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利用率9割、スイスの郵便投票事情

誰かが黄色い郵便ポストに手紙を投函している
スイスの郵便投票制度は日常の政治参加の一部として定着している Keystone / Salvatore Di Nolfi

選挙や国民・住民投票で自分の1票を郵送するとしたら、あなたは抵抗なくできるだろうか。米国やドイツなどには郵便投票の信頼性に懐疑的な政治家もいる。しかし、この方法がすっかり定着しているスイスでは批判の声がほとんどない。

ドナルド・トランプ米大統領は2025年、「今も郵便投票を使っている国は世界で私たちだけだ」と主張した。事実に反する発言だ。一部の有権者のみに認めている国を含めれば、この制度は30カ国余りで利用されている。トランプ氏の物言いはそうした実態よりも、米国内をはじめとする反発の広がりを示していた。一方、スイスでは票を郵送することが当たり前になっており、当局によれば、民主主義の防壁になっている可能性さえある。

スイスの郵便投票制度

スイスの郵便投票制度は円滑に運営されている。国民・住民投票や選挙が近づくたび、投票年齢に達した国民に案内書や投票用紙、有権者IDカードが入った分厚い封筒が届く。頻度は多ければ年4回で、申請は不要だ。封筒を受け取った有権者は議題への賛否や自分が選ぶ候補者を考え、投票用紙に記入し、それを郵便で返送できる。郵送せずに基礎自治体が設置する専用の受付箱に投函することも、投票日を待ち、投票所でじかに票を入れることもできる。投票せず、封筒を捨てても構わない。

すでに日常の政治参加の一部となり、あまりに普及しているせいで忘れがちだが、スイスの郵便投票の歴史はさほど古くない。先駆けとなった各州での導入は1970年代だ。これは米国初のカリフォルニア州と同じ時期で、州が所管することと並んで米国との共通点になっている。スイス連邦議会はその後の1994年、全国で郵便投票への対応を義務化し、2005年までに全26州が準拠を完了した。ただし、返送用の郵便料金を有権者が負担するかどうかなど、地域ごとの小さな違いは残っている。

政府間機関「民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)」によると、郵便投票はスイスなど11カ国で全ての有権者に、さらに21カ国で高齢者など一部の有権者に認められている。米国では州ごとに規則が異なり、このことは郵便投票をめぐる緊張の一因にもなっている。トランプ氏は11月の中間選挙に向けた動き外部リンクを含め、郵便投票を規制するための法的・政治的闘争を長年繰り返してきた。

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郵便投票の普及状況

スイスでは郵便投票の普及度がかなり高い。ベルン大学のアリナ・ツムブルン氏によると、郵便を含む期日前投票は「ほぼ全て」の有権者が利用する。正確な数値は示されていないが、投票全体に占める郵便の割合は全国で90%超とみられる。実際、アールガウ州では6月に98%を記録した。これは田舎か都会かという問題ではなく、ジュネーブやバーゼルのような都市でも、オプヴァルデンのような地方でも同程度の割合となっている。ツムブルン氏によると、投票所を訪れる有権者の特徴はさまざまで、社交の機会として当日投票を好む人や、初めて投票する人、単に事前の郵便投票を忘れていた人などがいる。

国際的に見ても、スイスの郵便投票の利用率は高い。米選挙支援委員会(EAC)外部リンクによれば、米国でもオレゴンやワシントンなど全有権者が対象の州ではスイスのように90%を超えている。しかし、新型コロナウイルス禍が追い風になるなど、一部の国で郵便投票の利用が大きく伸びた後でさえ、国全体でスイスを超える例はリヒテンシュタイン以外に見当たらない。2021年のドイツ連邦議会選挙では、投票に占める郵便の割合が50%をわずかに下回った。

スイスでは普及の速度も著しかった。1990年代末の利用者は推定で有権者の半分から3分の2だったが、そこから飛躍的に増加。前述の通り、今日ではほぼ全ての有権者に広まっている。では、スイスの郵便投票への適性はどこから来るのだろうか。まず、世界でも先進的外部リンクな郵便制度はその一因だ。また、ツムブルン氏は投票の機会が多いことも理由に挙げている。投票所の列に年4回加わるより、郵送の方が簡単だと考える人は多い。さらに、スイス国民の間では選挙制度を含む公的な仕組みへの信頼が厚く、このことも一因となっている。

スイスの投票用紙
2026年6月14日に行われたスイス国民投票の郵送用用紙 Keystone / Christian Beutler

スイスの郵便投票に批判はあるか

IDEAのテレース・ピアース・ラーネラ氏は信頼感について、「制度自体の機能よりも、人々や、人々と制度の関係」が重要な場合があると指摘する。郵便投票が好まれるか嫌われるかは、文化や習慣、あるいは信頼を弱体化させる試みに左右され、場所によって変わり得るということだ。例えば、トランプ氏は近年、たびたび郵便投票を規制しようとしてきた。また、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」も規制を望んでいる。

