正紀念堂前の広場。台湾が1990年代に一党独裁制から現代民主主義へ移行した際、重要な歴史的役割を果たした swissinfo.ch

台湾島に始めて降り立ったポルトガル人の探検家たちは、山と森に覆われたこの島を「フォルモサ」(ポルトガル語:Ilha Formosa「美しい島」)と呼んだ。今日、台湾の人口は2300万人に上る。そしてわずか数年のうちに、世界でも有数の(直接)民主主義のモデル国家に成長した。経済発展に向けて努力し、政治に情熱を捧げ意欲的、かつ紛争という重荷を背負った東アジアの国家がだ。

 天気の良いある春の日、台中市和平区のユーイン村。ダーアン川が静かに流れる。

 昔は川が氾濫(はんらん)し、荒れ狂う水がこの平和な村をのみ込んだこともあったという。「子供たちの面倒をしっかりみてやらないとね」と、共有の炊事場にいる年配の女性が言う。

 我々は今、台湾の少数民族16部族の一つであるタイヤル族が暮らすエリアにいる。近年、この島国を現代民主主義のスターダムへのし上げた「ホットスポット」の一つでもある。(タイヤル族、別名は『真の人間』を意味するアヤタル族。台湾には約9万5千人のタイヤル人が暮らす)

ユーイン村
タイヤル地区にあるユーイン村。台湾には16の少数民族が存在するが、その1部族がここに住む swissinfo.ch

 「2年前にレファレンダムをしたんです」。ピリン・ヤプ校長は我々を彼のボウマ小学校に迎えると、そう話した。「台湾初の『先住民に重点を置いたカリキュラム』を導入するという試みに、有権者のほぼ3分の2が賛成しました」。現在、生徒と教師は新しい履修計画に沿って勉強に励む。子供たちは英語、中国語、算数といった一般科目のほか、タイヤル族に伝わる狩猟や酒造り、刺青などの手法も学ぶ。「これらの授業は、全て我々独自の言語であるタイヤル語で行います」とヤプ校長は話す。

 この小学校のカリキュラムはまだ実験段階だが、台湾全土の教育制度も大幅な改革が進められている。政府の新たな提案によると、蒋介石の軍事政権時代にさかのぼるカリキュラムを見直し、現代の課題やニーズを反映した内容に変える。過去25年間で台湾は、自由で公正な選挙制度を持つ技術先進国へと急速に発展した。

中華人民共和国の介入

 台湾で2番目に大きい都市、台中にある国立中興大学のム・ミン・チェン国際事務局長は、「今の台湾の民主主義は活気にあふれ、多くの可能性を秘めている」と言う。

 亜熱帯気候の台湾は、過去にオランダ、漢民族、清王朝、そして日本などに統治された歴史を持つ。1947年以降は共産党との内戦で敗れた中国国民党(KMT)が台湾を占領した。

 2年後の1949年、共産党は中華人民共和国を建国。今日では世界で最も人口の多い国(約14憶人)に発展した。台湾人が民主的な選挙で中国国民党(現在は野党)から自由を勝ち取ったにもかかわらず、中華人民共和国は今も台湾を武力によって占領すると威嚇している。中国政府のこうした一方的な政策が台湾に緊張を生み、軍事費用が増え、国際機関のメンバー入りを阻む要因になっている。

ピリン・ヤプ
ピリン・ヤプ校長は、自分の小学校で少数民族に重点を置いたカリキュラムを導入したことを誇りに思っている。これも民主主義の実験の一環だという swissinfo.ch

 今から約20年前、台湾人が初めて直接選挙で総統を選出した際、中国は台湾周辺の海域にミサイルを撃ち込み有権者を妨害しようとした。中国政府は台湾人の参加型民主主義に対する情熱を鈍らせようとしたが、結果的にはこの軍事行為がかえって台湾の民主主義発展に大きく貢献することになった。

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レファレンダムとは?

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは国民が憲法改正案を提案したり、連邦議会で承認された法律を国民投票で否決したりできる。

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 こうして過去20年間、台湾は堅牢な選挙制度を築き上げただけでなく、直接民主制度を活用し大きく前進した。

 2003年、議会は初の国民投票法を制定。国民が(イニシアチブにより)新しい法案を提案し、現行の法律もレファレンダムによって廃止できる権利を認めた。この新しい法律は国民に歓迎され、国や自治体レベルでさかんに国民投票が行われたが、実施条件や手続きは有権者に優しいものとはいえなかった。

 そして昨年末、議会は国民のイニシアチブやレファレンダムに関する新しい法律を可決。台湾初の女性総統、蔡英文(ツァイ・インウェン)氏は、この法律が「力を国民の元に戻す」と発言している。

 そして真のグットニュースは、今春、私の直接民主制の世界ツアーで台湾に滞在中、「国民に力を戻す」という政府の発言が実際に行われていたことだ。以下にその理由を説明しよう。

市民一人一人の声が届くシステム

 「台湾の新しい体制は、誰もが意見を聞いてもらえるシステムだ」。改正法が1月初めに施行されたとき、中央選挙委員会のイン・チン・チェン委員長はそう語った。台湾の新しい直接民主制度のプロセスは以下のような特徴がある。

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1)国民は、新しい法律、政策、原則(イニシアチブ)を提案し、現行の規定を廃止する(レファレンダム)権利を有する。但し予算に関するイニシアチブやレファレンダムは認められない。

2)イニシアチブやレファレンダムを実現するには、件名、内容、理由が記載された発起人(イニシアチブあるいはレファレンダムの法的な代表者)の提案に少なくとも国民1800人の署名が必要。

