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国連人権理事会 ロシアの理事国資格停止とは?

ウクライナの住宅地、病院、教会といった民間の建物が、ロシアの攻撃に見舞われた。ロシア軍が東部に撤退した後、民間の衣服を着た遺体が路上で発見された
ウクライナの住宅地、病院、教会といった民間の建物が、ロシアの攻撃に見舞われた。ロシア軍が東部に撤退した後、民間の衣服を着た遺体が路上で発見された AFP

国連総会は7日、ウクライナでの「重大かつ組織的な人権侵害」を理由に、人権理事会での理事国としてのロシアの資格停止を決議した。その直後、ロシアは自ら理事会離脱を表明した。ロシアの離脱は、ジュネーブに本部を置く人権理の今後の活動にどのように影響するのだろうか。 

国連の最高機関である安全保障理事会で「5大国」の常任理事国としては初めて、ロシアが人権理の理事国の資格を失った。過去に理事国の資格を停止された事例は、リビアだけ。2011年、独裁者ムアンマル・カダフィ政権によるリビアでの重大な人権侵害に対応して決議されたことがある。 

米国主導のロシアの資格停止の提案は、スイスを含む93国連加盟国の賛成を集め、24カ国が反対、58カ国が棄権、その他は無投票だった。米国のリンダ・トマスグリーンフィールド国連大使は4日、「ロシアの人権理事会への参加は茶番劇。理事会と国連の信頼性を損なうものだ」と述べていた外部リンク。 

決議案を支持していたウクライナのセルギー・キスリツヤ国連大使は、総会で「人権理事会と世界の多くの命を救う」よう加盟国に求めた。そして、「画面上の赤い点、失われた罪のない命の血のように赤い」と描写した「反対」のボタンを押さないように呼びかけた。 

この採決は、ロシア軍の撤退後、ウクライナの首都キーウ近郊のブチャなどで数百の民間人の遺体が見つかったとの報道を受けたもの。また、ロシアがマリウポリの南港を包囲し、民間のインフラを標的にし、市民の生命を脅かす状況をもたらしたという証拠も増えている。 

採決は、棄権と無投票を除く193の国連加盟国の3分の2以上の賛成で可決。この決議の結果、ロシアは人権理事会から離脱すると発表した。 

アンビバレントな結果 

ロシアが2月24日にウクライナを侵攻して以来、国連総会でロシアの行動を非難する採決が行われるのは今回が3回目だ。1回目は141カ国、2回目は140カ国の賛成で可決された。しかし、人権理事会でのロシアの資格停止に賛成したのは93カ国で、その他は反対、棄権、または投票しなかった。これは採決の正当性に疑問を投げかけるものなのだろうか? 

ジュネーブに拠点を置くNGO「国際人権サービス(ISHR)」のディレクターであるフィル・リンチ氏は、賛成国が少なくても正当性を失うものではないとみる。過去2回の採決は今回の採決とは異なり宣言的なもので、具体的な結果をもたらさなかったと言う。 

「(賛成)数の減少は、非常に重要な票決であり、ロシアが深刻な脅し、威嚇(いかく)、脅迫のキャンペーンを行ったことを反映していると思う」とリンチ氏はswissinfo.chに話した。 

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ロシアの脅し 

ロシアは採決で賛成・棄権や投票しなかった国を「非友好」と見なすと警告した書簡を各国の代表部に送った。複数の外交筋がswissinfo.chに明かした。 

ニューヨークとジュネーブの代表部に送られた文書を見たと言うリンチ氏によると、(ロシアの資格)停止に反対しなかった場合、その国の多国間および二国間に深刻な結果をもたらすと警告していたという。「それは軍事および経済力、影響力の大きい安全保障理事会の常任理事国による脅しとしては軽微なものではない」とリンチ氏は述べる。 

フランス・パリ第2大学の公法教授で、国連の人権問題の専門家であるオリヴィエ・ドゥ・フルヴィル氏は、今回の採決を「アンビバレント(両義的)」なものと捉える。手続き上の要件は満たされているものの、「多数決は圧倒的なものではない。24カ国の反対理由はほぼ明らかで、それほど問題ではない。多くは自国も大規模な人権侵害で告発されている。むしろ共同提案国が懸念すべきは、棄権した58カ国の存在だ」とドゥ・フルヴィル氏は分析する。

7日に行われた国連人権理事会からロシアの理事国資格を停止する採決の結果
7日に行われた国連人権理事会からロシアの理事国資格を停止する採決の結果 © United Nations

中国はこれまで、ロシアによるウクライナの侵攻に関する国連での採決に棄権していたが、今回は「反対」に転じた。また、アフリカや中央アジアの国々の反対も目立った。インドはロシアと西側諸国の両方と関係があるが、ブチャでの残虐行為以来ロシア離れが進んだとみられ、再び棄権した。 

残虐な理事国 

ロシアの理事国資格停止は、別の疑問を投げかける。47カ国で構成される人権理事会には、中国やエリトリアを筆頭に、ベネズエラ、キューバ、イエメン戦争で残虐行為で告発されたアラブ首長国連邦といった深刻な人権侵害の加害者であるメンバー外部リンクがいる。なぜこうした国の資格は停止されないのか、ロシアとは何が違うのか? 

