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製薬AIの「世界最強」競争 残る課題は

記念撮影の最中に、スーパーコンピュータの電源が入りつつある。
ノボ・ノルディスク財団とデンマーク輸出投資基金(EIFO)による官民連携プロジェクトであるデンマークのスーパーコンピュータ「ゲフィオン」は、2024年10月に象徴的な起動式が行われた。このコンピュータは、1,528基のNVIDIA製GPUを搭載している。 Keystone

AI創薬の発展に伴い、世界の製薬会社は「業界最強」のAI能力を競い合っている。医薬品開発にとって明るい兆しだが、搭載するチップ数の多さだけで優れた医薬品が開発されるわけではない。

スイスの製薬大手ロシュは16日、米半導体企業エヌビディアとの提携を拡大し、研究開発用グラフィックス処理ユニット(GPU)を大規模に導入すると発表外部リンクした。これにより、ロシュのGPUコンピューティング能力は製薬業界で最大規模になるという。

GPUは、本来は画像処理向けに開発された半導体チップだが、多数の計算を同時並行で処理できるため、膨大なデータを扱うAIモデルの学習や解析には欠かせない演算基盤とされる。

ロシュは2023年11月、米国子会社ジェネンテックを通じてエヌビディアと研究協力協定外部リンクを結んだ。次世代AIプラットフォームを活用し、新薬の発見と開発につなげる狙いがあった。今回の発表もその一環だ。

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AI創薬に大きく舵を切る製薬業界 

このコンテンツが公開されたのは、 人工知能(AI)が医薬品開発における存在感を急速に高めている。スイスの製薬大手のロシュやノバルティスも巨額を投じ、AIによる新薬開発の高速・低コスト化に大きな期待を寄せる。しかし、患者に届くまでの道のりは長い。

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世界の製薬大手は、業務フローや医薬品開発へのAI導入競争を繰り広げている。デンマークのノボノルディスクや米イーライ・リリーもここ1年半で同様の発表を行っている。これらの大型契約は、数年後にどの製薬会社が最も強力なAI能力を持つかを予測するための材料となる。

バイオ医薬品・ヘルスケアへのAI導入に詳しい独立系コンサルタント、クリスチャン・ハイン氏は「GPUをはじめとする半導体チップは今、最も注目されている商品だ。誰もがエヌビディア製チップを手に入れたがっている」と指摘する。

「ブラックウェル」2176基を追加取得

今回の合意により、ロシュが保有するクラウド・物理的GPUは計3500基あまりになる。公表された単一製薬会社の保有量としては過去最大だ。

ロシュのGPUはヨーロッパとアメリカ各地に設置され、エヌビディアの「AIファクトリー」外部リンクで利用される。AIファクトリーは「AIワークロードに特化したデータセンター」で、医薬品開発企業の研究開発、製造、診断、デジタル病理学、デジタルヘルス部門をサポートする。

ロシュは今回、エヌビディアの最新シリーズ「ブラックウェル(Blackwell)」2176基を取得する。ブラックウェルは2022に発売された前世代「ホッパー(Hopper)」と比べてトランジスタ数が2.5倍多く、効率も最大30倍向上している。ロシュは、ブラックウェルを今年下半期に稼働させ、来年初めにはAIファクトリーを本格稼働させる算段だ。

両社とも、声明では契約金額を明らかにしていない。参考になるのは、エヌビディアがブラックウェルを発表した2024年3月、ジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)はチップ1基当たりの販売価格を3万~4万ドル(約480万~640万円)と見積もった。ロシュも同社のAI予算を公表せず、広報は「AIファクトリーをロシュの将来に向けた重要な長期戦略投資と位置付けている」と述べるにとどめた。  

次々塗り替えられる「業界最強」

チップの基盤に使われるシリコンは、その導電性に不可欠な4種類の鉱物を中国とロシアに依存している。地政学的リスクとAI覇権争いにより、GPUは希少資源に昇格しつつある。マッキンゼーの推計外部リンクによると、半導体市場は2024年の7750億ドルから2030年には1兆6000億ドルに成長する見込みだ。

米臨床バイオテクノロジー企業のRecursion(リカージョン)は2024年5月、ホッパー504基を搭載した「製薬業界史上最大のスーパーコンピューター」を完成させたと発表した。だが半年もたたないうちに、ノボノルディクス財団とデンマーク輸出投資基金がホッパー1528基搭載したスーパーコンピューターを発表し、「業界最大」の座を奪われた。

さらに2025年10月にはイーライ・リリーがブラックウェル・ウルトラを1016基搭載した「世界最大かつ最も強力なAIファクトリー」を発表した。

前出のハイン氏は、「『AI戦略は立てた、完璧だ』と取締役会に言うプレッシャーを受けていないCEOは1人もいない」と話す。ただロシュを含め、チップ導入が何にどう使われるのか、製薬企業は明らかにしていない。ハイン氏は「大がかりな提携関係は魅力的に聞こえるし、企業が実現できないとは言わない。だが、現実世界でそれを機能させるのははるかに大きな課題だ」と指摘する。

ロシュ広報は、「新しいGPUは、医薬品と診断薬の両方のバリューチェーン全体にわたるソリューションを支えることになる」と説明した。同社のAIファクトリーが既に組織全体のデジタル変革を推進していると言い、「デジタルツイン」と呼ばれる生産ラインの仮想レプリカのおかげで大規模な仮説検証が可能になり、新薬の製造も2倍に速まったとする。

業界変革には「3~5年」

製薬業界におけるAIについては、まだその潜在能力を十分に発揮していない、との指摘が出ている。全プロセスへのAI導入や人材確保など、課題が残っているという。「医薬品開発プロセスは非常に複雑で、断片化されている」(ハイン氏)

生物学的データは、テキストデータに比べ「乱雑で、構造化されておらず、断片的」なため、デジタル化や活用が難しい。さらに、患者の安全性を確保するために、臨床試験など専門的な研究所での実験が必要となる。

スイスの銀行UBSは3月に発表したリポートで、製薬業界におけるAIが最も活躍している分野は業務運営と規制対応や財務処理だと指摘した。「AIは創薬初期段階における標的の特定に役立つが、予測された臨床結果を確実に達成する薬剤を設計する能力には、最終的には依然として限界がある」

UBSによると、ロシュは特発性肺線維症(呼吸に影響を与える不治の肺疾患)の治療薬の開発を中止した。「AIによって特定された標的」が第2相臨床試験でプラセボよりも効果が劣っていたためだという。

ハイン氏は「製薬会社のワークフローすべてにAI活用が進むとみられるが、真のメリットを享受するにはプロセスや役職、働き方の見直しが不可欠だ」と指摘する。過去20年間大きな変化がなかった同業界に抜本変化をもたらすには、3~5年かかるとみる。

製薬企業は世界的・業界横断的なAI人材の争奪戦に参戦している。テック企業の一部は最大1億ドルのボーナスを提供する。米ファイザーのアルフレッド・ブーラCEOの2025年の報酬は2760万ドルに達したと報じられる。

人材争奪戦における製薬業界の唯一の強みは、仕事に求められる使命感だ、ハイン氏は指摘した。「結局のところ、製薬業界は人命を救い、重篤な病気を治すことを目的としている」

編集:Virginie Mangin/gw、英語からのGoogle翻訳:ムートゥ朋子

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