中東紛争で存在かすむ国連

世界の平和の番人であるはずの国連は、中東紛争でほとんど役割を果たせていない。2国間外交を志向する米国や、国連への不信感を高めるイスラエルにつまはじきにされているためだ。だが多くの外交専門家は、国連抜きの根本解決は実現不可能だとの見解で一致する。

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今年1月、パレスチナ自治区のイスラム組織力ハマスとイスラエルの間で、2カ月にわたる薄氷の停戦が決まった。両者間の戦争を、3段階で終結させる算段だった。停戦交渉を仲介したのは米国、エジプト、カタールで、歴史的に同地域の和平仲介を牽引してきた国連は交渉に参加しなかった。
2023年10月のハマスによるイスラエル奇襲を発端とする戦争は、終結の兆しを見せていない。中東専門家の間では、国連は紛争解決にもっと貢献できるはずだと指摘する。国連には政治的解決や平和維持部隊の派遣、人道支援の供給、国際法に基づき法的拘束力のある判決の支持といった能力があるからだ。
だが国連はこうした能力を発揮するどころか、脇に追いやられるばかりだ。中東をめぐっては多国間枠組みではなく二国間で交渉が進む。背景には、イスラエルが国連に対して抱く不信感の高まりがある。
「歴史的には、中東紛争の解決に常に国連が関与してきた」。ジュネーブ安全保障政策センター(GCSP)の研究員で元フランス外交官のマルク・フィノー氏はこう話す。

国連総会は1947年、パレスチナをユダヤ人国家とアラブ人国家の2つに分割する決議を採択した。これにより、イスラエルは合法的に独立することが可能になった。フィノー氏は「(国連にとって)パレスチナ分割は中東紛争の解決への基盤となる構想だった」と説明する。
以来、国連は総会決議や専門機関の現地活動を通じて、紛争解決と和平仲介に向けたあらゆる努力に関与してきた。だがその効果は、米国、ロシア、中国という安全保障理事国の重鎮の支持・不支持に揺さぶられた。
高まる不信感
国連安保理が初めて主要決議を採択したのは、1967年にイスラエルがヨルダン川西岸、ガザ地区、東エルサレムを占領した「6日間戦争」の直後だった。紛争解決に向けた政治的・法的基盤を築く決議となった。
フィノー氏によると、「決議に盛り込まれた(紛争の政治的・法的解決の)最大の根拠は、『戦争による領土獲得は国連憲章に反し認められない』という点だった」。
このころの安保理常任理事国は拒否権を行使しなかったため、多国間アプローチは比較的簡単に機能した。冷戦下にありながら、常任理事国の間ではある種のコンセンサスが生まれていた、とフィノー氏は説明する。「これが国連を強化した」
国連加盟国はその後も数々の決議を採択し、イスラエルに占領や入植地建設の停止、国際法上の義務の履行を繰り返し求めてきた。国連の独立専門家が恣意的な逮捕、拷問、違法な殺害、集団処罰といったイスラエルによる人権侵害を批判する報告書も多く発表された。
国際法や国際人道法違反を非難されたイスラエルは、安全保障上の理由や自国を守る権利を盾に反論することが多かった。