しかし、ツムブルン氏によると、スイスでは郵便投票をめぐる政治対立が圧倒的に少ない。制度が信頼されているだけでなく、郵便投票への攻撃が大きな損得につながる政党がないためだ。米国の場合、民主党員の方が共和党員よりも郵便投票を利用するため、この制度をめぐる議論は政治的資産や選挙における票の得失と明確につながる。一方、スイスでは老いも若きも保守派もリベラル派も、皆が郵便投票におおむね満足しているため、ことさら批判する意味がない。

とはいえ、スイスの郵便投票が批判と無縁なわけでもない。ジャン・リュック・アドール下院議員(右派・国民党=SVP/UDC)は2025年末、連邦内閣への質問書で、投票所に足を運ぶことを「社会形成において重要な市民参加行動」と呼び、国民に当日投票への回帰を促すことを提案した。アドール氏はこの際、ジュネーブ州ヴェルニエで同年11月に行われた地方選挙での問題(後述)に触れ、「信頼回復と潜在的不正の影響軽減」が重要だと主張した。

しかし、政府はこの主張に取り合わなかった。同氏への回答では、郵便投票が広く支持されていることや、利便性が高いことを指摘。誰にでも利用でき、柔軟性が高く、在外投票が可能だという一般的な利点に言及した。

不正への耐性

スイスの郵便投票の脆弱性を示す有力な証拠はない。数カ月ごとに数百万人が利用しながら、不正はまれだ。ただし、政府もアドール氏への回答中で認めているが、制度の悪用が完全に排除できるわけではない。ヴェルニエでの選挙では、事後の申し立てを受けた筆跡専門家らの調査により、有権者IDカード189枚の記入者が79人しかいないことが判明した。仏語圏のスイス公共放送(RTS)によると、選挙結果に影響はなかったものの調査は今も続いている。

郵便投票では、家族や友人など本人以外が投票先を記入(そして決定)することが問題になる。ときどき話題になるだけでめったに定量化されないが、ヴェルニエでの事案によってこの課題が浮き彫りになった。また、郵便投票には盗難のリスクもつきまとう。ヴァレー州では2017年、投票用紙150枚を盗み、記入したとされる容疑者が逮捕され、翌年に有罪判決を受けた。一方、集計前の投票用紙の紛失は可能性こそあるものの、スイスではほとんど起こっていない。

ツムブルン氏によれば、スイスでは具体的な不正事案は珍しく、制度に対する信頼はおおむね維持されている。しかし、ピアース・ラーネラ氏によれば、国際的には「利便性の恩恵と安全性への懸念」のバランスが問題になり得る。例えば民主主義移行国や民主化直後の国々では、今も投票所の「管理された環境」こそが投票の安全性確保で目指すべき到達点となっている。それ以外の国・地域で郵便投票の成否を分ける要因はさまざまだが、信頼に足る郵便制度は当然ながら重要になる。

米国郵政公社の職員
米国では、州によって郵便投票の普及度に差がある Caroline Brehman / Getty Images

民主主義にとっての利点

郵便は投票を簡単にする一方、投票率を押し上げる効果は必ずしも大きくない。郵便投票はその利便性によって国外在住者や高齢者の投票を後押しでき、パンデミック(感染症の世界的流行)さなかの投票でも役に立つ。しかし、ピアース・ラーネラ氏によれば、投票に意義があるかや、投票が習慣化しているかなど、人が投票する理由はほかにもさまざまだ。一方、ツムブルン氏は、郵便投票は導入以降、全体的に低いスイスの投票率を約4パーセントポイント押し上げてきたと推計する。同氏が2025年に発表した論文外部リンクによると、返送用の郵便代金を投票者が負担しない場合、投票率はさらに3パーセントポイント上昇する。

民主主義への影響はほかにも考えられるが、投票率に比べて確かめにくい。例えば、民主主義にはお祭りのような「社会行事」としての性質があるのに、郵便投票によってその理念の価値がおとしめられる、という主張に対する評価は、社会行事というものに対する個人的な見解に左右される。ツムブルン氏によれば、特にスイスでは民主主義がむしろ日常生活の一部となっており、投票を祝祭のように扱うよう強いることは難しい。住民が物理的に集まって採決を行う住民総会や「ランツゲマインデ(青空議会)」の出席・投票率は、ただでさえ低い国内平均をさらに下回ることが多い。

さらに、ハイブリッド型の脅威と虚偽情報が広まった現状を踏まえ、すでに定着・確立した郵便投票という制度に新たな利点を見いだす向きもある。スイス連邦政府は、郵便投票の慣行は民主主義の安定の支えにさえなり得るとみる。連邦内閣は2025年3月、サミュエル・ベンダウン下院議員(左派・社会民主党、SP/PS)から2027年の選挙に外国の介入を受けるリスクを問われた際、西側民主主義国に多い1日限定の投票と異なり、郵便投票によって「数週間にわたる有権者の参加」が可能になると指摘。この特徴は有権者が選挙手続きに「精通している」ことや、選挙運営が分散型になることと並び、「システムの堅牢化と外国の干渉に対する防御」に寄与すると説明した。

編集:Benjamin von Wyl/ac、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子

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