「13カ月目の年金」でまたも標的 国外在住者の受給権
スイスの公的年金である老齢・遺族年金(AHV/AVS)の1カ月追加分、いわゆる「13カ月目の年金」が、今年12月に初支給される。保守右派・国民党(SVP/UDC)所属のディディエ・カラム国民議会(下院)議員は、国外に住む受給者を給付対象から外すよう求める動議を提出した。
連邦議会選挙(総選挙)を1年後に控え、国民党がまたも在外スイス人コミュニティーを標的とする動きに出た。同党所属のディディエ・カラム下院議員が提出した動議は「13カ月目の年金(1カ月分の追加給付)受給者をスイス国内の居住者に限る」よう求めている。
スイスインフォの取材に応じたカラム氏は、「国外に住む年金受給者には、年金を受け取る権利はあるが、追加給付を受ける権利は無い。多くは経済的理由から意識的に生活費の安い国に移住している。つまり出費を抑えている」と主張する。
同氏の元には既にポルトガルやタイ、ドミニカ共和国に移住した人々から批判的な意見が寄せられているという。「これらは全て生活費の安い国だ。私の主張が正しい証拠だ」
バッシング再び
同氏の動議提出を後押ししたのは、「13カ月目の年金」の財源をめぐる論議だ。追加給付には今年だけで42億フラン(約8100億円)、その後は毎年50億フランが必要になると見込まれている。だが、その財源はまだ確保できていない。連邦議会で合意されたのは、これまでのところ部分的もしくは期限付きの財源でしかない。
カラム氏は動議の中で、「公的年金の財源は先鋭化をまぬがれない問題であり、限られた資金は我が国に住み実際に物価高に苦しむ人々に集中させるべきだ」と述べる。
国民党は、「13カ月目の年金」導入を問う2024年3月の国民投票でも、国外在住の年金受給者を槍玉に挙げた。同党指導部に影響力を持つ評論家、マルクス・ゾンム氏は当時「在外スイス人は史上最悪のエゴイスト」と言い放った。同党の議員らからは「外国暮らしの贅沢な年金生活者」といった声も上がった。
在外スイス人に広がる困惑
動議についてスイスのニュースサイトcash.chが最初に報じると、在外スイス人コミュニティーには反発が広がった。タイのスイス人コミュニティーを代表するヨゼフ・シュニーダー氏は「在外スイス人に対する国民党のスタンスは見誤りようがない。彼らは、保険料は払い込め、だが老後の権利は平等ではない、と言っている」とコメントする。
タイ在住のマティアス・アンデレッグ氏は「外国に暮らすスイス人は二級国民なのか?生涯にわたり保険料を納めてきた人が老後どこに住もうと自由であり、そのことで不利益を被るべきではない」と訴える。
在外スイス人協会(ASO/OSE)のダニエル・フンツィカー代表は、スイスインフォの問い合わせに対し、「ASOは在外スイス人に対する給付カットに反対する」と簡潔なコメントを寄せた。
総選挙を1年後に控えた今回の動きは、在外スイス人の間に国民党離れを起こすのか。この問いに対しカラム氏は、「正直に言うと、動議作成中は来年の選挙のことは頭に無かった。私はそういうタイプではない。だが、もちろんこの有権者グループへの影響は多少あるかもしれない」と答えている。
国内に比べ低額な国外向け年金
国外向け年金は国籍によって区別されない。支給対象は在外スイス人ばかりではない。全体の3分の2は、定年後にスイスを離れ母国に帰った外国人が占める。
カラム氏は「私にとっては彼ら全員が他国への移民だ。受給者の国籍云々ではない。そもそも『13カ月目の年金』は、スイス国内で上昇した物価対策として編み出された」と主張する。
下は国外の年金受給者をスイス人と外国人で区別したグラフだ。
国外に住む年金受給者は、近年、スイス人、外国人ともに増えている。だが、国内に比べ不釣り合いな増加とは言えず、AHVの予算総額も同時に増えている。
一方で、国民党の議論にはこれまで金額面への言及がほとんどみられない。2024年の国民投票キャンペーンでも、同党が強調したのは年金受給者のほぼ3人に1人が国外に住んでいるという点だった。
下のグラフが示すように、この主張は正しい。
ただし、これは「3フランにつき1フランが国外に渡る」という意味ではない。むしろ金額的には年金全体の14%に過ぎない。
次のグラフは、過去25年間の推移を示している。
これは、国外に支給される年金の平均額が大幅に低いためだ。2025年の場合、年金の平均月額はスイス国内で1970フラン、国外で702フランだった。国外で平均的な年金を受け取る受給者がスイスに移り住んだ場合、補足給付なしでは生活するのが難しい水準だ。つまり国外居住の受給者に対する国の負担は、国内に支給される年金の3分の1で済んでいる。
「13カ月目の年金」を国外居住者に支給しない場合の節約額は、2025年ベースなら、新たに発生する支出の約14%に相当する。
連邦政府は動議に反対
連邦政府は、特に欧州連合(EU)との「人の移動の自由」協定や他国との間の社会保障協定で保証された権利を引き合いに、動議の否決を推奨している。これらの協定の原則は「平等な扱い」だ。
政府は「該当する国の国民はスイス国民と同じ権利」を有しており「外国に居住する受給権者に対しスイスに居住する被保険者と異なる扱いをする裁量の余地は無い」としている。また、全受給者が「13カ月目の年金」の給付対象であることは憲法で保障されている、との見解を示した。
医療費問題
左派・社会民主党(SP/PS)の海外支部SPインターナショナルは声明の中で、生活費がスイスより安い国ばかりではない点に言及するとともに、在外スイス人は多くの場合民間医療保険に加入せねばならないが、こうした保険では年齢に伴う負担増が著しいと指摘する。SPインターナショナルのクリストフ・マルゴー共同代表は「民間保険に加入できない場合、医療費のかなりの割合を自己負担しなければならない」とし「こうした理由からも国外居住者は13カ月目の年金を必要としている」と説く。
現在、1人が受け取れる年金の最高額は13カ月目の年金込みで年間3万2760フランだ。支給額は、現役時代に保険料を納めた期間と金額で決まる。
編集:Pauline Turuban、独語からの翻訳:フュレマン直美、校正:大野瑠衣子
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