リンチ氏は、「主権国家に対する侵略戦争の文脈で、国連憲章の存在そのものに反す残虐な犯罪が行われたという圧倒的な証拠があること」など、諸要因の組み合わせだと主張する。「それがこのロシアのケースを異質なものにし、組織的な侵害に責任を負う他の国家とは異なりロシアに対して措置が取られた理由を説明している」 

ドゥ・フルヴィル氏は、ある理事国の資格を停止し、別の理事国を停止しないことは、多くの国による政治的決定であると言う。「国連総会に国の資格停止を勧告する独立した専門家のメカニズムのようなものがない」と指摘する。「ウクライナの状況には特異性があり、それは他の状況では見られない侵攻の背景に関連している」 

だが、2000年以降世界最悪の人権侵害国の1つで、「アフリカの北朝鮮」と呼ばれるエリトリアも、他国に介入したと言えるだろう。例えば、エチオピアのティグライ紛争では、エリトリア軍が最悪の虐殺やレイプを行ったと非難されている。 

リンチ氏は、人権理事会の理事国の資格を停止するには、総会に出席している加盟国の3分の2以上の賛成を確保する必要があることを指摘する。「エリトリアの場合、エリトリアに関する調査委員会やその他のメカニズムの設置に対し、アフリカ諸国の間では支持が非常に弱く、多くの場合強い反対があった」と言う。「エリトリアが属するグループから過半数の支持を得ずに、エリトリアの資格を停止するために必要な票数を獲得することは、非常に困難だ」 

では、ウイグル人に対する大量虐殺の可能性や香港での弾圧で非難されている中国はどうだろうか? 

「中国については、特に新疆ウイグル自治区における人道に対する罪に相当するような、広範囲にわたる重大かつ組織的な侵害の証拠は圧倒的に多いと思う」とリンチ氏は話す。「しかし、中国の財政力、政治力、軍事力と影響力の大きさ、そして多くの国の中国への依存度を考えると、現時点で中国の資格停止に賛成多数を得るのは非常に難しい」 

ロシア離脱による理事会への影響 

国連総会では、人権理事会でのロシアの資格停止を可決した後、ロシアは離脱を表明した。「それは、解雇された後に辞表を出すようなものだ」とある西側の大使は発言した。 

では、ロシア自らの離脱は理事会にどのような影響を与えるのだろうか。離脱による空席は、ロシアが属する東欧グループからの代替メンバーを選出する投票によって決められる。国連のスポークスマンによると、この投票がいつ行われるかはまだ明確ではない。 

ドゥ・フルヴィル氏は、ロシアの離脱で理事会の雰囲気が改善すると考える。「ロシアは過去2年間、明らかに緊張を高める要因となっていた。採決を勝ち取るためではなく、イデオロギー的な主張のためにある種攻撃的な姿勢でいくつかのイニシアチブに疑問を投げかけていた。最近も、子供の参加する権利に関する文言に反対したり、クリーンな環境を求める権利に関する決議案に10の敵対的な修正案を提示したりするなどのさまざまな事例がある。また、生殖の権利や女性に対する暴力などの問題について、いわゆる『伝統的価値観』を擁護するための修正を加えた」 

リンチ氏は、離脱はロシアが「人権理事会を効果的にボイコットし、メンバーとしての席を辞し、人権理事会への関与から手を引く」ことを意味すると受け止めているという。しかし、少なくとも理論的には、ロシアは依然としてオブザーバー国として参加することができる。「それはロシア次第だ」とリンチ氏は言う。 

いずれにしても、ロシアは今後も「直接ではないにしても、ベラルーシのような代理国家を通じて」ロビー活動を行い、他国を脅し続けるだろうとリンチ氏は見る。「ロシアがこのような威嚇や脅迫のキャンペーンを行ったという事実は、人権理事会が重要であり、ロシアや中国のような国が人権基準を弱体化させ、説明責任を回避するために理事国資格を利用しようとしていることを示している」 

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