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南極遠征は終了、そして探究は続く

大西洋上の夕暮れ
大西洋上の夕暮れ Gabriel Erni Cassola

私たちの南極遠征はチリのプンタ・アレーナスで終了し、ここで私と海洋化学者1人を除く全ての科学者が研究船ポーラーシュテルン号を後にした。入れ替わりに、大西洋の海底地形の研究、つまり海底の3次元形状のマッピングを行う科学者2人が合流した。この4人に気象学専門の乗組員を加えた合計7人の陽気な家族のようなグループで大西洋を縦断し、本船の母港である独ブレーマーハーフェンに向かっている。途中1度だけ、学生グループを乗せるためにカナリア諸島に寄港した。

南極海調査隊
チリから出発する7人

私の目的は、プラスチック表面にコロニーを作る細菌の研究を継続することだ。プラスチックに海水を流して培養し、そこから海水サンプルを採取する。海水のサンプルを採取するというと奇異に聞こえるかもしれないが、海は多彩な細菌の宝庫で、海水1滴であっても、その中には約100万個の細菌が含まれている。これらの細菌は生物地球化学サイクルと地球規模の酸素生産にとって重要だ。私たちが呼吸で取り入れる酸素のおよそ半分は海洋系由来だ。水中のこれらの細菌のいくつかは浮遊プラスチックに付着して共同体を作る。

バイオフィルム(微生物が物質表面に作る共同体の膜)中のこれらの細菌は、水中で他の生物に頼らずに生きる自由生活性の細胞同士よりも、互いに強く作用し合う。プラスチックはこの共同体形成に都合の良い、より安定な環境を与える。だがそれでも、このいわゆるバイオフィルムの成長は、栄養の程度や温度、光などの外的要因に左右される。どの要因もポーラーシュテルン号が南極海を抜け大西洋を北上するのに伴い変化する。そこで私たちは、同実験を続けることで、海域の違いが細菌の共同体形成に影響を与えるか、違いがある場合はどのように異なるのかについて明らかにしたいと考えている。

南極大陸から2MBの調査記録

1日わずか2MB(メガバイト)!?これは本連載の極地ブログ筆者が1日に使えるデータ上限量だ。この春、バーゼル大学のガブリエル・エルニ・カッソーラさん(右)とケヴィン・ロイエンベルガーさん(左)は、ドイツの砕氷船(さいひょうせん)「ポーラーシュテルン号」に乗り南極海に出た。マイクロプラスチックが南極大陸の動物や細菌にどう影響しているかを明らかにしたいと言う。このブログ連載では、この2人がその仕事内容と極地遠征隊の生活をレポートする。

ポーラーシュテルン号での日常生活は、バーゼル大学での通常勤務とは諸々の違いがある。船が指定の調査地点に到着した時点で科学研究作業をやり遂げなければならないので、作業スケジュールは遠征ルートに合わせて決める。だから平日と休日の区別はない。さらに、南極の棚氷(たなごおり)の前での作業など、最も集中的に調査研究を行う期間は昼夜の別もなくなり、睡眠時間もよく削られる。サンプル処理や装置の設置が最優先事項になるからだ。この全ての活動ができるのは、連日連夜24時間、交代で勤務に当たる乗務員たちのおかげだ。

南極調査船ポーラーシュテルン号
乗務員と科学者たち

私たちに平日・休日の区別はないが、特別な日はある。毎週木・日曜日はアイスクリームの日だ!食事は通常、時間が決まっている数少ない活動の1つで、作業区分が違うため普段はほとんど会えない人たちと語らえる希少な機会だ。それに食事は大きな楽しみでもある。2カ月に渡る南極滞在で新鮮な食材はほぼ底を突いたので、私たちはチリで入手した新鮮なサラダやフルーツ、カナリア諸島で採れた新鮮なイチゴを堪能した。

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大西洋を縦断中、自然は数々の感動を与えてくれた。部分日食、月食、太陽が89度のほぼ完全な天頂に来たため船上の影が事実上全て消えたこと、実験中に私たちの船にシイラ(マヒマヒ)が訪れたことなどだ。

マヒマヒ
調査機材の設置作業中に訪れたシイラ(マヒマヒ)

だが私は今、船上での3カ月間の調査研究を終えて自宅に戻り、自分で食事を作り、友人たちと会えることに喜びを感じている。帰国後すぐに、採取した全ての海水サンプルとデータの解析に取り掛かることになるだろう。バーゼル大の私たちの研究室外部リンクで、世界最後のフロンティアの1つである南極海で、マイクロプラスチックと細菌がどのように広がっているかを探求していく。私たちのプロジェクトの研究成果に、乞うご期待!

ガブリエルさんとケヴィンさんの過去記事は以下から。次の2メガバイトの調査記録は、地球の裏側、ノルウェーのスバールバル諸島からまもなく届く予定だ。7月には、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の生態学・地球科学の博士課程の学生グループが北極圏の気温上昇に伴う緑化について調査する。

英語からの翻訳:佐藤寛子


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