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スイスに集まるAI人材、中立政策の求心力と遠心力

欧州宇宙機関(ESA)は2025年5月、同機関にとってスイス初の恒常施設「欧州宇宙ディープテック・イノベーション・センター(ESDI)」を開設した。立地には、官民連携によるイノベーション拠点網の1つ「パーク・イノブアーレ」(北部アールガウ州フィリゲン)を選んだ
欧州宇宙機関(ESA)は2025年5月、同機関にとってスイス初の恒常施設「欧州宇宙ディープテック・イノベーション・センター(ESDI)」を開設した。立地には、官民連携によるイノベーション拠点網の1つ「パーク・イノブアーレ」(北部アールガウ州フィリゲン)を選んだ Keystone / Michael Buholzer

グーグルやアンソロピック、さらには新興テック企業まで、人工知能(AI)開発の担い手がスイスで活動を拡大し、人材の流入が進んでいる。中立政策は国際情勢の影響を受けにくい安定した環境を生み、投資誘致に寄与する一方、もうけの大きい防衛契約の受注を妨げる側面もある。

スイスは今、ひそかに世界の人工知能(AI)人材の集積地になろうとしている。

米中間でAI開発競争をめぐる摩擦の増大が報じられる一方、スイスは関連人材の獲得を続けている。人口当たりのAI研究者数は米国の2倍。英国のような競合相手と比べても、やはり2倍に上っている。

スイスでは過去2年足らずで、AI企業が相次ぎ研究活動を開始または拡大してきた。米国のオープンAIやアンソロピック、さらにはアマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したプロメテウスが代表例だ。こうした企業の進出に加え新興企業も増えたことで、人口1000万人に満たないスイスは、一部の指標で世界有数のAI拠点となっている。

スイスの非営利団体「ディープテック・ネーション・スイス・ファウンデーション」のアレクサンドレ・メルデム氏は「巨大テック企業の密度は世界最高と言って間違いない」と語る。同団体はスイスの銀行最大手UBSと通信大手スイスコムによって2024年に設立され、自国のAI競争力向上に取り組んでいる。

米スタンフォード大学が4月に公表した報告書外部リンクによると、スイスの住民10万人当たりのAI研究・開発者数は2025年時点で110人を超え、世界のトップだった。

成功の要因はいくつもあるが、中立国としての歴史が寄与している点はとりわけスイスらしい。米国、中国、欧州連合(EU)の間では戦略的なAI支配をめぐる地政学的競争が熱を帯びるが、スイスは非同盟政策のおかげで分断にとらわれることがない。

メルデム氏はスイスインフォに対し「スイスの政治的中立は単なる外交上の慣習ではない。最先端のテクノロジーに携わる企業に戦略的優位をもたらし得る」と語る。同氏によれば、こうした展望は国外からの投資誘致に役立ってきた。

しかし、中立は諸刃の剣になり得る。武力紛争で使える製品への輸出規制など、軍事的不偏性を保つための政策は、スイスに拠点を置く企業の外国市場参入を妨げかねないとの懸念を招く。一般消費者向けの無人航空機(ドローン)が改造され、ウクライナやイランでの戦争に使われている現状は、民生用技術と軍事技術の境界の曖昧さを何より鮮やかに示している。こうした曖昧さは輸出規制をめぐる企業の不安を増幅させこそすれ、和らげることはない。

テクノロジー大手が投資する理由

スイスの最大都市チューリヒは国内の金融中心地でもあり、主要なテクノロジー産業集積地にもなっている。

市内にはトップレベルの研究機関や最先端を行く企業、高度な教育を受けた労働者が集まり、投資を引き寄せる。例えば、科学技術に特化した連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)は大陸欧州で最高峰の大学だ。

また、グーグルは米国外で最大のエンジニアリング拠点をチューリヒに置いている。アップル外部リンクオープンAI外部リンク、アンソロピック、マイクロソフト外部リンクは過去2年、同市への研究投資を増強してきた。メタもチューリヒの拠点を拡充しており、AI事業と研究活動がこうした動きの目的として報じられている。さらに、プロメテウスは米サンフランシスコ、英ロンドンに続く事業所を市内に開設した。

