パンデミック条約、最終合意はまた延期
世界保健機関(WHO、本部ジュネーブ)は5月初め、パンデミック協定の署名・批准手続きに必要な付属文書の合意完了にはさらに1年必要だと発表した。
昨年5月、WHO加盟国が世界保健総会(WHA)でパンデミック条約を採択すると、多国間主義の成功として称賛された。
同条約にはパンデミックの予防や準備、対応に関する規定が盛り込まれている。世界的な連携、監視体制、ワクチンやその他の医療製品へのアクセス改善を目指す。
だが条約の発効には、病原性微生物へのアクセスと、それらから得られる利益の共有方法を定める方法を定める「病原体へのアクセスと利益配分(PABS)制度」について、WHO加盟国間で合意しなければならない。
5月18~23日にジュネーブで開催されるWHAでは、合意には至らない見込みだ。
WHO加盟国はWHAに対し、PABSをめぐる交渉を1年間延長し、2027年5月の採択を目指すよう求めている。
「これほど複雑な交渉を1年以内にまとめようとするのは、そもそも野心的すぎる目標だった」。国際平和研究所のグローバルヘルス政策アドバイザー、リカルド・マトゥテ氏はこう語る。
遅れの一因は、多くの技術的な問題について専門家と協議する必要があることだと、マトゥテ氏はスイスインフォに語った。
「パズルの最後のピース」
パンデミック条約は、新型コロナウイルス感染症の流行を受けて締結された。コロナはこれまでに約1500万人の命を奪い、ワクチン入手に関する世界の格差の深刻さを浮き彫りにした。裕福な国々がワクチンを買い占める一方で、グローバル・サウスなど貧困国はワクチンを入手するまでに数カ月を要した。
だがWHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長が述べたように、「パズルの最後のピース」はまだ見つかっていない。
PABS制度はパンデミック条約の中核だ。昨年のWHAで合意に至らなかったため、条約本体からは除外された。代わりに付属文書にまとめられ、2026年のWHAまでに合意に達することを目指していた。
付属文書はパンデミックを引き起こす可能性のある病原体、その遺伝子配列、これらの病原体を用いて製造されたワクチン、治療薬、診断ツールなどの医療製品の流通、そしてそれらから得られる経済的利益(研究開発、ノウハウ、技術移転など)をめぐるルールを定めている。
直近4月下旬にWHOで開催された交渉では、EUとアフリカ諸国の間で非公式会合が複数回開催され、意見の相違を縮めるのに役立った。「交渉は正しい方向に向かっている」(マトゥテ氏)
PABS付属文書の目的は、パンデミック条約に規定されたように、「病原体に関する情報交換と利益共有を結びつける拘束力のある枠組み」を確立することにある。
付属文書が採択されれば、次のステップは条約の署名と批准だ。
条約は、60カ国が批准した時点で発効する。PABS交渉が長引いているため、発効までには当初予想よりも数年かかる見込みだ。
国境なき医師団(MSF)のアドボカシー顧問、オレナ・ザリツカ氏は「結果が遅れたとしても、それが説得力のあるものであれば正当化される」とみる。
「もし」ではなく「いつ」
1週間にわたる交渉が終了した5月1日、テドロス氏は交渉担当者に対し、残された問題に緊急性をもって取り組むよう促した。「次のパンデミックは『もし起こったら』ではなく、『いつ起こるか』の問題だ」
「MVホンディウス号に関連したハンタウイルスの発生は、疾病予防、準備、対応のための国際的なプロトコルと規制を実施することの緊急性と重要性を改めて示した」。パンデミック対策・対応に関する独立パネルの共同議長を務めるリベリアとニュージーランドは5月11日の声明でこう述べた。
WHOは、ハンタウイルスがパンデミックを引き起こす可能性はないとみている。
声明は各国政府に対し、PABS付属文書の交渉を成功させ、新たなパンデミック条約を批准し、完全に実施することによって、疾病発生に対処するためのより強固な多国間枠組みを確保するよう呼びかけた。
現在、各国はパンデミックを引き起こす可能性のある病原体とその遺伝子配列をWHOが調整する研究所に送付している。製薬会社はこれらの病原体を用いて医薬品を製造しており、それが治療へのアクセス不平等の要因になっている。
パンデミック条約第12条は、加盟国の製薬会社がワクチンや検査キット、医薬品の生産量の最大20%をWHOに提供し、再分配に供することを義務付けている。うち少なくとも半分は寄付として、残りは「手頃な価格」で提供される。
だが具体的な条件や条項はPABS付属文書に明記する必要がある。パンデミック時以外における病原体、健康データ、ツールへのアクセスから生じる利益分配義務も付属文書で決める。
義務か任意か
付属文書の交渉が長引いている主な原因は、先進国と発展途上国の間の意見の相違にある。争点は、病原体に関する情報を共有する国々が、ワクチン、治療薬、診断薬(VTD)などの成果物からどの程度利益を得るべきか、という点にある。
WHO加盟国の大多数を代表する「公平とアフリカのためのグループ」は、拘束力のある規則の制定を求めている。同グループは、WHOと製薬会社間の標準契約にその条件を明記すべきだと主張する。また、先進国が将来のパンデミックへの備えよりも自国の製薬業界の利益を優先していると批判する。
「発展途上国は、病原体へのアクセスが、公共の利益に資する利益分配と結びつくという保証を求めている」(MSFのザリツカ氏)
一方、製薬産業が盛んなヨーロッパ諸国のいくつかは、利益分配の義務化は研究開発を阻害すると主張している。
データベースへのアクセス
マトゥテ氏によると、主な争点の一つは、企業や研究者に病原体や遺伝子配列を含むデータベースへのオープンアクセスを認めるべきか、それともPABSシステムへの登録を条件としてアクセスを認めるべきかという点だ。
発展途上国は、PABSデータベースの利用者を登録・追跡するシステムを求めている。一方、EU加盟国、スイス、ノルウェーなどの先進国は、匿名アクセスを可能にする仕組みを支持する。
オックスファムやメディクス・ムンディ・インターナショナルなどNGO100団体はWHO宛ての書簡で、匿名アクセスでは誰が病原体データを利用しているのか、またその結果得られる利益が共有されているのかを追跡することが不可能になると批判した。「発展途上国の遺伝資源が何の制裁も受けずに利用・販売・搾取される」
ライセンス
パンデミック発生時には、医療製品を迅速に製造する必要がある。そのため、発展途上国でより多くの製造業者が生産に参加できるよう、ライセンス制度が必要となる。パンデミック条約では、技術移転の促進が規定されている。
こうしたライセンス制度を任意とするか義務とするかについても議論が続いている。MSFは、生産ライセンスは義務化されるべきとの立場だ。MSFのザリツカ氏は「コロナ禍でもアフリカ諸国でのエボラ出血熱の流行時も、任意措置は効果がなかった」と強調した。
編集:Virginie Mangin/dos、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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