フィノー氏によると、イスラエルはもはや国連を信頼していない。国連総会が「2国家解決」案を支持する発言を繰り返してきたからだ。イスラエルの不信感は今や国連の人道支援機関にも及び、ガザ紛争の勃発以来、国連機関の活動を制限している。
イスラエルは3月2日~5月19日、ガザへのあらゆる援助物資の搬入を完全に阻止し、国連やフランス、英国を含む各国から強い非難を浴びた。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は3月17日に開催されたアラブ連盟(21カ国・1機構)の首脳会議で、人道支援物資の供給は譲れないとの姿勢を改めて強調した。
人道支援物資の搬入拒否は、国際人道法に違反する戦争犯罪だ。イスラエルはハマスが支援物資を隠蔽していると主張するが、ハマスはこれを否定している。
ノルウェー難民評議会のヤン・エーゲランド事務局長はswissinfo.chに「現在のイスラエル政府は、国連主導の紛争解決の取り組みに興味を持っていない」と語った。
イスラエルは3月18日に停戦を破り、同国のベンヤミン・ネタニヤフ首相はハマスを完全に打倒するためにガザ地区全域を制圧すると宣言。ガザ地区への攻撃を激化させた。
イスラエルは、昨年10月末、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のパレスチナ占領地での活動を禁止した。UNRWAが中心となって提供・管理してきた人道支援を、民間部門に移行させている。
2国間交渉の勝利
ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のサイラス・シャイエ教授(国際史・政治学)は「2大強国であるイスラエルと米国は、国連と協力することを望んでいない」と指摘する。
米国のドナルド・トランプ政権は、多国間主義などほぼ眼中にない。「トランプ氏は、国際関係は政府間の2国間交渉によって主導されるべきだと信じている」(シャイエ氏)
エーゲランド氏は、国連の役割は人道支援調整機関と加盟国に対する規範的指針にとどまり、和平合意の促進は米国や湾岸・欧州諸国に委ねられるとみる。だが専門家らは、将来の和平解決には国連の支援と実行支援が不可欠になると口をそろえる。
フィノー氏は「中東紛争解決のための政治的枠組みを定義できるのは、安保理決議だけだ。今年1月の停戦合意が安保理と国連総会によって支持されたように、その基盤は整備・強化できる」
エーゲランド氏は、将来の和平協定は安保理常任・非常任の全理事国に支持されることによって正当性を持ち、遂行枠組みを形成するとの見解だ。

国連事務総長は道徳的権威も持ち、紛争当事者間が相互信頼できるように促す「信頼醸成措置」を取ることができる。
エーゲランド氏は「国連は、捕虜交換などの信頼醸成措置や人道協定を要請されれば大きな役割を果たせる」と述べ、これらは包括的な政治的解決への第一歩となる可能性があるとみる。だが今、そのような措置さえもハードルが上がったという。イスラエルは停戦を破った翌日、ガザにある国連施設を意図的に攻撃し、職員1人が死亡、5人が負傷した。国連はイスラエルを非難したうえで、約100人の職員のうち3分の1を同地区から撤退させることを決定した。
裁判所の貢献
法的には、国連が紛争の終結に関与する方法はいくつかある。国連と緊密に連携する国際刑事裁判所(ICC)は、2022年2月にウクライナを侵攻したロシアのウラジーミル・プーチン大統領と、2023年10月~2024年5月にかけガザで戦争犯罪をはたらいたネタニヤフ首相にそれぞれ逮捕状を発行した。フィノー氏はこの件により、法を超越することは何人にも許されず、ICCはその番人であることが示された、と指摘する。
国連の最高裁判所である国際司法裁判所(ICJ)は2024年7月、イスラエルによるパレスチナ自治区の占領は違法であるとの勧告的意見を下した。さらにイスラエルに対し、ヨルダン川西岸地区から50万人以上の入植者を退去させるよう求めた。
フィノー氏は「ICJは法律を一段と発展させている」と話し、24年7月のICJ意見は国連総会や安保理が確認した事実にお墨付きを与えた、と位置付ける。他の国際法学者らも、ICJ判決は中東紛争の解決に向けた今後の交渉において考慮されるべき重要なものと指摘する。
フィノー氏は「ICJの判決は、現状を『占領』に分類する法的根拠を示しており、唯一の解決策は軍の撤退だ」と話す。1967年に定められた「グリーンライン」と呼ばれる国境線を念頭に、「イスラエルとパレスチナそれぞれが承認した国境内で共存することが原則となる」と強調する。
だがネタニヤフ首相は、パレスチナ国家の樹立に反対するとの立場を崩していない。
編集:Imogen Foulkes, vm, livm/ac、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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