チューリヒ市と周辺に拠点を置くテクノロジー世界大手とAI企業
チューリヒ市と周辺に拠点を置くテクノロジー世界大手とAI企業 Image concept by ETH AI Center Visualization by Greater Zurich Area Ltd., 2025

チューリヒはAIの隣接技術を扱う企業や研究機関にとっても魅力的だ。

例えば、米研究グループ「ロボティクス・アンド・AI(RAI)インスティテュート」は2025年、連邦工科大チューリヒ校と提携し、欧州の研究開発(R&D)拠点を市内に開設した。同グループは米国のロボット開発企業ボストン・ダイナミクスの創業者、マーク・レイバート氏が立ち上げた組織だ。ドイツ企業ニューラ・ロボティクスも同年、人型ロボット「4NE1(フォー・エニーワン)」の開発拠点をチューリヒに移転。イノベーション水準外部リンクの高い関連産業が市内に確立されているとの評価を示している。

規制への「柔軟かつ現実的」な姿勢

規制に対する放任寄りの姿勢もまた、スイスの魅力となってきた。

マイクロソフトの複合現実・AI研究所を統括する連邦工科大チューリヒ校のマーク・ポレフェイズ教授(コンピューター科学)は、スイスは新たなテクノロジーへの向き合い方が「柔軟かつ現実的」で、直ちに規制を定めるよりも様子見を選ぶと評する。

ポレフェイズ氏によると、スイスはEUと異なり、網羅的なAI規制を設けていない。他国の規制の施行状況を観察し、教訓を得てから新たな規則の必要性を判断することを好むからだ。

スイスは今、金融分野や保健・医療分野の現行規定で新技術の影響に対処できるかどうか、判断する時間を取っている。そして、この戦略は企業に対し、急速に変化する世界で実用に耐える新技術を編み出したり、研究したりする余地をもたらしている。

世界の経済大国による競争の悪影響を受けにくいことも、スイスの特徴だ。

米政府は6月、アンソロピックに対して外国人への最先端AIモデルの提供を禁止し、事前の通知なく市場から引き揚げさせた。中国政府もまた、AIモデルを公開する企業に事前承認の取得を義務付けている。EUでは、アップルやメタ、ミストラルAI(本社パリ)が規制の複雑さを批判してきた。

メルデム氏は「米国のAI研究を取り巻く最近の論争は、スイスでは絶対に起こらない」と指摘。そうした政治や規制をめぐる混乱は「研究開発の方向や法令遵守コストの面でAI企業に重大な影響を及ぼす」と語る。

その最新の事例が、中国で7月に発表された高性能AIに対する米国の反応だ。米ニュースサイトのアクシオスによると、米政府内では発表後、外国製のオープンソースAIモデルを禁止する取り組みが再び活発化した。

一方、スイスは技術的な中立や現実的な規制、安定的な環境を保ち、「AIやロボット工学、バイオテクノロジー、先端工学といったディープテクノロジーの開発に理想的な場所」(メルデム氏)になっている。

軍事的中立とデュアルユース

しかし、企業にとってスイスの中立は欠点にもなり得る。

1990年代半ばに制定された連邦軍需品法はデュアルユース(軍民両用)製品の輸出を規制しており、AIや機械学習もその定義に当てはまる。

連邦工科大チューリヒ校安全保障研究センター(CSS)のレオ・アイグナー上席研究員は、同大ウェブサイトの記事で次のように指摘する。「軍民の領域の区別は曖昧さを増している。AIやバイオテクノロジーなどの重要技術をはじめ、ほぼすべての研究が軍民両用性を持つことが学術的議論で確認されている」

軍需品法は紛争当事国への軍備の輸出を禁止している。また、スイス製部材が50%以上を占める製品では再輸出も規制し、他国に送らないと買い手に宣誓させるよう輸出企業に義務付けている。

欧州諸国の一部には、すでにスイスの防衛企業を避ける動きがある。ウクライナに送る弾薬の調達に問題が生じるためだ。連邦議会はこれを受け、欧米など友好25カ国に限り規制を緩和する軍需品法改正案を2025年末に可決した。11月のレファレンダム(国民表決)で覆らなければ発効する。

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ただし、連邦内閣は2025年4月に軍民両用技術への輸出規制外部リンクを厳格化する規則改正を済ませており、量子コンピューティングや先端半導体製造、AI、3Dプリンティングのような積層造形などへの制約は軍需品法の改正後も維持される。

