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スイスのフードテック系スタートアップがつまずくとき――そこに立ちはだかる壁

2021年までにスイスで創業したフードテック系スタートアップの約2.5%が2025年までに事業を清算した 
2021年までにスイスで創業したフードテック系スタートアップの約2.5%が2025年までに事業を清算した  EPA/HAYOUNG JEON

スイスはフードテックとイノベーションの世界的拠点として存在感を示しているが、起業したスタートアップが市場に定着するのは決して容易ではない。スイスインフォは挑戦に踏み出した4人の食関連の起業家に話を聞いた。

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4年半前、ルーカス・レッシュさんは、スイスにおける豆腐のイメージを変えたいと夢見ていた。「イメージの問題がありました。豆腐は味がなく、ゴムのような食感で、ブラジルの森林破壊の原因になっているとも思われていたからです」

経営を学んだばかりのレッシュさんは2020年、ヴィーガン商品をネット販売するスタートアップで働いていた。当時はコロナ禍の規制でレストランが閉鎖され、家計の食料支出が増えていた時期だった。そこで、これを好機ととらえ、豆腐の製造・販売をしていた友人と2人で起業した。試行錯誤の末、豆腐のそれまでのイメージを払拭できるような商品にたどり着いた。

「柔らかく、軽い食感の豆腐を開発しました。バーベキューソースやマスタードなどのマリネ液と組み合わせ、大豆は地元産を使いました」とレッシュさんは語る。こうしてスタートアップENSOYが誕生し、チューリヒなどの都市部から離れたスイス東部で生産・販売を行ったため話題となり、多くのメディアで取り上げられた。レッシュさんはENSOYの豆腐をレストランに供給し、やがて250カ所におよぶ販売ネットワークを構築した。

レッシュさんの目標は、スイス最大のスーパーマーケットであるミグロ(Migros)とコープ(Coop)に豆腐を販売することだった
レッシュさんの目標は、スイス最大のスーパーマーケットであるミグロ(Migros)とコープ(Coop)に豆腐を販売することだった Yvonne Aldrovandi

スタートアップの立ち上げにあたり、レッシュさんは自身の貯蓄を投じた。ベンチャーキャピタルから資金を調達することなく、起業から2年後に事業拡大のための銀行融資を有利な条件で取り付けることができた。

ENSOYにとって大きな転機となったのは、コープと並ぶスイス最大のスーパーマーケットであるミグロと6カ月の供給契約を結んだことだった。

「起業前の目標の一つがミグロかコープに販売することでした。スケールアップするにはそれが唯一の方法だからです。その考えは間違っていませんでした。ミグロとの契約後、生産量は2倍以上に増えました」とレッシュさんは話す。

ミグロの受注量に応じて生産を増やすため、従業員3人を雇用した。しかし、当時、ENSOYはまだ利益を上げていなかった。

「生産が増え、利益も増えるはずでしたが、実際にはそうなりませんでした。人件費も同時に上がったからです」

6カ月後、ミグロは豆腐の売上不振を理由に契約を更新しないことを決めた。レッシュさんは雇ったばかりの従業員3人を解雇せざるを得なかった。一部のオーガニック食品店はENSOYがスイスの食品大手ミグロと提携したことに失望し、離れていった。オーガニック食品店は他では手に入らない商品を販売することで差別化を図りたかったのだが、ENSOYの商品はどこでも売られるようになってしまったのだ。ENSOYにとって最後の追い打ちとなったのは、新たな取引先候補との契約が土壇場で破談になったことだった。

「銀行からのプレッシャーもあり、その時点で『挑戦はしたが、失敗した』と悟りました」とレッシュさんは振り返る。2025年11月30日、事業を清算し、豆腐製造設備も売却した。

「スイスの大手食品小売のミグロとコープは、自社で食品製造を行い、ベルグループやヒルコナといったメーカーも傘下に持っています。彼らはいつでもこれらのメーカーから豆腐を調達できるので、私たちはより安く販売するしか方法はなかったのですが、難しいことでした。私たちの半額で豆腐を製造できる企業があるなか、投資家を探すのは困難でした」

レッシュさんの概算では、自身の貯金と家族からの借り入れで約15万フラン(約3000万円)を費やした。起業後6カ月間、自身は無給としていたが、最後の方でも多くて月に4000フランの収入しか得られなかった。スイスの2024年のフルタイム就労者の平均月給は7024フランだ。

