中国製薬のグローバル展開、欧州に活路
バイオテクノロジー革新の大国として台頭した中国。だが国内企業の前には、財務基盤の安定化と世界市場での成長という高いハードルが立ちはだかる。欧州進出を目指す中国企業3社にスイスインフォが聞いた。
5月にバーゼルで開催されたスイス・バイオテック・デイ2026には、昨年のほぼ2倍にあたる中国企業12社が参加した。スイスの輸出と投資促進を担当する公式機関「スイス・グローバル・エンタープライズ(S-GE)」の中国ハブの支援を受けた企業で、これとは別に少なくとも15社の中国企業が自主的にに参加した。
こうした動きが活発になっている背景には、ロシュやノバルティスなど欧米の大手製薬企業が、中国のバイオテク企業から創薬候補のライセンスを取得する案件を過去最多のペースで進めていることもある。かつては模倣薬の主な配給元として知られた中国製薬企業だが、ヘルスケアデータ分析会社IQVIA外部リンクによると、中国企業が主導する臨床試験開始数は、2009年の世界全体の1%から大きく上昇し、現在では30%を占めている。
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一方、中国国内でベンチャーキャピタル(VC)外部リンクによる投資が細り、企業間競争が激化している。そして米国による監視外部リンクも強まるなか、多くの中国企業が欧州市場に商機を求めている。バーゼルには、中国国外での実績や信用を高め、信頼できるパートナーになり得ると証明する企業が相次いで訪れた。
世界市場への進出を目指す中国企業3社の経営幹部に、その歩みを聞いた。
Canton Biologicsは国内競争を勝ち抜き独自性を示す
Canton Biologics Co., Ltd.の国際展開にとって、今後3年間は重要な時期になる。同社の売上高の約40%はすでに国外から生まれているが、創業者兼最高経営責任者(CEO)のシャオ・シェン(Xiao Shen)氏は、2028年までにこの比率を80%近くまで引き上げることを目指している。
目標達成に向け、シェン氏と経営陣は世界各地のパートナーを積極的に探している。スイス・バイオテック・デイへの参加は、6カ月間に欧米で10回以上参加するカンファレンスの1つだ。
シェン氏が創業したCanton Biologicsは中国南部を拠点とし、高分子バイオ医薬品の開発・製造受託(CDMO)に特化している。CDMOは医薬品のサプライチェーンで重要な役割を担う。製薬会社は通常、臨床試験に入る前の段階で、設計や製剤化、研究開発、製造などをCDMOに委託する。
スイスは世界最大の売上を誇るCDMOで、創業から125年以上の歴史を持つロンザを擁する。一方、中国では、強固な製造業基盤を背景に、無錫薬明康徳新薬開発(ウーシー・アップテック)などの多数のCDMOが台頭している。2024年にバイオ医薬品企業124社を対象に実施した調査外部リンクでは、79%が中国を拠点とする、または中国資本のCDMOと少なくとも1件の契約を結ぶか、その製品を利用していた。
中国政府が2015年以降、医薬品開発企業による製造業務の外部委託を認める政策変更を進めたことも、CDMOの成長を後押しした。シェン氏がCanton Biologicsを創業したのもこの時期だ。同社は複雑な生物学的製剤を専門とし、シェン氏は「スピード、品質、柔軟性、コスト競争力」を武器に製品を提供できるとしている。
シェン氏は中国の投資家から2016年に創業資金の提供を受け、その後、2023年までに3回の資金調達を実施した。調達額は計4000万ドル(約64億円)を超えた。
しかし景気減速を背景に、中国国内のバイオテク分野へのベンチャー投資額は、2021年のピーク時の150億ドルから73%減少外部リンクし、2024年には42億ドルに落ち込んだ。一方、国内企業同士の競争も激しさを増している。
「中国では、ほぼすべての産業における競争が苛烈で、人々がプレッシャーを感じている」とシェン氏は話す。
