干ばつがスイスの森にもたらす「取り返しのつかない変化」
スイスの森林は、欧州で猛威を振るった今年の干ばつで大きなダメージを受けた。これは単なる一時的な問題ではないと専門家は警鐘を鳴らす。スイスの森で、一体何が起きているのか?
今年の夏、スイスの森林は7月という早い時期から、まるで秋になったかのように木々の色が変わり始めた。森を熟知する研究者にとっても、これは異様な光景だった。バーゼル大学のアンスガー・カーメン教授(植物生理生態学)は「いつかこうなるとは予想していたが、それが今年、しかもこれほどの規模で起こるとは思わなかった」とスイスインフォに語る。
木の葉が本来の時期より早く乾燥し、落ち始めるのは、水不足への一時的な防御反応だけではないと同氏は話す。これは木の組織が、深刻で取り返しのつかないダメージを受けたことの表れだという。
そして今年はスイスの森にとって転換点になったと続ける。「被害の規模は非常に大きい。すでに葉を失った木の多くは、すぐに、あるいは今後数年のうちに枯れるだろう」
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気温の上昇と乾燥の進行によって木の枯死が増えれば、雪崩や土砂崩れといった自然災害からアルプスを守る森林の役割が弱まる恐れがある。また、強力な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を吸収し、気候変動を緩和する森林の力も低下する。水不足によるストレスから、木々は害虫や病気に対しても弱くなる。
今すぐスイスの森が消えてしまうわけではない、とカーメン氏は強調する。しかし、「スイスや中欧の人々が幼い頃から慣れ親しみ、精神的なつながりを持ってきた森は、もはや存在しなくなるだろう」
干ばつの影響を受けたブナは新しい芽が出ない
今年の猛暑は、2018年の夏をほうふつとさせた。当時、スイスのブナ林の約5%は、通常より早く葉が黄色くなった。スイスでは、ブナが森林の約19%を占める。当初、森林生態学の専門家らの間では、単に暑さで葉の老化現象が早まったという説が主流だった。いつもなら秋に起こる自然な落葉が「夏バテ」で加速しただけだと。
ところが翌年の春になっても、多くのブナは新しい芽を吹かなかった。ブナは猛暑により、深刻かつ長期的なダメージを受けていたのだ。スイス連邦森林・雪氷・景観研究所(WSL)が最近発表した研究外部リンクでも、この事実が確認された。
カーメン氏によると、干ばつは特に木が新しい葉や枝を生み出す「分裂組織」に影響を与える。数々の樹木、とりわけブナは、深刻な水不足によるストレスを受けると、その後の回復が難しくなる。同氏がバーゼル・ラント準州の実験林で手掛ける研究外部リンクも含むスイス国内で行われた研究結果から分かった。
スイスの樹木が、種類によってこれほど干ばつに弱いとは思わなかった、と同氏は話す。樹木の生死を分けた理由は、ただ1つ。水を十分に確保できたかどうかだ。水がある地層まで深く根が伸びている木や、根を広く張っている木は、一般的に干ばつに耐えやすい。
「喉が渇いた空気」が植物から水を奪う
スイス国有林調査(LFI)外部リンクによると、2018年~22年にかけて、スイスでは枯れたりダメージを受けたりした木が増加した。一部の地域では約5割も増えた。特に2018年の樹木の枯死率は、当時あらゆる記録を塗り替え「100年に一度の暑い夏」と呼ばれた2003年の記録さえも上回った。
近年、極端な干ばつが相次いだことも、スイスの森林で木が枯れる現象を加速している。これは夏場に雨が少なかったことや、土が乾いてしまった他にも、大きな要因がある。
カーメン氏が指摘するその要因とは、空気の乾燥だ。専門的には「飽差(Vapor Pressure Deficit、VPD)」と呼ばれ、空気の乾き具合を示す。空気は気温が高ければ高いほど、より多くの水を水蒸気として取り込む。つまり温暖な空気はより多くの水を欲しがる「喉が渇いた」状態であるため、葉や土壌からより多くの水分を奪っていく。
こうなると、多くの植物は大きなジレンマに陥る。植物は、光合成や成長に必要なCO2を取り込むため、葉の表面にある気孔と呼ばれる小さな孔を開く必要がある。しかし乾燥した環境下では、水の損失を抑えるために気孔を閉じなければならない。カーメン氏の説明では、「植物がCO2を1分子吸収するたびに、約1000分子のH2O(水)が失われる」という。
また飽差は、気温が上昇するにつれて指数関数的に大きくなる。熱波の影響で気温が25度から35度に上昇した場合、気温の上昇は4割だが、飽差は約8割も上昇する。WSLの研究外部リンクによると、欧州の大気は過去400年間で、現在ほど乾燥した状態になったことがない。 カーメン氏は「気温上昇と空気の乾燥は互いに関連しているものの、気温の上昇よりも、乾燥した空気の方が、植生に与える影響が大きいと考えている」と話す。また、例え同じ量の雨が降っても、湿度が少ない現在の生態系は、数十年前よりずっと速く乾いてしまうとした。
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未来の森を構成するのは、どの木?
樹木には、ある程度の適応能力が備わっている。とりわけ若い木は、水が不足すると生理機能や形態を適応できるとカーメン氏は説明する。例えばより深く根を張ったり、木の上部である樹冠の広がりを小さくしたりできるという。もちろん、これには構造上の限界もある。「(どれだけ頑張っても)ブナはサボテンにはなれない」(カーメン氏)
こうした限界に達すると、森林を構成する木々の種類が変わり始める。スイスの場合、特にブナやヨーロッパトウヒで気温の上昇や頻発化する干ばつの影響が大きい。一方、セシルオーク(ナラ)やセイヨウトネリコ、ワイルドサービスツリーなどは、高温や乾燥により強いとされる。 しかしカーメン氏は、温暖化により効果的に耐えられる在来種のナラでさえ、限界にきていると指摘する。そのため「今後は、地中海周辺のような温暖で乾燥した気候に適応した樹種を導入することも検討する必要がある」。
問題は、どの樹種が今後の気候に適しているのかを見極めることだ。これまで経験値だけでは判断できない未知の決断を迫られており、決して単純な課題ではないとカーメン氏は話す。外来種の導入は「既存の生態系を守る」という本来の自然保護の方針とも相反する可能性がある。
カーメン氏は、森の多様な樹種をできる限り維持することが不可欠だと言う。樹木の種類が多ければ多いほど、少なくとも一部の種が変化に適応できる可能性が高くなる。たとえ近い将来、今年の干ばつのような異常気象が当たり前になる日が来るとしても。
編集:Gabe Bullard / VdV、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:大野瑠衣子
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