AIは民主主義の力になれるか スイス発の言語モデルに世界が注目
大手テック企業がAI(人工知能)業界をけん引する米国出身のサイバーセキュリティ専門家ブルース・シュナイアー氏は、スイス国産のAIモデル「アペルトゥス(Apertus)」に民主主義への希望を見出す。スイスのある専門家も、AIが民主主義制度の一部になると確信している。
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「スイスから来た方はいますか?」——2025年11月、仏ストラスブールで開かれた世界民主主義フォーラムの会場で、ブルース・シュナイアー氏はそう呼びかけた。ハーバード・ケネディスクールの講師であるシュナイアー氏は、AIと民主主義について講演し、その中で繰り返しスイスに言及した。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)が開発した「Assisted Democracy(支援型民主主義)」の概念、そして同大ローザンヌ校(EPFL)と共同開発した言語モデル「Apertus」について話を続けた。
「営利目的でなく、盗用データも使わない」このモデルは、公益のためのAIが可能であることを示している、とシュナイアー氏は述べた。
シュナイアー氏は2026年1月のオンラインインタビューで「民主主義には多くの問題がある。AIが引き起こした問題ではない。多くはAIによって悪化した問題だ」と語る。「問題は、AIを使って民主主義を強化させる方法があるのか、だ。答えはイエスだと思う。しかし、それを実行に移さねばならない」
鉄道の歴史から学ぶ教訓
シュナイアー氏は米誌タイムへの寄稿外部リンクで、この件を19世紀の鉄道になぞらえて論じた。当時、米国の新しい鉄道路線は「分断された人々を結び」、権力への参加機会を平等にする可能性を持っていた。しかし実際には、一部の人々を途方もなく豊かにしただけだった。
「鉄道は今日のAIと同じく公共インフラだ。私たちは皆、それぞれ異なる目的でそれらを使う。だからこそApertusは強力なのだ。誰もがその上に構築できるプラットフォームだからだ」とシュナイアー氏は説明する。
大企業なしに技術が存在しうる好例だという。「私たちは、白人男性のテック億万長者たちが利益目的で作ったのではないAIモデルを持てるだろうか?」とシュナイアー氏は問いかける。その実現方法を示したのが、この小さな国だという。
コストが下がるにつれ、こうしたモデルが増えると同氏は見込む。個々の言語モデルは「ほぼ互換性を持つようになる」とし、ApertusやシンガポールのSea Lionのようなオープンモデルが広く使われるようになると予測する。
AIサービスが機関によって導入されるか、市民の自発的な取り組みから生まれるかは、民主主義への重要性を決める決定的な要素ではないとシュナイアー氏は言う。「文書作成支援ツールのGrammarlyは、民主主義における編集にも使われている」
AIへの不信感が民主主義に悪影響を与えないかという問いに対し、シュナイアー氏は「あなたの知り合いはみな、段階的に道順を表示してもらうためにスマートフォンでAIを使っている」と反論する。真の信頼を人はあまり考えない。「真の信頼は裏方に留まる(普段意識されない)」
現在への批判、未来への楽観
信頼すべきAIを見極めることが重要だとも強調する。「特定のビジネスモデルを持つAIへの社会的信頼は低いかもしれない。私はFacebookは全く信用しない。しかし、あなたはレントゲン写真を分析するAIは信頼するだろう。医師たちは(AIの方が)より正確だからそれを使う」——これこそが信頼の本質だという。「AIが悪いことをしたなら、企業を責めよ。技術のせいにするな」とシュナイアー氏は言う。原因は企業の意思決定にある、と指摘する。
ストラスブールでの講演や、タイムの寄稿では熱意に満ちたトーンのシュナイアー氏だが、2025年5月の米議会監視委員会での証言では異なる側面を見せた。「前の4人の発言者はこの技術の可能性を論じた。私は国家安全保障への影響について、つまりわが国がデータをどのように結びつけ、AIモデルに投入しているかについて話したい」と述べた。そして、ドナルド・トランプ政権のDOGE(政府効率化省)職員がデータベースからデータを吸い上げ、「Palantirのような民間企業」に提供していた実態を詳述した。「これらの行為は、政治的立場にかかわらず、この場にいる全員を含む、我が国の安全と全員の安全に取り返しのつかない損害をもたらす」と証言した。
