米・イランの軍事衝突が再燃 ホルムズ海峡情勢は世界の貿易にどう影響するか
米国とイランによる直接の軍事衝突が再び激化し、世界のエネルギー流通の要衝、ホルムズ海峡をめぐる不安が再燃している。両国間では6月中旬に戦闘終結に向けた了解覚書が発効し商船の通航も再開し始めていたが、その矢先に危機収束への期待は崩れた。石油をはじめとする商品輸送への影響について専門家らの見解をまとめた。
ホルムズ海峡をめぐる各国政府・企業の最大の関心事は、もはや正常化がいつ実現するのかだけではない。エネルギー安全保障や海運、世界のサプライチェーンに対する国や企業の考え方が、この危機をきっかけに恒久的に変わるのかどうかだ。商品取引の集積地であるジュネーブなどの貿易専門家らは、今もこの問いを何より重視している。
実際のエネルギー市場はというと、これまで大方の予想を上回る強靭さを示してきた。
「私たちは間違えた。惨事を前に『なんてこった。最悪の事態だ』と考える罠に、あまりに深くはまってしまった。しかし、システムは順応した」。こう語るのは、米シンクタンク「ナショナル・センター・フォー・エナジー・アナリティクス(NCEA)」のニール・アトキンソン上席研究員だ。アトキンソン氏は国際エネルギー機関(IEA)の石油部門の元トップでもある。
危機の発端は、米・イスラエルが2月28日にイランを攻撃し、同国がホルムズ海峡の封鎖で対抗したことだった。当初は壊滅的な供給ショックが生じたように見えたが、衝撃は緩和された。代替輸出ルートの利用やペルシャ湾岸以外での生産拡大、戦略備蓄の放出、需要の抑制が合わさったためだ。米ゴールドマンサックスは3月、ホルムズ海峡を通過する輸送の混乱が長引けば、原油価格は最悪の場合で1バレル当たり(以下同)200ドル(約3万2500円)まで上昇する恐れがあると警告していた。しかし結局のところ、国際指標の北海ブレント原油は4月30日の約126ドルをピークに下落。供給の状況は懸念されたほど深刻にはなっていない。
国際金融市場にインフラとデータを提供する英LSEGは6月、ジュネーブで商品取引関係者の会合を開いた。アトキンソン氏はここで発表を行い、世界の原油・天然ガス液(NGL)貿易のうちホルムズ海峡を通過する約20%分に関し、需給両面での一連の「相殺」でいかに脅威が和らいだのかを説明した。
同氏は会合後、スイスインフォの取材に応じ、「最初に対応に動くのは業界だ。市場参加者は『この混乱をどう回避するか』と考える。そうして迂回路を見いだす」と語った。
例えば世界最大の石油輸出国サウジアラビアは、東西パイプラインを通じて紅海沿岸のヤンブー港を経由する輸出を拡大。アラブ首長国連邦(UAE)はオマーン湾沿いのフジャイラ港を経由する輸出を増やした。どちらもホルムズ海峡を完全に迂回する出荷ルートだ。
また、中国、日本、韓国、インドは部分的に戦略備蓄や需要抑制も用いながら、ペルシャ湾岸地域からの輸入を減らした。これと並行し、米国、ブラジル、カナダ、カザフスタン、ロシア、ベネズエラといった産油国の輸出拡大が不足を一部埋め合わせた。
一方、アトキンソン氏は、市場の短期的な強靭さと長期的な変容を取り違えてはいけないと忠告。歴史的出来事を評価するには時間が必要で、それはホルムズ危機にも当てはまると指摘する。「この戦争が勃発したのは2月末だ。悪影響はまだまだ終わらない」
とはいえ、ある程度は長期的変化も焦点に入ってきている。ペルシャ湾岸の輸出事業者は、代替となる輸出インフラやアジアの顧客に近い海外貯蔵設備への投資に力を入れるだろう。買い手もまた、単一の調達先や調達ルートへの依存度を見直している。
実際、日本と韓国は危機の間、ペルシャ湾岸産の原油の多くを米国産、ブラジル産、ノルウェー産に切り替えた。アトキンソン氏によれば、たとえ供給が正常化しても日韓のペルシャ湾岸依存が以前ほどに戻るかは疑わしい。両国は「依存率を90%に戻したくはない」と熟慮を重ねるだろう。
しかし、たとえ調達先が多角化されたとしても、ペルシャ湾岸地域がエネルギー市場で果たす中心的な役割は衰えない。同氏は「(ペルシャ湾岸の)供給地域としての重要性は極めて根本的だ。変化するものではない」と言明。石油輸出国機構(OPEC)を脱退したUAEが危機前の水準で生産を再開したことや、石油需要の堅調が開発途上国を中心に数十年続くとみられることに言及する。
危機がエネルギー移行を促すとも考えない。同氏に言わせれば、この軍事衝突で世界経済へのリスクが意識された結果、化石燃料が突如として全面的に拒絶されるという想定は「非現実的」だ。
