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豊かなスイスの国民は本当に幸福?

「世界幸福度報告書2024」によると、1965年以前に生まれた人々は1980年以降に生まれた人よりも平均して幸福であることがわかった
「世界幸福度報告書2024」によると、1965年以前に生まれた人々は1980年以降に生まれた人よりも平均して幸福であることがわかった KEYSTONE

スイスは世界で最も幸福な国の1つだが、若い世代の間で人生の満足度が低下していることが最新の報告書で明らかになった。この結果をどう読み解くべきか、専門家に聞いた。 

英オックスフォード大が先月20日に発表した「世界幸福度報告書2024外部リンク」によると、スイスは国別の幸福度ランキングで143カ国中9位にランクインした。スイスのマーケティングリサーチ会社「YouGovSwityerland」が行った別の調査では、回答者の73%が生活に「とても満足している」と答えた。 

しかし、調査結果はバラ色ではない。世界幸福度報告書によれば、若者の幸福度は過去15年で低下し、その低下ぶりは特に欧州と北米の富裕国で顕著だった。1965年以前に生まれた人々の平均幸福度は、1980年以降に生まれた人々よりも高かった。米国(23位)では今や若者が最も不幸な年齢層となり、2012年の報告書の開始から初めて、最も幸福な国トップ20から外れた。 

YouGovの報告書によると、スイスの若者は特にメンタルヘルスに悩みを抱える。パンデミック後に発表された調査では、パンデミック前より状況が悪化したと答えた若者は最高30%に上った。 

「The Treadmills of Happiness(仮訳:幸福のトレッドミル)」の著者で、スイス北西部応用科学芸術大学の経済学講師マティアス・ビンスヴァンガー氏に、この結果をどう見るか聞いた。 

swissinfo.ch:スイスは世界幸福度ランキングで常に上位10カ国に入っています。スイスの幸せの秘訣は? 

マティアス・ビンスヴァンガー:まず問いたいのは本当にそうなのかということです。スイスを訪れても、幸せそうで笑顔の絶えない人々に出会っているなという実感は湧きません。 

一般的に、人に幸福度について尋ねるとポジティブな方に偏った答えが返ってくることが多い。これは「社会的望ましさバイアス」と呼ばれ、スイスではそれが強いようです。私たちは良い条件下で生活しています。幸せでなければならないと思っているから、幸せだと言う答えが返ってくるのです。 

マティアス・ビンスヴァンガー氏
マティアス・ビンスヴァンガー氏 swissinfo.ch

もちろん、スイスが幸せな国であるだろうことを示す客観的な理由もあります。1つは物質的な幸福で、スイスではこれが非常に高い。もう1つは安全、特に職を持ち続けられるという安全です。 

最後に重要な点としては民主主義があります。スイスにはレファレンダム(国民表決)やイニシアチブ(国民発議)といった、政府の提案に国民が異議を唱えたり、変更を提案したりできる制度があります。これは地域レベルでもそうです。例えば、あなたの隣に住む人が何かを建てようとした場合、あなたはそれに反対する権利があります。スイスでは、当局に対して私たちが影響力を行使できます。他の多くの国ではそうはいきません。 

報告書は今回初めて年齢層ごとの幸福度を公表しました高齢者の方が若年者よりも幸福度が高かったことに驚きましたか? 

いいえ、それは以前から分かっていたことです。生涯を通じてみられるU字型の曲線というものがあります。まず、とても若い時期は比較的幸せですが、それが急速に下がるのです。人はキャリアを積んで人生の節目を迎えるものですが、多くの場合、仕事と子育ての二重の負担を抱えます。だから好きなことをする時間がありません。 

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民主主義は幸せをもたらすか?

