スイスの視点を10言語で

ロシア、中国、日本…各国出身のswissinfo.ch記者が見るスイス総選挙

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10月22日のスイス総選挙が目前に迫るが、世界ではあまり注目されていない。スイスに住む各国出身のswissinfo.ch記者が、それぞれの視点から選挙の注目点を解説する。

スイスの首都ベルンに本社を置くSWI swissinfo.chは10言語でニュースを配信し、社員の出身国は15カ国に広がる。国際的バックグラウンドを持つジャーナリストたちは日々スイスのニュースに触れ、中には何十年もスイスに暮らしながら祖国の出来事も追いかけている者もいる。本記事では日本、米国、チュニジア、ロシア、中国、メキシコ出身の記者たちが、祖国と比較してスイス総選挙で特に注目すべき点について語る。

スイスでは4年に1度、連邦議会選挙が実施される。選挙を経て議会の勢力図が大きく変わることは滅多になく、国際メディアではあまり注目されない。だがスイスの選挙は本当に注目に値しないのか?

「テレノベラではなく権力の粉砕」

パトリシア・イスラス、スペイン語編集部

「直接民主主義は、私たち議員から権力を奪う。最終決定権を持っているのは国民だということを、私たちは分かっている。それはスイスにおける権力の粉砕手段だ」――しばらく前、メキシコ人記者2人と私がスイスの政治制度について尋ねたとき、あるスイスの国会議員はこう答えた。実際スイスでは、総選挙で多くの票を集めたからといって、新政府に盲目的な信任が与えられるわけではない。議会の決定に対して行使される拒否権の存在は不動だ。憲法改正を求めるイニシアチブ(国民発議)や、新法に異議を唱えるレファレンダム(国民表決)を起こし国民投票にかけることによって、スイス国民は議会の決定に意思表明できる。

パトリシア・イスラス記者
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私はメキシコ出身だ。25年以上前、スイス特派員の道を探してあるメキシコのメディアに連絡を取った。だが、彼らの返答は「スイスの政治はつまらない」だった。

だがそれは視点の問題だろう。スイスの選挙を2~3人の政治家が繰り広げる権力闘争のように単純化できないのは事実だ。だがそれこそが、スイスの制度が分析に値する理由の1つでもある。メキシコとは異なり、スイスでは「大統領」という役職はほとんど重要性を持たない。

スイスでは総選挙後、議会が連邦閣僚を選出する。上位4政党から選ばれた7人の閣僚から成る合議体だ。それはスイスがコンセンサス(総意)を重視し、政治権力が複数人に分散していることを象徴する。

おそらくこれが、スイス人でさえ全員が閣僚の名前を言えるわけではなく、大統領が誰であるかを知らないことが多い理由でもある。スイスでは連邦大統領は閣僚が1年ごとに輪番で務め、閣僚を代表する地位でしかない。

メキシコでは政治はテレノベラと呼ばれるテレビ小説の一種だ。スイスの制度がメキシコのような国と全く異なるのは、この政治権力の分散なのだ。

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「スイスでは文字通り毎日何かが変わる」

イゴール・ペトロフ、ロシア語編集部

スイスは小さく、謙虚な国だ。国民は、連邦における民主主義は非常に複雑で、どうやっても外国人には説明できないと思い込んでいる。

これにより1つのパラドックスが生じる。スイスはヨーロッパの中心に位置し、経済のグローバル化という点での先進国であり、世界の金融・銀行の中心地の役割を果たし、多くの国際機関が集まり、強力な軍事産業複合体を抱える。にも拘らず、スイスの総選挙はたいてい誰も知らないうちに終わり、スイスの主要政治家の名前は国外では何の意味もない。

イゴール・ペトロフ記者
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この状況を打破するため、なぜそうなるのかを説明しよう。スイスの伝統的な代議制民主制は、直接民主制と並行して存在する。スイス議会選挙が大きな変化をもたらさないのは、スイスでは4年ごとに何かが変わるのではなく、文字通り毎日何かが変わっているからだ。それは国民投票・住民投票であり、連邦、州、基礎自治体と、あらゆる政治レベルで定期的に行われている。

おそらく最も重要な結論は、「直接民主制の国スイスでは、議会選挙における政党の結果は有権者にとって決定的なものではない」ということだ。

むしろ重要なのは次の選挙までの間、基礎自治体、州、そして連邦という連邦制度の各レベルで、各政党が日々どう立ち回るか、と言う点だ。

イニシアチブとレファレンダムの存在により、スイスの議員は選挙で当選したからといって、今後4年間は何をしてもいいという許可が与えられるわけではない。選挙の翌日から、各政党は法案や議員発議を有権者に訴え、特定の問題に対する解決策を国民に提示する義務がある。