3)中央選挙委員会はイニシアチブとレファレンダムの監督当局として、イニシアチブ発起の段階で公聴会を開いたり、助言をしたりするほか、必要であれば発起人に追加の署名を集める機会を与えるなどしてサポートする。そして議会と政府は、イニシアチブやレファレンダムへの賛否を表明する文書を出す。

4)発起人は、必要な署名(全有権者の3%、あるいは28万人分)を6カ月以内に集めなければならない。しかしこの期間が過ぎた後でも、発案者は無効の署名を除外し、必要に応じて追加の署名を集めることができる。

5)改正法は、対象者全てに手続きの時間枠を明確にし、国民投票に向けたキャンペーンについての主要な規則を定めている。また、このガイドラインは財政透明化、電子署名の可能性、施行の規則、控訴権なども含む。

6)新しい規則の下では、国民のイニシアチブによる国民投票の場合、有権者の25%の賛成を得られれば案件に拘束力が生じる。法定得票率が有権者の5割だった従来の規則と比べ、この点は大きく緩和された。これまでは反対派が投票に参加しなかったりボイコットを行ったりする問題があった。

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象徴的な町を持ち上げる男

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イニシアチブとは?

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは、政治的決定に参加する権利が市民に与えられている。直接民主制はスイスだけに限った制度ではない。しかし恐らく、ほかの国よりこの国でより発展している。

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 先ごろ台北の中央選挙委員会で国民との対話が行われた際、私は発言の機会に恵まれた。私はこの新しい法律について「これは世界で最も優れた直接民主制の法律の一つだ」と伝えた。

 私がここまで高く評価した理由は、政府と国民が対話を通じたアプローチを採っているからだ。もっとも、カリフォルニアで活躍するジャーナリストのジョー・マシューズ氏が指摘したように、この法律にも課題はある。予算関連の案件を除外した点や、法律で定められていない政策や原理をどう扱うかという点だ。

 面白いことに、改正法(正式には『国民投票法』)は自治体、地域レベルのイニシアチブ・レファレンダムの要件も緩和した。

「学習意欲」にあふれる社会

 施行後、さっそく効果が表れ始めた。既にNGOやシンクタンク、政党に所属する人々が、全国レベルだけでも十数件のイニシアチブや国民投票を立ち上げた。

 「この改正法を勝ち取るために長い間戦ってきた。だからすぐに使いたいのです」。イニシアチブを立ち上げた台湾の政党「時代力量(NPP)」のヤ・ティン・ヤン氏は言う。

 同党は2014年のひまわり学生運動(中国との貿易協定反対をめぐる社会運動)を機に生まれた。16年には国民議会で5議席獲得した。

デモ活動
最低賃金を求め、台北でデモ活動する活動家たち。今年初めに導入された制度改革に伴い、市民が新しい法律を提案できるようになった swissinfo.ch

 同党は現在、この新しい直接民主主義の法律をいかに実利的、かつ戦略的に活用できるか模索中だ。「最低賃金を求める市民のイニシアチブを立ち上げた。憲法制定会議の実現にこぎつけるため、このイニシアチブをどう使えば良いか検討している。今、学習意欲が非常に高まっている」とヤ・ティン・ヤン氏は意気込む。

 中央選挙委員会で行われた初のイニシアチブの聴聞会で、NPPの議長(最低賃金イニシアチブの発起人)とホァン・クオプ・チャン氏は、政府や当局を非難する態度から一転、イニシアチブが無事受理されるよう、件名の変更にすんなりと応じた。 

 最低賃金(及び労働法)を巡ってはこのほかにも複数のイニシアチブを提起する試みがなされたが、発起人らはそれらを一つにまとめ、国民にアピールしていく方針だ。長い間、対決型政治が続いた台湾でこの春、より融和的な歩調が現れるようになった。

 他にも同性婚の合法化、原子力発電の将来、(軍事政権後の)移行期正義、食料安全保障などのイニシアチブが進行中だ。

 台中で都市開発団体を率いるツン・リ・ヤン氏は「今まで長い間、限られた主要政治団体の中からしか選べなかったが、ようやく重要な課題の話し合いや決断に集中できるようになった」と喜びを語る。

 また、リン・ジャーロン台中市長は、台中を台湾とアジアの民主制度をサポートするハブ地点にしたいと発表した。

 2019年10月2日~5日に台湾で現代直接民主制のグローバルフォーラムが開催される予定だ。その覚書にサインするため、私は数日前にリン市長と握手を交わしたが、市長は「参加型・直接民主制をあらゆる政治レベルで実現する必要がある」と言っていた。

 台中はローマで開かれる現代直接民主制のグローバルフォーラム外部リンク(9月26~29日)に高官視察団を派遣する予定だ。このフォーラムは私とジョー・マシューズ氏が司会を務める。これらの会議で、台湾の直接民主制度がどのように発展したか聞くのが非常に楽しみだ。新しく導入された素晴らしい改正法が、実際にどう機能するかが興味深いところだ。

#ddworldtour(直接民主制のワールドツアー)

スイスとスウェーデンの国籍を持つ作家でジャーナリストのカウフマン氏は、民主主義の現状を探索する世界ツアーで各国を回っている。今年5月までに4大陸20カ国に足を運ぶ。

スイスインフォはこれまで、カウフマン氏による現地レポートを配信してきた。

カウフマン氏のワールドツアーは主にスイス・デモクラシー財団外部リンクが出資。カウフマン氏は同財団の国際協力部門の責任者を務める。スイスデモクラシー財団は世界中で参加型・直接民主制に関する様々なプロジェクトやプラットフォームを主催。また、デモクラシー・インターナショナル外部リンクダイレクト・デモクラシー・ナビゲーター外部リンクIRI Europe外部リンク などからも支援を受けている。

※この記事は、スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ#DearDemocracyの一部です。ここでは国内外の著者が独自の見解を述べますが、スイスインフォの見解を表しているわけではありません。

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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