崖の上で草を刈る スイスに息づくヴィルトホイヤーの伝統
切り立った斜面で鎌を振るう「ヴィルトホイヤー」。アルプス地域に古くから伝わるこの干し草刈りの仕事は、かつて山で暮らす人々の生計を支えたが、時代の変化とともに衰退した。今、その価値が見直されている。希少な植物や昆虫が生息する草地を守り、地域の文化や景観を受け継ぐ役割があるからだ。機械化が進む中でも、昔ながらの方法にこだわる5人の作業を追った。
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夜がゆっくりと明けていく。朝一番の日差しが山小屋のバルコニーに差し込む。レトさん、トーマスさん、クリストフさん、トムさんは静かに寝袋から抜け出し、干し草の寝床を後にする。外に出ると、ベルナーオーバーラント地方の山々が目の前に広がり、そのはるか下には、コバルトブルーのブリエンツ湖が輝いている。
ここは、ベルン州リンゲンベルク村を見下ろすテニ外部リンクの山小屋だ。標高1600mに立つ簡素な山小屋で、この5日間、彼らの拠点となる。4人は前日のうちに、食料と水を詰め込んだ重いリュックサックを背負い、ここまで登ってきた。
曲がりくねった険しい山道は、自然にできた岩の門、グラッゲトールを抜け、ブリエンツ湖を見下ろす急斜面の草刈り場や岩棚へと続いている。一般の登山客と違う点は、彼らが全員、鎌を携えていることだ。
レトさん、トーマスさん、クリストフさん、トムさん、そして今年は後から合流するフリッツさんは、これから数日間、昔ながらのヴィルトホイヤーとして過ごす。スイスをはじめとする欧州のアルプス地方では、こうした人々が何世紀にもわたり、岩壁の上に広がる急斜面で野生の干し草(ヴィルトホイ)を刈り取ってきた。
「私たちが毎年ここまで登ってくるのは、伝統に惹かれる気持ち、自然との直接的な触れ合い、慌ただしい日常から数日間離れたいという思い、そして共同作業によって育まれる友情があるからだ」とレトさんは語る。
危険と隣り合わせの草刈り
テニの朝は、良い天気になりそうな空模様だ。昨夜の雨の名残で、空にはわずかに雲が残っている。1人、また1人と鎌を担ぎ、ベルトに砥石入れを固定すると、刈る予定の草地へと続く短い山道を歩き始める。
登山靴にはアイゼンを装着している。ここでは、足を滑らせれば命に関わりかねない。草地のすぐ下は、高さ約100mの断崖絶壁だ。
5人の仲間たちのうち4人は50歳ほどになる。この数週間、テニに呼ばれているかのように、ここへ戻る日を心待ちにしていた。鎌の刃を砥石で研ぐ音が響き、いよいよその時がやってきた。
トーマスさんは刃を研ぎ、斜面をちらりと見ると作業に取り掛かる。刈る、歩く、刈る、歩く。まるで人と鎌が踊っているかのように動き、時折手を止めては刃を研ぎ直す。レトさん、クリストフさん、トムさんも同じように作業を続ける。
こうして、朝食を挟み正午の少し前まで作業は続く。その頃になると朝露が消え、草が乾きすぎて刈り取れなくなる。彼らは斜面を行ったり来たりする。
織機のシャトルのように、刈り取った草地に規則正しい模様を描く。長く水平に並ぶ草の山ができていく。時折立ち止まっては景色を眺め、腕を休める。額も背中も汗で濡れている。
普段ならオフィスでパソコンに向かい、湯気の立つコーヒーカップを机に置いている頃かもしれない。しかし今、鼻をくすぐるのは、濡れた草と香り豊かなハーブの匂い。耳に届くのは、ヴィルトホイヤーたちが草を刈る音だ。
「私は、鎌の刃を打つハンマーの規則的な音や、干し草を刈り取る音、刃を砥石で研ぐ音に心を動かされる」とトムさんは語る。
野生の干し草の歴史
テニのヴィルトホイヤーにとって、干し草刈りは今では趣味であり、何世紀にもわたって受け継がれてきた技術を守る機会でもある。しかし、かつては山で農業を営む人々にとって、生計を立てるための重要な仕事だった。
「17世紀前半にハードチーズの製法が生まれ、ロンバルディア地方で良く売れるようになった。それにより、農家が家畜の冬越しに使っていた干し草の価値が高まり、実質的に貨幣と同等の価値を持つほどになった」と、地理学者でジャーナリストのエルズベス・フリューラー氏は説明する。
同氏がニトヴァルデン準州のヴィルトホイヤーについて記した著書では、「その結果、谷で採れる干し草より栄養価が低かったにもかかわらず、野生の干し草も価値と需要が高まった」と指摘されている。
標高の高い急斜面に広がる草地が個人の所有地ではなく、ギルドや協同組合の管理下にあった地域では、土地を利用する権利を厳密に定めていた。競売や恒久的な割り当て、慣習法に基づく利用、抽選など、その方法はさまざまだった。
良い草地をめぐる競争が、時には争いに発展することもあった。「ウーリ州エアストフェルトの山間では、こうした争いが『鎌戦争』として歴史に残っている」
19世紀末から20世紀にかけて、野生の干し草を手に入れることの重要性は次第に薄れていった。背景には、アルプス地域の農業を取り巻く経済や社会の大きな変化がある。