議員発議が後にレファレンダムにかけられることもあり、昨日の勝者が個別問題では痛烈な敗北を喫することもある。

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「シルバー民主主義国家に陥るリスク」

ムートゥ朋子、日本語編集部

日本ではシルバー民主主義という言葉が登場して久しい。超高齢化が進み、若者の投票率が低いなかで、「高齢者の、高齢者による、高齢者のための政策」が選挙で前面に押し出され、そうした政治家・政党が勝ちやすくなり、政策が実現していく。社会保障費が国家財政を圧迫するなか、高齢者の身を切る改革は先送りされ、若者の税・保険料だけが上がっていく。若者は将来が見通せず、少子化がさらに進む、という悪循環だ。

ムートゥ朋子記者
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スイスではこの点について危惧する声はほとんど聞かれない。選挙戦では左派・社会民主党(SP/PS)が保育所の整備を掲げるが、第1党の国民党(SVP/UDC)はこれに真っ向から反対している。世論調査外部リンクでは関心のある政治トピックとして「医療保険料」「移民」「年金改革」が上位に挙がるが、それと表裏関係を成す「家族政策」は調査の選択肢にもなっていない。

この関心の薄さは何なのか。高い給与と生活水準、安定した政治経済を求めて絶え間なく移民が入って来るスイスにとって、少子化は大した問題ではないのか。個別の政策を国民投票で決められるスイスでは、若者寄りの政治家を議会に送り込むことはさほど重要ではないのか。

その証明は別の研究に委ねたいが、私の仮説が正しかったとしても、スイスが隠れたシルバー民主主義を抱える可能性はゼロではないと思う。スイスの高齢者比率は19.2%と、日本の29.1%や周辺国に比べると確かに低い。だがスイスに住む18歳以上の26%は外国人で、投票権はない。有権者(とその候補)であるスイス国籍者に限ると、高齢化率は23%に上がる。日本の2010年頃の姿だ。

政治制度も歴史も地政学も全く違うスイスと日本だが、日々スイスでの子育て負担の重さが身に染みている一母親としては、スイス民主主義の将来に一抹の不安を禁じ得ない。逆にスイスの直接民主制がシルバー化を防ぐことができるなら、それは高齢化社会に悩む多くの先進国にとってもう1つの模範となるだろう。

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「真の民主化プロセスに参加したい」

アマル・メッキ、アラビア語編集部

22 歳のときに初めて議会選挙に投票できた日のことを今でも懐かしく思い出す。祖国チュニジアで選挙が実施されたのはこれが初めてではなかったが、自由、民主性、透明性を備えた選挙は初めてだった。

私は喜び勇んで(二重投票を防ぐための)青いインクを浸した指の写真をソーシャルメディアでシェアした。それは単なる政治的な演習ではなく、祝典だった。

投票用紙を提出した際、この歴史的瞬間の重みを感じた。前の世代の希望と、私たちの世代の希望を支える民主主義プロセスに貢献していると実感した。スイスにいる現在、民主化のプロセスに参加したいと心から願う。

アマル・メッキ記者
swissinfo.ch

スイスに住む成人の4人に1人は筆者と同じく、議会選挙で投票権を持っていない。

2023年10月の総選挙が間近に迫るが、スイスに住む約230万人の外国籍者の元には投票用紙は届かない。連邦レベルで選挙や国民投票に参加できるのはスイス国籍者だけだ。

そもそもなぜ外国人がスイスの選挙に関心を持つ必要があるのか、と問う人もいるかもしれない。私がスイスでジャーナリストとして働いているからという自明の回答は別として、スイスの選挙は国境を越えて影響が及ぶからだ、と答えたい。

今回そして今後の選挙はすべて、どこに住んでも、男性にも女性にも、そして移民の家族にも大きな重みがある。議会によるスイスの政治決定は、特に移民問題、国際協力などの分野において何千人もの人々の命運を左右する可能性さえある。

そこに、スイスの国際的存在意義の核がある。それは単なる内政にとどまらず、外国に住む人々の暮らしにも影響を与える。

私は現在投票権を持たないが、それでも今回の選挙の成り行きを注意深く観察している。民主主義の舞台袖から、排除された人々と同じように、いつかこの民主的な祭典に加わりたいという希望を育んでいる。