ポレフェイズ氏によれば、防衛技術や軍民両用技術の研究開発に携わる企業はこの規則の影響を受ける可能性がある。米国やEU、北大西洋条約機構(NATO)との大型契約に法的障害が生じかねず、企業の国外移転を促すことさえ考えられる。

防衛市場を狙う企業がスイスを離脱

極超音速航空機の技術を持つ航空宇宙企業デスティナス外部リンクは2024年末、創業地のスイスからオランダに本社を移した。NATOやEUからの先進的ドローンの潜在受注が数百万ドル(数億円)に上るためだ。

創業者のミハイル・ココリッチ氏はスイスの経済誌ビランツに「持ち株会社の本社所在地がスイスでは、その利益を取り損ねる」と述べ、スイスの従業員への影響はないと言明。デスティナスはスイスインフォの取材に対し、顧客や提携先、調達先との密接さや、欧州の防衛計画への近さなど、幅広い事柄を考慮して移転を決めたと応じた。

連邦工科大チューリヒ校発のスピンオフ企業、オーテリオン外部リンクも国外に移転した。同社が開発した自律飛行ドローン向けの基本ソフト(OS)「PX4」は、数百のドローン製造企業に採用され、農業や測量、物流、そして軍事の分野で使われている。

移転先には、ドイツのミュンヘンと米バージニア州のアーリントンを選んだ。オーテリオンは当時、ワシントンに近づくことで「防衛におけるイノベーションと政策の中心」に位置を取るとの狙いを示した。スイスインフォの質問に対しては、スイスの輸出規制による潜在的な打撃に言及せず、「チューリヒでの民生向け事業は続ける」と回答している。

スイスインフォは連邦経済省経済管轄庁(SECO)に見解を尋ねたが、「個々の企業や、企業の立地に関する判断」にはコメントできないとの回答だった。

人材はスイスの成功の秘訣であり続ける

軍需契約への障害はあるが、AIや関連分野にはスイスに魅力を感じる向きが依然多い。その秘訣は、この国を拠点とする科学者・技術者の豊富さだ。前出のスタンフォード大の報告によると、LinkedIn登録者1万人当たりのAI人材の純流入数を国・地域別に比べた結果、スイスは世界5位だった。

米政府が移民の取り締まりを強め、外国出身の熟練労働者への就労ビザ(査証)発給を厳格化して以降、この傾向は一段と顕著になっている。スタンフォード大によれば、米国へのAI人材の流入は2025年だけで80%減少した。

ポレフェイズ氏は「スイスは自国の人材が豊富なだけではない。政治・文化的中立のおかげもあり、EUや米国、中東から第一線の専門家を呼び込む力がある。これは、欧州や世界の多くの国・地域がなかなか実現できずにいることだ」と指摘する。

メルデム、ポレフェイズ両氏によれば、スイスはテクノロジー分野で世界の企業と人材を引き寄せることに成功しているが、構造的な課題を2つ抱えている。エネルギーと成長資本だ。

スイスに研究開発拠点を置くテック企業が増え、マイクロソフトやグーグル、アマゾンのような企業がクラウドやデータセンターへの投資を拡大するにつれ、AIの訓練やクラウドコンピューティングへの需要によるエネルギー資源への負荷は増大している。データセンターがスイスの電力消費に占める割合はすでに6〜8%と推定されており、2030年までに15%に達する可能性もある。ポレフェイズ氏によると、スイスが欧州を主導するAI産業集積地になりたければ、データセンターや高性能コンピューティング(HPC)のエネルギー需要に対処しなければならない。

資金調達も長期的な課題になるかもしれない。スイスは研究とイノベーションに優れ、有望な新興企業を数多く生み出しながら、そうした企業を世界のテクノロジー大手へと成長させられずにいる。メルデム氏によれば、AIやロボット工学、量子コンピューティングなどのディープテック部門ではかなりの長期投資が求められる。

研究の卓越性を世界的競争力を持つテクノロジー企業として結実させるには、大規模なグロースファンドやベンチャーキャピタルが必要だが、スイスにはそれが欠けている。成長資本へのアクセスを強化し、技術の商用化を促す環境を整えられるかが、将来の競争力を決定的に左右するだろう。

編集:Tony Barrett/vm/dos、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子

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