シュナイアー氏は現在の現実には批判的だ。だが、未来については楽観的な見方だ。
Apertusが生まれたスイスでも、AIへの信頼は一様ではない。2025年のeガバメント調査によれば、スイス国民の23%は行政でのAI活用を例外的な場合のみに限定すべきと考え、40%は明確なメリットがある場合のみ容認するとした。ETHZの「安全保障2025」調査では、AIは社会的信頼の面で最下位に位置し、信頼スコアは10点満点中4.3点と、前年より0.3ポイント低下した。
民主主義国家はAI分野で協力すべき
チューリヒ大学で計算社会科学を研究するディルク・ヘルビング教授は「Apertusが示した道を一貫して歩み続けるべきだ」と話す。「検索エンジンや、市民社会プロジェクトのための民主主義促進プラットフォーム」にも拡張できると言い、Apertusは「輸出品としても成功する可能性がある」と見る。
ヘルビング氏は、AI分野での国際協力として「人権を尊重する民主主義国家との連携」を推奨する。具体例として日本、韓国、台湾、インドを挙げる。
一方、独裁国家ではAIが大量監視に基づく支配を強化し、国境を越えた影響をもたらす可能性があると警告する。
AIが民主主義に悪影響を及ぼし得る理由
民主主義の後退は「デジタル化とAIが最近たどった道とも関係がある」とヘルビング氏は指摘する。「企業は最大限の市場を求めるが、多くの人々は民主主義国家に住んでいない。独裁的なシステム向けに開発されたソフトウェアは、ここで使われるものにも影響を与える」と説明する。
言語モデルは「他の人間よりもはるかに効果的に私たちを操作できる」ことも知られているという。また、「今日は問題ない」システムが、明日には別のアルゴリズムに基づいている可能性もある。
デジタル化が「自由、人権、民主主義」にどう貢献できるかは「残念ながら研究が少ない」分野だという。「オープンデータ、オープンソース、オープンアクセス、ハッカソン、メーカースペース、市民科学、参加型予算策定」などの市民社会的取り組みを支援し、「デジタル技術の権力乱用と乱用可能性についての啓発」を進めるべきだと主張する。
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AIがデータを収集し、偏りを広める
リスクは政治学者のレティシア・ラムレ氏も認識している。ラムレ氏は、スイスの財団TA-Swissテクノロジーが社会に与える影響を研究している。
民主主義の観点から現在最も懸念しているのは、「私たちの行動や好みを分析するためのAI活用」だという。
大量のパーソナライズされたおすすめやコンテンツは、「そうした手法を熟知したプロ」によって「人々に微妙な影響を与えるために」利用される可能性があるという。
ラムレ氏によれば、AIは国民投票や選挙キャンペーンの設計においても、すでに民主主義に直接的な影響を及ぼしている。「今や確かに言えることが2つある。それは繰り返し実証されているからだ。AIによる文章出力は非常に説得力を持ちうる——そして説得力は民主主義において大きな力を発揮する」とラムレ氏は説明する。
AIモデルは、少なくとも予防措置が講じられていない限り、そのバイアスや歪み、画一化への傾向を増幅させてしまうだろう。ディープフェイクを研究するラムレ氏は、大量に生成される偽情報や誤解を招くコンテンツも、民主主義における情報と方向性へのリスクと見ている。
こうした相互作用に加え、ラムレ氏は、AIサービスが民主主義の制度の一部となる、と予想。「多くの進行中のプロジェクト」や「その方向性での取り組み」が存在するという。少なくともスイスの公共部門においては、このプロセスにおいて基本的人権、データ保護、そして監視が「真剣に受け止められている」と指摘する。
一方、現在の米国政府はこうした事柄を全く気にかけていない。「政府は民主主義を解体するためにAIを引き続き利用するだろう――それが彼らの目的だからだ」とシュナイアー氏は語る。「そして、それに反対する人々は、民主主義のためにAIを活用するだろう」。AIは力関係のバランスを変えることはない。むしろ、双方にさらなる力を与えるのだ。
編集:Marc Leutenegger、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子
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