欧州の国境管理と連帯の緊張 セウタ危機で浮き彫りに
北アフリカのスペイン領セウタに7万2000人の移民が押し寄せたことで、欧州の移民政策をめぐる議論が再燃した。移民問題の専門家ロビン・シュトゥンツィ氏は、欧州連合(EU)における国境管理と連帯について警鐘を鳴らす。
7月末、モロッコからスペインの飛び地セウタに7万2000人の移民が押し寄せ、その衝撃的な映像は欧州メディアの一面を飾り、政治的にも大きな反響を呼んだ。
その後、大半の移民はモロッコへ戻ったが、この出来事は大きな爪痕を残した。北アフリカ沿岸に位置するこの欧州領土を目指した人々のうち、少なくとも75人が命を落とした。
ヌーシャテル大学に所属する「移民・モビリティに関する国家研究重点計画」の研究コーディネーター、ロビン・シュトゥンツィ外部リンク氏が、今回の大規模な移民流入の背景、その出来事から得られる教訓、そして欧州の移民政策の限界について解説する。
スイスインフォ:モロッコからスペインの飛び地セウタに約7万2000人の移民が押し寄せ、ここ数日、ニュースのトップを飾りました。今回、異例ともいえる大規模な流入が起きた理由を、どのように考えていますか。
ロビン・シュトゥンツィ:まず、構造的な要因があります。セウタとメリリャは、北アフリカに位置するEUの2つの飛び地です。これらの地域と周辺地域との生活水準の格差は非常に大きく、ここでは大規模な移民の動きが散見されています。実際、こうした背景から、長年にわたって飛び地の周囲には数多くの障壁が設けられてきました。
では、なぜこれほどの人々が大挙して押し寄せ、その後、大半が戻ったのでしょうか。
大きく3つの仮説が挙げられています。1つ目は、スペインが1月に開始した非正規移民への在留許可付与に関連するものです。ただ、私はこの措置が移民を呼び寄せる「誘因」になったという見方には懐疑的です。この措置が発表されたのはすでに数カ月前であり、対象となるのは、すでにスペイン国内にいる人々だけだからです。
2つ目は、西サハラ問題をめぐるスペインとモロッコの度重なる緊張関係です。確かにモロッコは2021年にも、セウタへの移民流入を促し、スペイン政府に政治的圧力をかけようとしたことがあります。しかし現在、この仮説を裏付ける確かな証拠はほとんどありません。一方で、西サハラ問題をめぐって両国が関係改善に動いて以来、両国の関係は明らかに改善しています。また、モロッコにとって、国際社会で自国のイメージを悪化させるメリットはありません。
最も可能性が高い仮説は、スペイン最高裁判所が7月8日に下した判決の解釈に関連します。この判決により、海路で越境した移民を直ちに送還できないとされました。一時的に国境が開かれたような印象が生まれたのです。その情報がソーシャルメディアでさらに拡散され、一部の人々が「今すぐ利用するべき機会だ」と考えるに至ったのだと思います。
では、その判決は実際には何を定めていたのでしょうか。
スペイン最高裁は3週間前、海路でセウタに到着したアルジェリア人移民に関する判決を下しました。この判決によれば、スペインは陸路で不法入国した移民を直ちに送還できます。一方、海路で到着した場合、当局はまず本人の申請を審査しなければなりません。
スペインは、海路による流入を防ぐための対策も講じています。例えば、セウタ沖には大規模な浮体式のフェンスが設置されています。この設備が、飛び地への到達を試みた人々のうち、75人が死亡したことの一因になった可能性があります。 今回のケースでは、そもそもスペインが7万2000件の庇護申請を処理する義務を負っていたわけではありません。押し寄せた人々の大半はモロッコ国籍の保持者で、庇護を求める根拠を持っていなかったからです。
今回の出来事は、欧州の移民と庇護に関する協定が発効してから2カ月足らずで欧州を揺るがしました。これは欧州の移民政策の失敗だと捉えることができるでしょうか。
欧州諸国の一部が見せた初動は懸念すべきものでした。スペインとの連帯を示す代わりに、パニックに陥ってしまったのです。この状況で必要だったのは、冷静さと協調でした。
政府関係者や非政府組織の関係者の多くが、すぐに「侵略」や「移民による圧倒」といった表現を用いました。イタリアやデンマークは、スペインをシェンゲン圏から除外したり、国境管理を復活させたりする可能性にまで言及しました。しかし、前者は法的に不可能であり、後者も状況に対して不釣り合いな対応です。
その後、軌道修正が図られました。EU各国の内相がオンライン会議を開き、スペインへの連帯を示すメッセージを発しました。
