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ジュネーブ国際人権映画祭、ウクライナ侵攻でプログラム変更

今年のジュネーブ国際人権映画祭は、ロシアのウクライナ侵攻に揺れた
今年のジュネーブ国際人権映画祭は、ロシアのウクライナ侵攻に揺れた ©miguelbueno

「ジュネーブ国際人権映画祭とフォーラム(FIFDH)」は今年、20周年を迎えた。記念すべき年を特徴づけるのは、ロシアのウクライナ侵攻と同映画祭総監督の退任だ。

20年にわたり、ジュネーブで人権の擁護者と映画ファンを集めてきた「ジュネーブ国際人権映画祭とフォーラム(FIFDH)外部リンク」。2015年から同映画祭の指揮を取ってきた総監督のイザベル・ガッティカー氏にインタビューした。

swissinfo.ch:初めに今の世界情勢について伺います。ロシアのウクライナ侵攻によって、映画祭のプログラムに何か変更はありましたか?

イザベル・ガッティカー:はい、ウクライナ侵攻をテーマにした夜のイベントを追加しました。正確には、この戦争が国際法や人道法において、そして当然ながら、人権においてどのような意味を持つのか、というテーマです。7日に開催されたこのイベントでは、ウクライナからの証言に加え、ジュネーブ大学の歴史学者や、非政府組織(NGO)の世界拷問防止機構(OMCT)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、赤十字国際委員会(ICRC)、NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチの代表者らなど、専門家の意見も聞きました。

swissinfo.ch:今年のプログラムの見どころは何ですか?各種イベントのメインゲストは?

ガッティカー:今回は、モロッコの映画監督ナビル・アユチ氏を迎え、同氏の作品に特化したマスタークラスを開催します。新作「Casablanca Beats(仮訳:カサブランカ・ビート)」を上映する予定です。また、フランスの小説家アリス・ゼニテ氏の参加を得て、アルジェリア戦争を巡る記憶に関する重要な議論を行います。さらに、英国の歴史家で法律家のフィリップ・サンズ氏による「エコサイド(環境と生態系の破壊)」の概念に関する講演や、世界貿易機関(WTO)のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ事務局長へのインタビューも予定しています。

swissinfo.ch03年、レオ・カヌマン氏がヤエル・ラインハーツ氏と共同でFIFDHを創設しました。20年の間に、映画祭は世界の人権状況にどのような影響を与えましたか?

ガッティカー:FIFDHは過去20年の間に、重要な国際イベントになりました。 (米政府による諜報活動の実態を暴露したことで有名な)米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏や、ノーベル平和賞受賞者でアフリカ中部・コンゴ民主共和国の婦人科医、デニ・ムクウェゲ氏など重要な著名人を映画祭に招いてきました。私たちの取り組みの直接的な反響を正確に測るのは非常に難しいですが、活動家の保護やメディアによる報道に影響が見られます。また、ジュネーブで特に若い世代に影響を与えています。観客の約半数は30歳未満です。

3月4~13日までスイス・ジュネーブで開催される第20回「国際人権映画祭とフォーラム(FIFDH)」では、世界中から選ばれたフィクション映画やドキュメンタリー映画が上映される他、討論会、インタビュー、対談、展示会が行われる。

コンペティションのフィクション部門には計9作品が出品。同映画祭がワールドプレミアとなるフアン・ホセ・ロサーノ監督とゾルタン・ホルバート監督による「Red Jungle(仮訳:赤いジャングル)」(スイス・仏)をはじめ、ペテル・ケレケシュ監督の「107 Mothers(仮訳:107人の母親たち)」(スロバキア・チェコ・ウクライナ)、ナビル・アユチ監督の「Casablanca Beats(仮訳:カサブランカ・ビート)」(仏・モロッコ)、ハイダー・ラシッド監督の「Europa(仮訳:ヨーロッパ)」(伊・クウェート・イラク)などの傑作が揃う。

また、クリエーティブ・ドキュメンタリー部門にも9作品が出品。中でも、アカデミー賞ノミネート経験のあるハンナ・ポラク監督の「Angels of Sinjar(仮訳:シンジャールの天使たち)」(リビア・伊)とフリアーナ・ファンジュール監督とラシェル・ムボン監督による「Je suis noire(仮訳:私は黒人)」(スイス)の2作品は、同映画祭でワールドプレミアを迎える。

今年のプログラムにはその他、20の討論会、8のインタビュー、6つの対談と6つの活動家による会議が予定されている。

swissinfo.ch:専制的な体制には犠牲者の声を封じる力があります。映画祭は犠牲者の声をどの程度届けてきましたか?

ガッティカー:成功例はいくつもあります。とりわけ私の頭に浮かぶのは、シリアに正義をもたらし、バシャール・アサド政権が犯した犯罪を裁くことをテーマとしたFIFDHの歴史的なイベントです。シリアで拷問を受けた犠牲者らを招き、英公共放送「チャンネル4」が制作したドキュメンタリー映画を一般公開に先駆けて上映しました。今年は全プログラムを、1人の獄中のベトナム人女性ジャーナリストに捧げています。

(本人は獄中なので)映画祭で直接話を聞くことはできません。確かに活動家たちに映画祭まで来てもらうことがますます難しくなっていますが、映画祭では新しい形式を打ち出し、活動家らの姿をメディアに載せ、彼らの声を届け続けています。例えば、今年立ち上げた「活動家の言葉」では、身の危険にさらされることも多い活動家らが自らの経験を赤裸々に語ります。また、アフガニスタンの映画監督シャフルバヌ・サダト氏にコンペティションの審査員を務めてもらいます。同氏は昨年8月、タリバンの政権奪取による混乱から国を追われました。さらに、チェコのアニメーション映画作家、ミハエラ・パヴラートヴァー氏の長編アニメ「マード 私の太陽(原題:My Sunny Maad)」を上映する予定です。

ジュネーブ国際人権映画祭とフォーラム(FIFDH)の総監督を務めるイザベル・ガッティカー氏
ジュネーブ国際人権映画祭とフォーラム(FIFDH)の総監督を務めるイザベル・ガッティカー氏 ©miguelbueno

swissinfo.ch:ジュネーブには国連欧州本部をはじめ、人権理事会など数十の国際機関と多数のNGOが存在します。FIFDHのような映画祭の付加価値は何でしょうか?

ガッティカー:時間が経つにつれて、国際都市ジュネーブと地元ジュネーブという普段は交わることのない極めて異なる人々が映画祭に集まるようになりました。これが映画の力です。例えば、今年はノーベル平和賞受賞者でイランの人権派弁護士のシリン・エバディ氏が来訪し、イランで行われている(感覚を遮断する)「白い拷問」について証言します。映画ファンや活動家、国際機関のスタッフが聞きに来る予定です。

swissinfo.chFIFDHは、人権の擁護者と映画制作者という2つの世界の異例のパートナーシップに基づいています。これらの異なる世界をどのように両立させているのですか?

ガッティカー:「1本の映画、1つのテーマ、1つの議論」というコンセプトの下で映画を見いだすことによって、どちらかと言えば芸術志向の人々や映画ファンを集めています。観客は映画を観た後、自分たちの世界とは全く異なる深刻な状況に感情を激しく揺り動かされ、感情移入します。そして、討論会で批判的思考、新たな視点を与える脱構築、問題提起を発展させます。実は、2つの世界が混ざることで、同じ木の根から生え、絡み合う2本の幹のように、一方が他方から栄養をもらうのです。

(仏語からの翻訳・江藤真理)

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