
マイホームなのに「家賃」を払う?スイスで制度廃止めぐり国民投票

マイホームなのに家賃を払うなんておかしい――スイスの不可思議な「架空の家賃」制度が、9月28日の国民投票でついに撤廃されようとしている。だがマイホーム派と賃貸派の不公平感をならすためのこの仕組みを温存すべきだとの声も根強い。

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推定賃貸価格とは?
「架空の家賃」の正式名称は「Eigenmietwert/ valeur locative(推定賃貸価格)」。不動産の所有者が自己使用の住宅に対して課される税金の算定基準となる。
平たく言えば、「もしその家を人に貸していたら得られるはずの家賃」を所得とみなして課税する仕組みだ。
戸建てやアパートを借りている人は自分の収入から家賃を払うが、持ち家の人はそうした負担がない。それを不公平とみなして、是正のために導入された課税制度だ。
各州は住宅所有者に対して架空の年間家賃を設定し、その金額を所有者の課税所得に加算する。所得税として連邦・州の収入になる。
加算額は州によって異なるが、原則として、所有者が不動産を貸し出した場合の賃料収入の60%以上でなければならない。納税者にとって決して小さな負担ではない。
投票にかけられるまでの経緯は?
推定賃貸価格制度の廃止をめぐり、議会では7年以上も議論が続けられてきた。
連邦議会では、推定賃貸価格制度を廃止する方向で議論が進んだ。しかし、山岳州がこれに強く反対した。山岳州には休暇を過ごすための別荘・別宅が多く、制度が廃止されると州がそうした「セカンドハウス(第二の住宅)」から多額の税収入を得られなくなるからだ。
このため、連邦議会はセカンドハウスに対する資産税を州税として導入し、それによって税収減を相殺する案を打ち出した。新税の導入には憲法改正が必要で、強制レファレンダム(国民表決)の対象となった。

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レファレンダムとは?

このセカンドハウス課税案(正式名称:第二の住宅に対する州の資産課税に関する連邦決議)が国民投票で可決されれば、推定賃貸価格制度は自動的に廃止されることになる。セカンドハウス課税案が有権者と州票のどちらかで過半数の賛成を得られなければ、推定賃貸価格制度も温存される。
「架空の家賃」の何が批判されている?
推定賃貸価格制度は、特に住宅所有者の不満をかっている。政治は過去に幾度も制度廃止を試みたが全て頓挫した。2012年の国民投票では53%の反対で否決された。
実は推定賃貸価格制度は、住宅所有者に対するインセンティブも備えている。推定賃貸価格として課税される代わりに、納税者は住宅ローンの利息部分に加え、改修や維持管理費を課税所得から控除できる。これらの控除を多くの所有者が節税に活用している。
だが往年の金利低下により控除できる利息額が減り、住宅所有者が受ける恩恵がいよいよ小さくなってきたことが、制度撤廃を求める声を強めた。現行の金利水準をもとにした連邦政府の試算によると、住宅所有者の約80%が同制度撤廃により納税額が減る。
一方、これらの控除が住宅ローンへの誤ったインセンティブとなり、借金を奨励しているとの批判もある。実際、節税効果を大きくするために銀行へのローン返済額をあえて小さくする住宅所有者は多い。これが、スイスの民間部門債務が国際的に見ても極めて高い理由の1つでもある。
議会は反対派の主張を汲み、推定賃貸価格制度を廃止する代わりに所有者が居住する不動産の維持費・住宅ローン利息を控除対象から外す案で妥結した。
制度変更案には、初めて住宅を購入する人向けに激変緩和措置も盛り込まれた。購入直後は住宅ローンの残高が最も大きく、金利負担が重いからだ。ローン金利については10年間にわたり、段階的に減少はするが引き続き税金から控除できるようにする。
推定賃貸価格制度の影響が特に大きいのは年金生活者だ。
高額の住宅ローンも給与収入がある間は控除という強いインセンティブになるが、定年後は足枷になりやすい。銀行は厳格な規則により、返済能力がある場合にしか住宅ローンの借り換えを認めない。定年後は収入が減るため、ローンの借り換えが認められない可能性が出てくる。
連邦政府の試算では、制度廃止により最も恩恵を受けるのは年金受給者だ。
特に国民党(SVP/UDC)、中央党(Die Mitte/Le Centre)・急進民主党(FDP/PLR)が制度変更を支持している。
反対派の主張は?
主に社会民主党(SP/PS)と緑の党(GPS/Les Verts)、スイス借家人協会などが廃止に反対している。賃貸住宅に住む人たちは、マイホーム所有者との間の公平を目的とした調整弁が失われることを恐れている。

社会民主党は税収減のリスクを懸念する。スイスが歳出改革を進めるいま、さらなる税収減は悪手だと主張する。
政府・州の税収に与える影響は、将来の住宅ローン金利の高さに大きく依存する。金利が高ければ高いほど控除額が小さくなるため、制度廃止が連邦政府と州の減収幅は小さくなる。
社会民主党は、「裕福な不動産所有者」への減税はスイスに年間20億フラン(約3700億円)の税収減をもたらすと主張する。これは、住宅ローン金利(10年固定)が1〜1.5%の間で推移すると仮定した場合の数字だ。
連邦納税事務局(ESTV/AFC)の試算によると、連邦政府と州が損失を被るのは金利が3%未満の場合だ。だが2022年と2023年の金利住宅ローンは3%を上回っており、連邦政府は制度廃止で損失を被ることはないとの見解だ。
州も制度改革に懐疑的だ。山岳州はセカンドホーム課税の導入で税収減を補填できるとはいえ、州政府でつくる州政府代表会議(KdK/CdC)は「満足できる代替策ではない」と批判している外部リンク。
銀行も、現行の住宅ローン控除から大きな恩恵を受けており、制度廃止に否定的だ。
経済界では意見が分かれる。現行制度は不動産投資を促進し、建設業界に有利だ。他方、住宅所有者協会は、制度が廃止されれば住宅所有者はより多くの資金を手元に残せるため、不動産の維持管理が容易になると主張する。
制度廃止後、何が起こるのか?
国民投票で可決されれば、約2年間の移行期間を経て推定賃貸価格制度からセカンドハウス税制に入れ替わる。
だが実際に各州がセカンドハウスに課税するかどうかは、各州の政府・議会が個別に検討し、決定する。そのため、山岳州ではセカンドハウス課税に関する州民投票が行われる可能性が高い。
賛否
賛成
連邦政府、国民議会(下院)、全州議会(上院)
国民党、急進民主党、中央党、福音国民党
商工会議所、住宅所有者協会
反対
社会民主党、緑の党
州政府代表者会議、借家人協会、山岳州
編集:Samuel Jaberg / Marc Leutenegger、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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