このコンテンツが公開されたのは、 「一般市民の政治参加の可能性が広がるほど、人は幸せになる」。少なくとも数種の調査ではこのような結果が出ている。それなら、すべての国が直接民主制を導入すべきなのか。比較政治学を専門とするイザベレ・シュターデルマン・シュテフェン教授に話を聞いた。 スイスインフォ: 直接民主主義は幸せをもたらすのですか? イザベレ・シュターデルマン・シュテフェン: 直接民主主義には確かに良い面がたくさんある。しかし、それが果たして個人の幸福度まで決めるのかということになると、これは疑わしいと思う。この結論は、学術的に見て本当に揺るぎないものだとは言い難い。 私たちは、あなたが指していると思われる研究を基に分析を行ってみた。その結果、民主主義に対する満足度という視点を分析に加えると、直接民主主義の好影響が「人生の幸福度」の中に消えていってしまうことが分かった。この結果の方がより意味をなすように思える。 直接民主制を採っていることを人々が良いことだと思っているのであれば、それは民主主義の理解のしかたに影響を与えるだろう。だが、政治が多くの人々の生活であまり重要な位置を占めていないのであれば、個人の生活と直接民主義の間に結びつきがあるとはほとんど考えられない。 スイスインフォ: しかし、自分がより深く政治に関わることができれば、満足度も大きくなるのではないですか? シュターデルマン・シュテフェン: 少なくともスイスでは、両者の間に多少の関係は存在する。だが、スイスの結果を一般化することはできない。 スイスで直接民主制を廃止すれば、これまであったものを無くしてしまうわけだから、人々はそれを不満に思うだろう。しかし逆に、ある国に直接民主制を導入したからといって、その国の人々が幸せになるとは限らない。 英国の欧州連合(EU)離脱を見ても分かるだろう。政府は成功すると思って国民投票を実施した。だが、全体の政治システムに浸透していない状態で一回きりの投票を行ってみても、結果は不明瞭に終わるだけだ。例えば、スコットランドだけが別の投票結果になったらどうするのか。そういったことを事前に考慮していなかった。これは私にはとても重要なことに思えるのだが。このようなことからも、直接民主主義に普遍的な「幸福効果」があるとは考えにくい。 スイスインフォ: 直接民主主義の短所は何ですか? シュターデルマン・シュテフェン: 一つは、ポピュリズムに対する開放性だ。国民投票前の運動で、議論が案件からはみ出すことは珍しくない。全く関係のないことや別の案件を引っぱってきたりする。これは明らかな短所だ。 スイスインフォ: 案件に関する自分の意見を出せなくなり、人を選ぶだけになったとしたら、正直なところ、一市民として私は不満に思うでしょう。どうすれば、この人は私の意見を本当に代弁してくれる政治家だという信頼を寄せられるようになるのでしょうか? シュターデルマン・シュテフェン: そもそも信頼を寄せなければならないのか。あなたは政治家を何らかの方法でチェックできる立場にいる。これが民主主義の要(かなめ)だ。 スイスの政治システムは実際、「全面的な懐疑」の上に作られている。つまり、「ベルンにいる彼ら(政府と議会)」が何かやっていて、私たち(有権者)はイニシアチブやレファレンダムを通じてそこから正しい結果が出るように監視しているのだ。だが、純粋な代表制民主主義にも監視の方法はあるし、もしかしたらそちらの方がもっと厳しいのかもしれない。 透明性と責任に関しては、代表民主主義の方がよりはっきりしている。ドイツのように代表制民主主義で政府を選出し、その政府があまり良くないと思う政治を行ったときには、あなたは次回から票を入れないという手立てを取ってその政府を直接罰することができる。(異なる政党から選出された7人の閣僚を持つ)スイスでは、場合によっては責任の所在を定めることがかなり難しい。そうすると、罰を与えたり、不信を表明したりということも難しくなる。 政治に参加することで、満足感を覚えることはありますか?皆さんのご意見をお寄せください。

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そして50歳を過ぎると、幸福度は再び上がり始めます。スイスでも先進国でも、65歳以上が最も幸せなのです。 

現在の若い世代も、人生の幸福度はU字型カーブを描くと予想できますか? 

実は今、その問題がまさに議論されています。これまでの世代は仕事一辺倒だったので、定年退職は彼らにとって新たな可能性を開くものでした。特に今は、比較的健康な状態で長く生きられるようになりましたから。これからの世代は、定年を迎える前にすでに多くの機会に恵まれているため、今後同じような道筋をたどるかはわかりません。彼らはパートタイムで働き、より頻繁に仕事を変え、より多く旅行するのです。 

まったく同じカーブではないにせよ、おそらく似たような傾向になるでしょう。現在のストレスレベルはまだ比較的高く、年を取るにつれてそれが減るという図式は、将来もおそらく変わらないからです。 

何が自分を幸せにするかという考えは、単に年齢層によって違う、ということなのでしょうか。 

これまでの世代を振り返ってみると、彼らは自分の人生において常に明確な目的を持っていました。自分の親よりも良い暮らしをしたい、子供には自分よりも良い暮らしをさせたいと。つまり、物質的な幸福を高めるという共通のゴールがあったわけです。 

しかし、現代の若者は非常に高いレベルの物質的豊かさの中で育っています。物質的な豊かさが幸せな人生を送るための重要な要素ではないと知っているのに、より多くの物質的な豊かさを求めることに意味はあるのでしょうか?問題は、何が彼らを幸せにするのか、ということです。これを突き止めることはかなり難しい。幸せは多くのことに左右されるからです。 

そうですね、社会的交流などもそうでしょう。世界幸福度報告書によると、世界のどの地域でも、高齢者は若い世代に比べ、より社会的に支えられていると感じ、孤独感も少ないといいます隣人を除くすべての社会的グループとの交流頻度が少ないにもかかわらず、です。 

孤独は上の世代にとって大きな問題です。彼らにとっての主な問題は、社会生活が消滅の危機に瀕していることです。例えば、スイスでは田舎のバーやレストランに行けば必ずシュタムティッシュ(常連客用のテーブル)があり、人はそこで毎日顔を合わせていました。それが急速に姿を消しています。こうした習慣は、社会生活を支えていたのです。 

今、私たちは人と会うことにもっと努力する必要があります。そして、ソーシャルメディア上で賞賛されたいと思っている若者たちは、(現実生活で)他の人に会うことに怖気づいていれば自分自身が不利益を被ると気づいています。 

幸福度ランキングの結果は素晴らしいものでしたが、政策決定者にとって何らかの価値はあるでしょうか? 

調査結果は最終的には国内総生産(GDP)よりも重要な人生の側面に重点を置いたものなので、私は価値があると思います。結局のところ、私たちは皆、楽しく幸せな人生を送りたいのです。政府は、人々を幸せにする施策を直接追求することはできません。しかし、幸せな生活を送りやすくするためのパラメーターを設定することはできます。例えば、都市をどのようにデザインするかは幸福度に影響します。住んでいる場所は緑地へのアクセスがあるか、人と会いやすいか、といったことですね。 

これらのランキングは、一方では多少疑って見ておくことが大事です。物質的な幸福度だけを見ていては、現実が歪んで見えてしまう。人生で重要なことは物差しでは測れません。このランキングは、私たちの幸福にとって何が重要なのか、その議論を活性化させる一助なのです。 

編集:Balz Rigendinger、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子 

※この記事は一部編集しています 

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