成長には、世界の顧客基盤を拡大することが不可欠だ。Canton Biologicsの顧客は100社を超え、そのうち半数弱が中国国内の企業だ。
中国のCDMOの多くは米国市場を主なターゲットとしているが、米国が国家安全保障上の懸念から中国のバイオテク企業との契約に対する規制を強化外部リンクしており、この戦略のリスクは高まっている。
シェン氏は欧州企業との取引に活路を見いだそうとしている。そのためバーゼルを訪れた。欧州での経験を生かし、欧州企業との信頼関係を築き、他の中国企業との差別化を図れると考えている。
江蘇省生まれのシェン氏は幼少期、博士号取得で留学した父親に伴い、ドイツ北西部のニーダーザクセン州で暮らした。その後、ドイツに戻って生物薬理学を学び、さらにスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)で4年間学び、博士号を取得した。EPFLでの研究経験が、Canton Biologicsの科学的・起業家的なビジョンを形作ったという。
「ドイツで科学を学び、スイスでバイオテクを学んだ、といつも自己紹介している」とシェン氏は語る。
Canton Biologicsは、従業員10人、400平方メートルの研究開発(R&D)センターから、現在では4拠点に約300人の従業員を擁し、施設の総面積1万6000平方メートルにまで拡大した。2022年にはドイツ法人も設立した。
シェン氏は、CDMO大手と競争できる国際企業に成長させたいと考えている。ただ、長期的には単なる受託サービス企業から脱却し、「世界的な影響力を持つバイオテク・イノベーター」への成長が目標だという。
「まだ若い会社だが、正しい方向に進んでいる。欧州の顧客に当社を知ってもらい、受け入れてもらうには時間がかかる」と同氏は話す。
CoJourneyはスピードと低コストを武器に
CoJourneyは、バイオテク業界が抱える難題の1つに取り組んでいる。より安全で、効果が高く、手頃な価格の遺伝子治療を製造することだ。
創業者のリージュン・ワン(Lijun Wang)氏も、現在注目を集める中国人CEOによく見られる経歴を持つ。中国で育ち、米国に留学して大学院教育を受けた後、フロリダ州とカリフォルニア州のバイオテク企業で13年間働いた。
2019年、ワン氏は米国で教育を受けた中国人科学者2人と共同でスタートアップのExegenesis Bioを設立した。同社は杭州と米ペンシルベニア州を拠点とし、滲出型加齢黄斑変性症という重篤な眼疾患や、希少疾患である脊髄性筋萎縮症(SMA)向けの遺伝子治療を開発している。SMA向け遺伝子治療として現在市場に出ているのは、スイスのノバルティスが販売する製品だけだ。 2023年、Exegenesisは製造事業を分離してCoJourneyを設立した。同社は、改変した遺伝子を細胞内に運ぶためのウイルスベクターやメッセンジャーRNA(mRNA)などを製造するCDMOだ。Exegenesisが医薬品開発に集中する一方、ワン氏率いるCoJourneyは中国のスタートアップ企業や世界の顧客を対象に市場開拓を進めている。
ワン氏は欧州市場を開拓するためバーゼルを訪れた。海外顧客への営業では、スピード、品質、コスト効率を強みとして訴えている。CoJourneyのウェブサイトによると、同社の「Zero-Chrom」プラットフォームは、遺伝子治療の基本的な構成要素であるプラスミドDNAの精製を、一般的な手法に比べて60%短い時間、70%低いコストで製造できる。1回の投与に数百万ドルかかることもある遺伝子治療のコストを、大幅に引き下げられる可能性がある。
ワン氏はまた、橋渡し役としてのCoJourneyの別の強みも強調する。医師主導型治験 (investigator-initiated trial:IIT)など、特殊な規制ルートを利用する際に顧客を支援できる点だ。このルートであれば、通常必要となる国への複雑な治験届の提出や審査を待つことなく、病院独自の審査委員会の承認だけで、最初のファースト・イン・ヒューマン(FIH)試験を承認できる。