何か変わるとすれば、石油を市場に出す際のリスクを企業がどう管理するのかだ。アトキンソン氏は、仮に明日、ホルムズ海峡が完全に開放されたとしても、すぐに海運が正常化するわけではないと指摘する。機雷やイランが提案した通航料徴収もまた、不確実性を押し上げる。
「確信が必要だ。船舶所有者や船員、保険会社が、船への攻撃はないと信じる必要がある。了解覚書が署名されてから、月曜、水曜、金曜は平和が訪れたかのようになる。そして、火曜、木曜、土曜に衝突が再発する。それで、日曜はだいたい休みになる」(アトキンソン氏)
ホルムズ海峡の航路は米国とイランがそれぞれ支配する回廊に分かれており、イランが同海峡への支配を緩めるとは考えにくい。両国が6月17日に了解覚書に署名したことで、一時は航行正常化への期待が高まった。しかし、7月7日に商船が攻撃され、米国がイラン側の標的を攻撃したことで、複数の船が進路を反転。ホルムズ海峡は今後も危機の中心であり続けるとの懸念がよみがえった。
また、ドナルド・トランプ米大統領は8日、両国の停戦は「終わった」と述べ、米軍がさらなる攻撃を行う可能性に言及した。その後、米国とイランは双方が攻撃を繰り返し、17日と18日には複数の米兵が死亡した。トランプ氏は20日、SNSに「イランは米兵殺害の何倍もの代償を支払うことになる」と投稿した。
船舶への攻撃
船舶自動識別装置(AIS)のデータを見れば、回復までの道のりの長さは一目瞭然だ。
ホルムズ海峡の通航量は交戦開始まで1日に125〜135隻前後が記録されていたが、軍事衝突が最もひどかった時期には1桁まで落ち込んだ。多くの船が同海峡を避けるか、AISの位置信号を切ったためだ。英海事機関(UKMTO)によると、船舶への攻撃は交戦開始から2週間だけで少なくとも16回報告された。
海運各社はホルムズ海峡の通航の一時停止を余儀なくされた。世界最大手のMSC(Mediterranean Shipping Co、本社ジュネーブ)もその1社だ。同社傘下の船は1隻が銃撃され、さらに1隻がイランの革命防衛隊に拿捕されている。同社はコメントの要請に応じなかった。
フランスの大手CMA CGMは、早期の正常化は期待すべきでないと警告する。ロドルフ・サーデ最高経営責任者(CEO)は6月7日、フランス議会外部リンクで「平和に向けた方策が向こう数週間で履行されたとしても、さらなる危機が起こらない保証はない。ホルムズ海峡の人質になるわけにいかない。ホルムズ海峡が再び開放され、すべてが元通りになるという発想にはとらわれない」と述べた。
世界の通商の約80%は海路で行われ、海運の混乱はすぐさまサプライチェーンに波及する。危機が起こるまで世界の石油の約20%がホルムズ海峡を通過していた。製造業や農業を支える液化天然ガス(LNG)や石油化学製品、肥料もまた、かなりの量が同海峡を通っていた。
国連貿易開発会議(UNCTAD)の国際貿易・商品部門を統括するルスマリア・デラモラ氏はスイスインフォに対し、「ホルムズ海峡は全世界、世界の貿易にとって極めて重要」だと語る。その一方で、全世界が混乱の代償を平等に分かち合い、負担するわけではないとも指摘する。
UNCTADは6月30日、燃料価格の高騰と食料輸入への打撃に同時にさらされる脆弱な国・地域が61あると発表した。その大半で石油と穀物の輸入が輸出を上回り、政府が輸送料や保険料、エネルギー価格の上昇に対処することになる。該当する国・地域では約10億人が暮らし、うち30%余りが1日3ドル(約486円)未満で生活している。
デラモラ氏は「エネルギー価格の高騰や運賃の上昇、食料をはじめとする輸入品の値上がりは、こうした国に住む人々の福祉に重大な影響を及ぼす。この先行き不透明な日々が続くほど、コストは押し上げられる。小さく、脆弱な開発途上国・地域では特にそうだ」
同氏の見方では、ホルムズ危機には、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで生じた傾向を強める働きがある。政府や企業は調達先や輸送ルート、市場を多角化し、より強靭なサプライチェーンの構築を図っている。しかし、サプライチェーンの再構築には時間と投資が必要だ。
「調達先の切り替えは1日ではできない。サプライチェーンが強靭、多様である必要性を考えることは、今なお求められている。ホルムズ海峡のありさまは、そのことを思い起こさせる」
編集:Virginie Mangin/dos、グラフィック:Pauline Turuban、Kai Reusser、英語からの翻訳・校閲:高取芳彦、校正:大野瑠衣子
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