スイスとインドの貿易協定発効から1年 医薬品の知的財産権をめぐる協議は継続
昨年10月、欧州自由貿易連合(EFTA)の加盟国であるスイスは、インドとの歴史的な自由貿易協定を発効させた。だが、1年が経過した今もなお、スイスの製薬業界は知的財産権保護の強化を求めている。
インド・EFTA貿易経済連携協定(TEPA)によって、インドでは今後5年以内にスイス製腕時計の関税がゼロになる見通しだ。9月中旬にジュネーブ商工会議所が開催したインド・スイス起業家会議では、この協定の話題で大いに盛り上がった。2025年にスイスがインドへ輸出した腕時計の総額は2億9500万フラン(約564億円)に上り、2023年から35%増加した。昨年の腕時計の関税率外部リンクは22%だった。
スイス・インド商工会議所が共催したこの会議は、インドとEFTAの間で締結されたTEPAの発効1周年に先立って行われた。EFTA加盟国のスイス、リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウェーのうち、スイスはインドにとって最も重要な貿易相手国だ。
ジュネーブ商工会議所のヴァンサン・スビリア事務局長は、「これは世界で最も意義がある貿易協定だ」と話す。
TEPAは、16年にわたる21回の交渉を経て、2025年10月1日に発効した。協定文の取りまとめで障害になったのは、知的財産権をめぐるスイスとインドの対立だった。スイスの製薬業界は、知的財産権で厳格に保護された革新的な医薬品で知られている。これに対してインドの製薬業界は、特許が失効した後に販売されるジェネリック医薬品が屋台骨だ。
TEPAでEFTA諸国が得た最大の成果の1つは、欧州連合(EU)、あるいは全てのEU加盟国に先んじてインドと協定を結び、14億6000万人に上る市場への優先的なアクセスを得たことだ。この協定は、機械、腕時計、ワクチン製品といった主要品目を対象にしている。とはいえ、医薬品をめぐる問題は解決されていない。
10月上旬、スイスのギー・パルムラン大統領が、インドのドロウパディー・ムルム大統領やナレンドラ・モディ首相と会談するために、インドの首都ニューデリーを訪問した。パルムラン氏はTEPAについて、「全てが完璧というわけではない」とコメントした。今回の訪問では、移住や若い人材の交流をめぐる交渉も行われている。スイス企業の利益を守るための二国間協定と、知的財産に関する継続協議も議題に含まれ、スイスの製薬大手ロシュとノバルティスも同行した。
TEPAの内容と影響
TEPAによって、スイスの輸出品のうち94.7%が関税引き下げの恩恵を受ける。直ちに無関税になる品目もあれば、5年・7年・10年かけて段階的に撤廃される品目もある。スイスからインドに輸出される金やその他の貴金属、乳製品、ジェネリック医薬品の最終製品、自動車は、この協定の対象外で、引き続き関税が課される。
半導体製造装置や、医薬品製造に使用される高純度中間物質、ワクチン、航空機部品の輸出は全て、TEPAの発効をもって関税が撤廃された。
スイス製腕時計、チョコレート、自動車部品、歯科医療機器などの関税は、2025年10月1日と2026年初頭の2度にわたって既に引き下げられている。今後も品目ごとに段階的に下がり、最終的にはゼロになる。
TEPAの恩恵
関税が直ちに引き下げられたスイス製品は、EUの競合品に比べて有利なスタートを切った。EUがまだインドとの貿易協定を結んでいないためだ。だが今年、交渉がまとまっており、2027年に発効する可能性がある。そうなればEUとスイスの差は縮まるだろう。
スイス・インド商工会議所の代表を務めるフィリップ・ライヒ氏によると、スイスの多国籍企業は既に事業を拡大しているが、長期的には中小企業にも恩恵がある。