フードテックの国

世界知的所有権機関(WIPO)によるグローバル・イノベーション・インデックスのランキングで、スイスは過去15年間にわたってトップの座についている。その優位性は、小さな国土ながらも特許取得件数が非常に多いことにある。このアルプスの国は人口一人当たりの登録特許数が最も多く、フードテック業界は、製薬業界に次いで特許取得数が多い。

食関連の起業家は、政府や業界団体(イノスイス、スイスフード&ニュートリションバレーなど)の支援を受けられ、資金調達、オフィススペースの提供、特殊機器のレンタル、ネットワーキングイベントなどのサポートを得られる。また、スイスの規制は培養肉などの新しい食品に関しても整備され、アップデートされている。スイスは食品パッケージングの拠点でもあり、大学や企業が持続可能な新しいパッケージの開発に携わっている。

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2021年〜2025年、スイスのフードテック系スタートアップのエコシステムは65%増加した。しかし、パンデミック後にブームとなったフードデリバリー、代替肉、アップサイクルなどの参入しやすかった分野も、今や参入するのは簡単ではない。

「デリバリー、オンライン食料品販売、垂直農法など、ここ数年で急激にスタートアップが増えた分野は、現在、合理化が進んでいます。既存のプレーヤーはその成長戦略において中小企業や新興企業との統合を進めていて、ビジネスモデルがより厳しく検証されるようになりました。市場は、自然な流れで統合されてきています」とミラノに拠点を置くポルシェ・コンサルティングのジュリオ・ブゾーニさんは分析する。ブゾーニさんは、2025年のスイス フードテックエコシステムレポートの執筆者の一人だ。

このレポートによると、2021年までにスイスで創業したフードテック系スタートアップの約2.5%が2025年までに事業を清算した。スイスのフードテック、アグリテック系スタートアップへの投資・資金調達ラウンドも、ここ数カ月のうちに急激に減少した。

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世界レベルで見ても、この分野が誘致するベンチャーキャピタルの数はパンデミック後のピーク時に比べて減少している。投資額も2021年の約492億ドルから2025年の約62億ドルへと大幅に減っている。

高品質であっても、利益率は低く

食関連スタートアップのスケールアップがいかに難しいかを熟知しているもう一人の起業家が、セリーヌ・ノイエンシュヴァンダーさんだ。ノイエンシュヴァンダーさんは2023年、チューリヒ市内の企業のオフィスに植物由来の朝食とランチボウルを配達するスタートアップFlow Hummusを起業した。新型コロナウイルス感染症の規制が解除され、企業が従業員をオフィスに呼び戻すインセンティブを求めていることにビジネスチャンスを見出した。

「Flow Hummusは、キッチンがなく新鮮な食べ物の選択肢がないオフィスのための『デジタル食堂』にしようと立ち上げました」とノイエンシュヴァンダーさんは語る。「オフィスで働く人たちは、オンラインショップで新鮮でヘルシーなメニューを注文して、それを職場に配達してもらえるのです」

当初は勢いがあったが、利益率が上がらず、成長は鈍化し始めた。新鮮でヘルシーな食品の生産と配達には高いコストがかかるという構造的な問題があった。

「食品も結局、他の商品と同じように取引される」とノイエンシュヴァンダーさんは話す。 「安くて消費期限の長い加工食品は、より高い利益率と収益を生み出します――必ずしも健康的ではないのに」

Flow Hummusは非常に効率化されたビジネスモデルだったが、約3年で事業を畳む決断をした。「いろいろなことが重なり、私の人生の転換点となりました。しかし、仕事の面でもプライベートの面でも多くを学び、最終的にはそれが次のステップへとつながりました。スイス最大のアクセラレーターであるVenturelabに入社し、今は世界トップレベルのスタートアップの成長を支援しています」

グローバル展開

マーク・エッサム・ザランさんは大学で建築を学び、限られた空間を有効活用するため、植物を垂直に並べた層で栽培する「垂直農法」に関心を持つようになった。食料生産にどれほどの土地が必要か、衝撃を受けたからだ。

「人々が主に暮らす都市は世界の陸地のわずか約3%ですが、世界中の人々に食料を供給するには40%の土地が必要です。空間を極める建築学の視点で見ると、私たちは空間を十分に活用できていないということになります」とザランさんは語る。