「中国では、医薬品開発を迅速化して、治療の手頃な価格を実現しようとしている。医薬品開発の効率化が進めば、市場投入までの期間はより短くなる。小児期に発症する希少で進行性の疾患にとって、重要なことだ」とワン氏は語る。
もっとも、中国の迅速な開発手法については、医療安全やデータの信頼性、情報開示を犠牲にする可能性があるとの懸念が国際的に外部リンク高まっている。スイスインフォがワン氏と面会した後に、IITで実施された3件の死亡例外部リンクが明らかになった。いずれも革新的なFIH試験だった。
ワン氏はその後、電子メールで、これらの死亡例が中国の遺伝子治療に長期的な影響を及ぼすとは考えていないと説明した。透明性の向上を支持する一方、「中国政府の新たな規制によってリスク管理が進み、死亡例を含む重篤な副作用について、明確な報告ルートが整備される」と述べた。
ワン氏が指摘したのは、2026年5月1日に施行された国務院令第 818 号だ。同政令は、IITを一定の病院と、医師免許を持ち、高い倫理基準、研究の健全性、関連する臨床経験を備えた主任研究者に限定している。製造業者に対しては、製造業者には厳格な品質基準の順守も求めている。
「科学の目的は、こうした出来事から学び、研究を前進させることであり、停滞させてはならない」とワン氏は話す。
Eyebright Medicalは品質への懐疑を払拭
ドイツ人経営者のトーマス・ツィマー氏は、Eyebright Medical Technologyを2016年にコペンハーゲンで開催された眼科学会で初めて知った。ドイツで眼科用手術器具を手掛けるOphthalmoProを経営していた同氏は、中国製の高品質な眼内レンズの存在に、当初は懐疑的だった。
しかし、ドイツの手術室で行われた試験がツィマー氏の考えを変えた。米国や欧州の器具では精密な操作に苦労するなか、Eyebrightの挿入システムを使うと、外科医はスムーズに眼内へレンズを挿入できた。
ツィマー氏の経験は、中国のライフサイエンス企業が海外展開する際に直面する課題を象徴している。中国製品の品質に対する欧米の根強い懐疑論をまず払拭しなければならない。
ツィマー氏は「外科医にレンズを使ってもらうことが最大の障壁だった」と振り返る。しかし、手術を受けた患者が視力の改善を実感するにつれ、製品の良さは自然と伝わるようになった。ツィマー氏にとって利益率が大幅に高かったことも追い風となった。
ツィマー氏の会社はEyebrightとの協力関係を深め、欧州やアジアへ事業を拡大した。2025年、Eyebrightはドイツ企業を買収し、欧州市場のマーケティング拠点としてスイス法人を設立した。ツィマー氏はEyebright Switzerlandの取締役に就任した。
「Eyebrightは中国のトップ企業だ。町工場のような小さな会社ではない。ドイツの中堅企業である我々より、はるかに大きな成果を出せる」と同氏は語る。
スイス・バイオテック・デイは、Eyebrightと新設したスイス法人の認知度を業界で高める機会となった。同社は、合併・買収(M&A)を活用して中国国外での事業基盤を強化する戦略を進めている。ただ、競争は激しい。欧州の眼内レンズ市場では、アルコンやジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)など欧米企業が強い地位を占めている。
OphthalmoProは現在、中国企業の傘下に入っているが、少なくとも現時点では、欧州で販売する製品にはOphthalmoProの名称を残している。ツィマー氏も認めるように、欧州では「中国製品は品質が劣る」という懸念がなお残っているためだ。
同氏によると、「欧州では今もOphthalmoProという名前を使い、研究データもすべてこの名前で統一している。欧州の名前のほうが信頼を得やすいからだ」。
編集:Nerys Avery/vm/gw、追加取材:Jie Guo Zehnder、英語からの翻訳:横田巴都未、校正:大野瑠衣子
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