製薬大手の肥満症啓発キャンペーン、広告との線引きは?日本では不正販売が問題に
処方箋医薬品の広告が禁止されている国々で製薬会社が資金投入するのが疾患の啓発キャンペーンだ。だが、その内容が間接広告にあたるかどうかは国によって判断が分かれる。さらに、日本では本来の用途とは異なる美容目的の誇大広告やインフルエンサーによるプロモーションが社会問題になっている。
この記事は、原語の記事を日本語読者向けに特別に編集・加筆した記事です。このため原語の記事とは内容が異なる場合があります。日本語読者向けに編集部が特別に編集した記事の特集ページはこちらです。
3月上旬、チューリヒ空港の駅でデジタルサイネージ(電子看板)が私の目を引いた。緑色のスクリーンに、ウェブサイトのURLとQRコード、医師への相談を促す呼びかけとともに「肥満症はあなたのせいではありません」という短い文が表示されている。
数秒後、赤い画面に変わって肥満症治療薬の2大メーカーの1つ、アメリカの製薬大手イーライリリーのロゴが現れた。
私の同僚はその後1カ月、同じような看板をスイスのフランス語圏でいくつも見かけた。マクドナルドの広告の横に設置されたものもあった。民間企業が出資する肥満症のポスターや、テレビCM、オンラインのキャンペーンは、フランスやインド、日本外部リンクなど、他の国でも展開されている。
おすすめの記事
ニュースレターへの登録
スイスでは、製薬会社のロゴを広告の看板で目にすることはめったにない。アメリカやニュージーランドを除き、スイスを含む大半の高所得国では、処方箋医薬品(処方箋がないと販売できない医薬品)の大衆向け広告は禁止されている。
スイスで見られた看板は、3月4日の世界肥満デーに合わせイーライリリーが世界中で1カ月間展開したキャンペーンの一環だった。看板に記載されているウェブサイトでは、体重管理の方法と並んで薬物療法が取り上げられている。だが、自社製品への言及はない。
イーライリリーはスイスインフォの取材に「販売の促進を目的としない、科学に基づく教育活動は、疾患とそれに伴う負担や、適切な医療支援を求める重要性について啓発することを意図している」と回答した。
啓発が広告になるとき
スイスや日本を始め多くの国では、関連する情報を網羅しており、偏りがなく客観的である場合には、企業が疾患啓発キャンペーンのスポンサーになることは認められて外部リンクいる。
スイスと日本、どんな場合に医薬品広告とみなされる?
▽スイス
医療製品の広告に関する政令第2条は、広告を「医薬品の処方、調剤、販売、消費または使用促進を目的としたすべての情報、マーケティングおよびインセンティブ手段」と定義している。これは、あらゆる印刷物やテレビ、電子媒体に適用される。
▽日本
厚生省(現厚労省)が1998年、以下のいずれの要件も満たす場合、薬事法(現在の薬機法)における医薬品等の広告に該当するとの通知外部リンクを出している。
・顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確であること
・特定医薬品等の商品名が明らかにされていること
・一般人が認知できる状態であること
企業が薬の名称に一切言及しなくても処方箋医薬品に間接的に触れれば規制に違反する可能性はあり、そのことが事態を複雑にしている。
チューリヒのヴァルダー・ヴィス法律事務所でライフサイエンスを担当するセリーヌ・ヴェーバー弁護士は、「疾患の啓発には肯定的な面がある一方で、処方箋医薬品の広告との境界線は極めて繊細だ。今日、特定の疾患に使用される医薬品を提供するのが自社のみ、あるいは数少ない企業の1つである場合、その薬に間接的に言及することなく啓発活動を行うことは極めて難しい」と話す。
企業は透明性を確保するため、スポンサーとなるキャンペーンに社名や自社ロゴを表示する。だが、医療製品の広告規制を監督するスイスの医薬品認可機関「スイスメディック(Swissmedic)」の報道官は、特定の疾患に結びつける形で企業名に触れたり、ブランドカラーやグラフィック要素を使用したりするだけでも、特定製品を間接的に宣伝する広告とみなされる可能性があると話す。
各国の規制当局は肥満症啓発キャンペーンを注視し始めている。スイスメディックは、イーライリリーのキャンペーンが広告規制に違反しているか調査を始めた。スペイン保健省は昨年、デンマークの製薬大手ノボ ノルディスクのキャンペーンが処方箋医薬品の間接広告に該当するかどうかを調査した。
おすすめの記事
やせ薬報道は「広告」?スイス当局の警告にメディアが反発
スペイン紙エル・パイスによると、同国のキャンペーンには、「肥満症は命を奪う可能性がある」という言葉が記された看板や、テレビCM、医師への質問を提案するウェブサイトが含まれていた。だが、ノボ ノルディスクの製品への言及はない。
イーライリリーは5月、インド中央医薬品基準管理機構(CDSCO)から広告規制違反に関する通知を受け、前年から展開していた同国での肥満症啓発キャンペーンを中止外部リンクした。5月上旬には、フランス医薬品・保健製品安全庁(ANSM)がイーライリリーとノボ ノルディスクの両社に対し、メッセージの内容は、たとえ特定の医薬品の名称を挙げていなくても、肥満症の処方箋医薬品の間接的な販売促進に事実上等しいとして罰金を科して外部リンクいる。
日本ではインフルエンサーが炎上
そもそも、なぜ多くの国が広告を禁じているのか。スイスメディックによると、医薬品の過剰摂取や不適切な使用につながる可能性のある虚偽または誤解を招く情報から国民を守ることが目的だ。
スイスメディックの報道官ルカス・ヤッギ氏は昨年、スイスインフォの取材に対し、「スイスの立法者は公衆衛生を保護し、透明性を確保し、医薬品の責任ある使用に関する事実情報を国民に提供することを目指している。医薬品は商業的利益のためではなく、医療上の必要性に基づいて使用されるべきだ」と述べた。
企業は当然、ビジネスチャンスを見込んで啓発キャンペーンを行っている。健康状態への意識が高まり、知識が広まれば、治療を受けようとする人は増えるだろう。これは患者の利益になるはずだが、同時に治療薬を製造する大企業の金庫も潤すことになる。したがって、そもそも大衆は企業を健康関連情報の送り手として信用できるのか、信じるのか、という疑問が湧いてくる。
肥満症治療薬を乱用する人々をめぐる懸念は現実のものだ。医師は処方薬の門番としての役割を果たし続けているが、肥満症と診断されていない人が美容目的や承認外の用途に使用したという例は後を絶たない。特定の減量薬注射や錠剤を使った体験をシェアするTikTokやYouTubeの投稿は無数にあり、世界のどこからでも視聴できる。
そもそも肥満治療薬でないものを美容目的で乱用するケースも頻発している。日本では最近、糖尿病治療薬「マンジャロ」のアンバサダーを務めていたインフルエンサーが「痩せ薬」の効果があったと発言し、炎上した。またSNSでマンジャロを無許可販売したなどとして男女3人が書類送検された。同医薬品の美容目的での宣伝、不正販売が横行していることを受け、厚労省は今後、注意喚起を強化する方針だ。製造元のイーライリリーも今月、「2型糖尿病以外の方に使用した場合の有効性および安全性は医学的に確認されていない」とし、適正使用を呼びかけるプレスリリース外部リンクを発表した。
ヴェーバー氏は、「人々は現在、20〜30年前の医師がすべてを知っていた時代よりもはるかに多くの情報に接している。だが、不適切な情報も大量にある」と述べた。
追加取材:Aylin Elçi and Carla Wolff Gonzalez、編集:Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳・追記:鵜田良江、校正:宇田薫
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。