ザランさん
ザランさん Gaya Earth

ザランさんは、土なしに屋内で、垂直農法によってハーブを栽培するスタートアップYASAIを立ち上げ、起業家としての道を歩み始めた。しかし、2022年に勃発したウクライナ戦争によってエネルギー価格が高騰し、垂直農法のビジネスモデルに対する投資家の信頼が低下した。

「スケールアップを実現するために必要な資金を調達するのに苦労しました」とザランさんは話す。2023年末までに、少なくとも15社のヨーロッパの垂直農法企業が倒産した。フードテック・アグリテック領域に特化したグローバルベンチャー企業AgFunderが2025年に発行したグローバル・アグリフードテック投資レポートによると、垂直農法を含む革新的な農業システムへの投資は、2024年に前年比で53%減少した。

ザランさんは2024年、垂直農法のヨーロッパ最大手GreenStateに自身の企業を売却し、2025年に新たなスタートアップGAYA Earthを創業した。同社はコーヒーより健康的な代替品として、機能性キノコをブレンドしたココアパウダーを販売。創業者は全員スタートアップ経験者で、2回目または3回目だ。「本では学べない、実際の体験からしか学べないことがあります。だからこそ、既に失敗を経験し、そこから洞察や学びを得ている人たちと一緒に仕事ができるのは、とても貴重です」とザランさんは言う。

ザランさんによると、多くの食関連スタートアップに共通する問題点の一つは、市場をスイスのみに絞っていることだ。900万人規模のスイス市場は非常に小さく、規制も厳しいうえ、パートナーシップの条件を思い通りにできる2大スーパーの寡占状態にある。

「スイスのフード・スタートアップは、創業時からグローバルな視点を持つべきです。Plantedのような成功したスイスのスタートアップ企業は、早い段階でグローバル展開し、それが成長を後押ししました」とザランさんは語る。

Plantedは2019年の創業以来、植物由来の代替肉を製造し、1億フラン以上を調達している。

ザランさんは、健康志向が高まっている中東や極東などの新興市場にビジネスチャンスがあるとみる。また、新興市場では「スイスらしさ」が競争上の利点になると言う。「こうした地域の消費者はスイスの品質保証を信頼しており、スイスブランドに惹かれています。だからこそ、ネスレはベビーフードで中国に進出することができました。そして、これらの巨大企業の成果に支えられて、今の私たちがあるのです」

まずはブランディング、商品は二の次

食関連のスタートアップの旅を終えた人や、第2の起業に踏み出した人がいる一方で、起業家人生の旅を始めたばかりの人もいる。ルツェルンを拠点とするベルギー系オランダ人のシエン・ファン・ボーヴェンさんは、レンズ豆をベースにしたスプレッドを製造するスタートアップLentlを立ち上げたばかりだが、早くもルツェルン州銀行が主催したスタートアップ・コンテストで4万フランを獲得した。ファン・ボーヴェンさんは、製品ラインナップを揃える前に、ブランド構築に取り組んだ。

自分が望むレンズ豆のスプレッドを製造できるパートナーを見つけるのは、思ったほど簡単ではなかった
自分が望むレンズ豆のスプレッドを製造できるパートナーを見つけるのは、思ったほど簡単ではなかった Sien van Boven

「ブランディングとデザインがすべてと思います。そこで、製品とビジネスのアイデアがうまくいくと確信を持つ前から、プロのデザイン事務所に依頼していました」とファン・ボーヴェンさんは語る。

当初は自宅でレンズ豆のスプレッドを作っていたが、今は業界のプロと提携した。自分が望むレンズ豆のスプレッドを製造できるパートナーを見つけるのは、思ったほど簡単ではなかったと話す。「Googleで簡単に検索して、製造パートナーを見つけられるものではありません。見つかるのは大抵、大手のメーカーで、少量生産にはあまり興味がないかもしれません。製造者にとって私はクライアントになるわけですが、自ら売り込まないといけないことも多かったです」

ファン・ボーヴェンさんは失敗するリスクがあることをいつも念頭におき、食のスタートアップ業界の他の企業や創業者の動向を追っている。

「常に気は抜けません。同じような失敗をしないようにと願うしかありません。起業家とはそういうものなのでしょう――リスクを取り、希望を持ち続けます」

編集:Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳:竹原ベナルディス真紀子、校正:宇田薫

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