「鉄道の普及、市場の開放、競争の激化が、山間部の農業を圧迫した」と同氏は指摘する。その後工業化が進むと、さらに多くの人々が農業を離れ、工場で賃金労働に就くようになった。「その結果、この過酷な仕事を担う人手が不足した」
よみがえる文化
20世紀末以降、ヴィルトホイヤーによる草刈りは、スイス・アルプスの各地で新たな意味を持つようになり、特にスイス中央部では再び行われるようになった。
背景には、生物多様性の急速な低下と、こうした土地が持つ生態学的な価値に対する関心の高まりがある。集約的に管理された谷間の牧草地とは異なり、山腹の牧草地には、多種多様な昆虫や植物が生息している。
スイスには約75種のランが自生しており、そのうち58種がベルン州で確認されている。多くが希少種あるいは絶滅危惧種で、生育環境の変化に敏感に反応する。ベルナーオーバーラント地方では、もともと生育していた種の約25%がすでに絶滅したか、絶滅の危機に瀕している。
栄養分の少ない山腹の牧草地では、草刈りをやめると、枯れた草がすぐに厚い層を形成する。これにより、ランなどの日光が必要な植物の生育地が奪われ、生物多様性が低下する。
そのため、ランを保護するには、種子が成熟した後の草刈りを続けることが重要だ。テニでは輪作の考え方に基づき、同じ土地を約3年ごとに草刈りしている。こうしてランの生育を促し、生物多様性を維持することを目指している。
こうした土地の一部は、国家的に重要な乾燥草地・乾燥牧草地として、連邦政府の目録にも登録されている。
その結果、生物多様性に配慮した管理活動は、連邦政府や州政府による助成金の対象となり、こうした土地を再び利用するための経済的な後押しとなっている。
もう1つの理由は、雪崩対策だ。背の高い草が雪に押し倒されて圧縮されると、積もった雪が滑り落ちる原因となる。
「野生の干し草の刈り取りは、単なる伝統ではない。1つの文化であり、そこには独自の用語や方法、象徴がある。人々のアイデンティティを形作る存在だ」とフリューラー氏は説明する。
「この文化は、風景の中にもその痕跡を残してきた。多様性に富んだ牧草地だけでなく、斜面に張られた運搬用のロープや、風景の中にひっそりと建つ小さな山小屋もだ」
また、ヴィルトホイヤーの仕事により、さまざまな儀式や家庭内の習慣も生まれた。こうして、この作業はほとんど地域社会の行事と言えるものになった。
「多くの場合、仲間や知人が干し草の刈り取りや運搬を手伝っていた」
過去50年間で、ヴィルトホイヤーの仕事は大幅に機械化が進んだ。現在では鎌に加えて、急斜面での作業に適したモーター式の芝刈り機も使用されている。
また、送風機やツイスターなどの集草機も干し草を集めるのに役立つ。熊手やピッチフォークを使うよりも、作業がスムーズに進む。
運搬方法も変化した。15個以上の干し草の束をまとめられる大型のネットを使えば、ヘリコプターで谷まで運ぶことができる。そのため、多くの場所で、伝統的な運搬用ロープは使われなくなった。
作業の大部分を機械が担うようになっても、古い技術と現代の技術は今なお共存している。
テニのヴィルトホイヤーたちは、モーター式の道具や運搬用のヘリコプターをあえて使わない。目標は、この仕事を最も昔ながらの形で守ることだ。鎌や熊手、ピッチフォークを使い、運搬用ロープによる伝統的な運搬方法にこだわり続けている。
山岳地域の農家は、食物繊維とハーブを豊富に含むこの飼料の良さを知っている。「農家は冬の間、野生の干し草を目的に応じて使う。家畜に飼料を与える際には、最初に与えて消化を促進し、最後にもデザートのようにしてもう一度与える。家畜の大好物だからだ」
5人のテニでの作業はまだ始まったばかりだ。もっとも、ヴィルトホイヤーの仕事は、急斜面での草刈りだけではない。その裏では、レトさんとトーマスさんの父ヴェルナーさんが、5人が不自由なく過ごせるよう支えている。
ヴェルナーさんは山小屋周辺での作業を手伝い、食料や水、運搬用の布やフックを、ブリエンツァーグラートの裏側にある近くの牧草地まで運ぶ。こうした作業は彼にとっても、長年にわたってヴィルトホイヤーの仕事の一部となっている。
5人にとって最も楽しく充実した草刈り作業を終えると、今度は日光で乾燥させる必要がある。干し草は1、2回裏返し、十分に乾いたら運搬用の布で包む。
こうして作った干し草の束は、1個40~80kgにもなる。5人は最後にその重い束を20個ほど担ぎ、山道をたどって山小屋まで運ぶ。力と機敏さが求められる作業だ。
そして、いよいよクライマックスが訪れる。岩壁や森のはるか上に張られた運搬用のロープを使い、干し草を谷へと下ろす。荷物をロープにかけると、すぐに動き始める。ワイヤーが振動し、まるで歌うような音を響かせる。
レトさん、トーマスさん、クリストフさん、トムさん、フリッツさんそしてヴェルナーさんにとって、それはヴィルトホイヤーとして過ごしたこの5日間の中でも、最も強烈で心を揺さぶる瞬間の1つだ。そんな思いが、彼らをまた来年もテニへと呼び戻すのだろう。
編集:Daniele Mariani/raf、ドイツ語からの翻訳:本田未喜、校正:宇田薫
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