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「中国共産党は、スイスの『全能の神』よりも偉い」

中国語編集部

スイスの政党は、中国のそれとは根本的に異なる役割を担っている。

中華人民共和国共産党は、中国憲法の前文の時点でスイス連邦憲法前文の言う「全能の神」よりも重要な位置を占めている。

スイス憲法第1条は、「スイス連邦」を形成する26州を列挙する。一方、中国憲法第1条は社会主義制度が中華人民共和国の基本制度であり、共産党による指導こそ中国を特徴づける社会主義の決定要素だと明記する。

中国共産党総書記が中国の絶対的な権力中枢であるのに対し、スイスの政党の党首や事務局長の権限は選挙での説得力によって決まる。スイスでは政党の法的立場はかなり弱い。

1999 年になって初めて、憲法に「政党は国民の意見と意志の形成に貢献する」とする独立条項(第137条)が制定された。いずれにせよ、スイスでは多くの政党が活発に活動しているため、国家と政党の関係は常に単数形ではなく複数形で語られる。連邦議会には11の政党がおり、うち4政党は連邦内閣(連邦政府)の席に座る。

スイスでは政党の勢力図は常に変化する。新興・消滅政党も合併・改名政党も、もちろん古くから変わらない政党もある。すべての政党は政治的概念の市場で継続的に自己主張し、投票という形で議席を獲得するために戦わなければならない。国民の懸念や不安に対する解決策を提案し、有権者を説得しなければならない。決定するのは有権者であり、政党のパフォーマンスに不満があれば、有権者も非情になる可能性がある。

「二極化の進行が懸念される」

ジェシカ・デイヴィス・プリュス、英語編集部

米国とスイスには多くの共通点がある。両国とも民主主義と深く根付いた参政権を誇りに思っている。もう1点、どんどん似通ってきているのは、二極化の進行だ。

ジェシカ・デイヴィス・プリュス記者
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「二極化するには小さすぎる、あるいは活気がなさすぎる討論の場というものはない」。米誌ニューヨーカー外部リンクは2年前にこう書いた。過去10年、「我々対彼ら」思考が米国に暗雲をもたらし、議会議事堂から家庭の食卓外部リンクに至るまで、生活の隅々に浸食した。3党以上の政党とコンセンサスに基づいたスイスの政治制度を踏まえると、米国のような極端な状況は無縁のものと思われてきた。スイスには6つの主要政党と十数党の小規模政党が議会の議席を争っている。

だがスイス国民が二極化に向かっている兆しがある。最近の調査48779080で、スイス国民は世論がこれまで以上に小分裂し、互いに和解できなくなるのではないかと懸念していることが明らかになった。スイス人の友人は私にこう話した。「最近は何もかもが白か黒かになっている」

パンデミックがスイスにとって転換点だったと言う人もいる。新型コロナウイルスは異なるグループの間に新しく、そしてはっきりした境界線を描いた。

それは個々の法律や問題に対する立場だけではない。民主主義社会では、異なる視点が存在するのが普通だ。だが米国とスイスにおける二極化は感情的なものであり、異なる見解を持つ人々に対する不寛容さが根っこにある。

中絶問題はスイスよりも米国の方が重いなど、意見を二分する問題のいくつかは2国で状況は異なる。だが私はどちらの国でも、何かに賛成か反対かという理由をもって他人の性格を決めつけるようになっていると感じている。

スイスはまだ米国ほど極端な状況には至っていない。とはいえ多くの政党が存在し、公的機関への信頼が高いスイスで二極化が進むことは憂うべき事態だ。

二極化は国家や民主主義にとって良いことではない。人々が互いに会話しなくなるからだ。エコーチェンバー(「反響室」の意。狭いコミュニティで自分と同じような意見を聞き続けることの比喩)に閉じこもり、議論は抑圧され、新しいアイデアが前面に出てこなくなる。

二極化によって、人々が政治的に幻滅させられる可能性もある。政治家が解決策の追求よりも分断を深めることに関心があると有権者が認識すれば、有権者は別の場所に答えを求め、自分たちの「陣営」に引きこもるだろう。そしてその悪循環は続く。

総選挙でスイスが二極化政治にどう対応するのか。それは米国と世界中の民主主義諸国にメッセージを送ることになるだろう。

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編集:Benjamin von Wyil、独語からの翻訳:ムートゥ朋子

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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