欧州の移民・庇護に関する協定は、まだ信頼できるものなのでしょうか。
今回のセウタ危機は、欧州の移民協定にとって本当の意味での「耐久テスト」ではありませんでした。まず、セウタからシェンゲン圏の他の地域へは自由に移動できず、海によって隔てられているからです。さらに、今回は越境した人々の大半が、庇護を求める理由を持っていませんでした。 この協定が本当の意味で試されるのは、例えばギリシャとトルコの国境のように、シェンゲン圏の外部国境で大量の流入が起きた場合です。国際的な保護を受ける資格がある人と、おそらくその資格を持たない人が混在していれば、課題はさらに大きくなります。これは人々を選別する仕組みを整えなければならず、最も対応が難しい状況です。このような状況に対応するために、協定は作られました。
具体的には、どのような協定なのでしょうか。
この移民協定は、10の法令から成り、2015年の移民危機から得られた教訓を踏まえて策定されました。3つの柱があります。第1の柱は、EU域外の国境におけるスクリーニングです。身元確認、安全確認、健康診断などを行います。第2は、国境での迅速な手続きです。庇護認定を受ける可能性が低い人は帰還手続きへ進み、それ以外の人については申請を審査します。そして第3は、国際的な保護を受ける可能性がある人々を加盟国間で分担する仕組みです。受け入れを希望しない国は、資金面で貢献することができます。これは、スイスでは1990年代から導入されている仕組みです。スイスでは、到着した時点でまず庇護の理由について予備審査を行い、その後、申請者を各州に割り当てます。
スイスは欧州の移民協定の規定を部分的に取り入れています。スイスの庇護政策や、スイスへ向かう移民の流れに、具体的にどのような影響が考えられますか。
スイスにとって劇的な変化はありません。最大の変化は、EUの外部国境で事前に行われるスクリーニングを利用できる点です。スイスの国境に到着する人々は、原則としてすでに身元確認を受けていることになります。そのため、送還すべき人なのか、それとも別の欧州国が担当すべき案件なのかを、より迅速に判断できるようになります。
欧州に不法入国する人の数は、ここ数年、むしろ減少しています。欧州は外部国境の管理を強化しています。今後、不法入国者が再び増加する可能性はあるのでしょうか。
欧州周辺で大規模な危機が発生すれば、その可能性はあります。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻の際がそうでした。しかし、ここ数年、不法入国者数は全体的に減少しています。特に海洋境界を中心に外部国境の管理が強化されたためです。
欧州は現在、国境をより適切に管理しています。しかし、その政策には大きな人的犠牲も伴います。リビアがその一例で、多くの移民が暴力や拷問の被害に遭っています。欧州国境・沿岸警備機関(Frontex)は、欧州を目指す人々を阻止しているリビア沿岸警備隊の能力強化に貢献してきました。この協力には、人権の尊重という観点からは重要な問題があります。
これは、欧州の移民政策が抱える根本的な矛盾の1つでもあります。EUは庇護を求める人々の受け入れ先であるとする一方、国際的な保護を受ける可能性のある人々がEU領域に到達するのを阻む仕組みを整えているのです。
庇護問題は、欧州の政治的議論の中で以前ほど中心的なテーマではなくなったように見えます。今回の出来事によって、この問題が再び前面に出てくる可能性はあるでしょうか。
庇護問題が欧州の政治課題から完全に消えたことは、これまで一度もありません。常に水面下では存続しており、大規模な移民流入が起きたときや、庇護申請者が関係する事件が大きく報道されたときに、再び中心的な議題となります。ただ、今回のセウタの出来事がそのきっかけになるとは思いません。これは例外的な出来事であり、欧州の議論に長期的な影響を及ぼすことはないでしょう。
スイスでは状況が異なります。直接民主制という政治制度が、この問題を定期的に政治課題として再浮上させることができます。保守右派・国民党(SVP/UDC)は、実際にこの戦略を活用しています。同党が提起し、近く連邦議会で審議される予定の「国境保護イニシアチブ」は、庇護問題を再び政治的議論の中心に押し戻す可能性があります。
編集:Samuel Jaberg、仏語からの翻訳:横田巴都未、校正:大野瑠衣子
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