スイス・スウェーデン資本の重電大手ABBは、製造・研究開発能力を向上させるために、2026年に7500万ドル(約119億円)の投資をすると発表した。スイスのエンジニアリング企業スルザーは、TEPAの発効から1カ月後、インド西部の都市プネーに新たな拠点を開設した。これらはTEPAに明記された投資面の約束の一部だ。EFTA加盟国は、自国の民間企業や機関投資家の対インド投資を今後15年間で1000億ドルとなるように促すと約束している。スイス・インド商工会議所によると、TEPA発効以降に発表された投資は、スイスだけで290億ドルに上る。
米中間の緊張の高まりなど、世界規模の地政学的変化を受けて、国外のサプライチェーンに依存する中小企業は対応を迫られている。リスク分散のために、多くの企業が投資先を中国からインドに変更している。
ライヒ氏は、「これらの企業が必ずしも中国を離れるわけではないが、投資先を中国からインドに移しており、インドの重要性が増している」と話す。
輸出と投資の促進を図るスイスの公的機関、スイス貿易振興会によると、スイス企業が従来以上にインド市場へ関心を向けている兆しは見られるが、はっきりとした結論は、インドにおけるスイスの経済活動を分析しなければ出せないという。
TEPAを背景に、大規模で経験豊富なコンサルティング会社だけでなく、小規模な事業所にも活躍の場が広がっている。2026年5月、起業家のルビー・グレーバー氏は、インドでの事業拡大を検討する企業を支援するインド・スイス・エンタープライズをジュネーブで設立した。
「我々は、スイス企業がインドで、あるいはインド企業がスイスで事業を立ち上げる支援をしている」。同氏の会社では、新たな顧客との協議が続いている。
医薬品の知的財産権をめぐる対立
医薬品の一部はTEPAの対象だが、ジェネリック医薬品などは除外されている。知的財産権の議論は継続中だ。 スイス貿易振興会によると、TEPAの締結後、新しくインドに移る製薬会社は出ていない。ロシュはTEPAが締結された後でインドに約17億フランの投資をすると発表した。既存事業を維持するとともに、インド南部テランガナ州の都市ハイデラバードの拠点を2030年までに拡大するためだ。だが同社は、スイスからインドに輸入された医薬品について、具体的な恩恵はまだ見受けられないと述べた。
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がん治療薬から抗ウイルス薬まで、ロシュのほとんどの医薬品は、最終製品の形でインドに輸入されており、現在は約10%の関税が課されている。希少疾患やがんの治療に使われる一部の医薬品は既に無関税だが、ほとんどの最終製品の関税は今後10年間で毎年1%ずつ引き下げられていく。ジェネリック医薬品やインスリン、抗生物質はTEPAの対象外で、関税は継続される。TEPAがこれらの医薬品の価格に影響を与えるには、長い時間がかかるだろう。
ライヒ氏によると、製薬会社が懸念している本当の問題は、関税よりもむしろ、インドの製薬業界における技術革新への投資拡大に必要な、知的財産権保護の強化だという。
インドは製薬会社にデータの独占権を与えることを拒否した。このために、先発医薬品の臨床試験データに基づいてジェネリック医薬品が自動的に承認される。インドは更に、企業が20年を超えて特許を延長し、市場での独占権を維持することを可能にするような、広義の知的財産権も認めなかった。
停滞していた知的財産権をめぐるスイスとインドの二国間協議は、TEPAの締結後、2025年に再開された。パルムラン氏のインド訪問中も対話は続き、特許と臨床試験データの保護に重点が置かれた。パルムラン氏側の報道担当者は、意見交換は建設的で、継続される予定だと述べた。
ライヒ氏は、「将来的にはインドで医薬品の研究開発が行われると確信しているが、まだ発展途上だ。企業は何よりもまず、知的財産権の見通しから本格的な参入まで、規制環境に安心感を覚える必要がある。とはいえ、それも時間の問題だろう」と話す。同氏は、製薬会社がインドを研究や生産の拠点として真剣に検討するようになるまで、5年ほどかかるだろうと見ている。
編集:Virginie Mangin/gw、英語からの翻訳:鵜田良江、校正:大野瑠衣子
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