議会の内閣不信任がないスイス、民主主義を維持する独自の仕組み
スイスでは連邦議会が連邦内閣(政府)への不信任を決議できない。これは民主主義に反するおかしな決まりに見えるかもしれないが、その他の仕組みを含め制度全体を適切に設計することで利点を生かしている。
スイスは4年ごとの連邦議会選挙(総選挙)で上下両院の246議席全てを改選する。次回の実施は2027年10月で、約1年後に迫っている。この際、連邦閣僚7人も新たな議会による再承認という審判を受けるが、過去に否決された例はほとんどなく、本人が自発的に退任しない限り、全員が留任する可能性が高い。
スイスでは、行政府の地位と選挙結果が大きく切り離されている。閣僚らは国民の直接選挙ではなく議会で選出されるにもかかわらず、任期中は議会の不信任投票で解任されることがない。それどころか、自分が望むだけ続投できる。なかなか類を見ない特権だ。
これは民主主義の伝統を誇る国の制度としては、あまり民主的に聞こえないかもしれない。実際、スイス政府は議院内閣制と大統領制という民主主義の2大モデルのさまざまな要素を組み合せながら、それぞれを民主的たらしめる大事な要素を欠いている。具体的には、米国のように大統領を公選したり、英国のように長く居座りすぎた政権を退ける力を議会に与えたりしていない。
独ポツダム大学の政治学者、シュテフェン・ガンホフ氏は「一見したところ、(議院内閣制と大統領制の)最悪の部分を組み合わせたように思える」と語る。同氏が7月に発表した論文外部リンクによると、スイス型のハイブリッド・モデルは学術的には「対議会独立内閣制」と呼ばれる。採用例は少なく、スイス以外ではブータンやスリナムなど一握りの民主主義国でしか見られない。
権力分散型の内閣と多数派を固定しない議会
ガンホフ氏はスイスインフォに対し、スイスでは対議会独立内閣制の利点が生かされていると語る。同氏はまず、対照例としてドイツの議院内閣制に言及。連立政権下の連邦政府は常に存続を考え、「八方美人」を続けていると指摘する。連立与党それぞれが望まない決定に拒否権を行使できるため、政策は行き詰まるか、妥協の産物になることが多いという。
スイスの連邦内閣も多様な構成だ。長らく「魔法の公式(マジック・フォーミュラー)」と呼ばれてきた不文律に従い、4大政党が議会の議席数などに沿って7枠を分け合っている。一方、大統領にも政党にも内閣を縛る拒否権はない。その代わり、内閣は全会一致を理想として合議で意思決定を行い、決定事項には一致団結して支持を公言する。個々の閣僚が内閣の判断と異なる姿勢を取ることはなく、このことが全閣僚の権限を同等とする集団指導制の基盤になっている。
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ただし、閣僚らは全会一致を旨としながらも、その判断が内閣の外でどう受け止められるかを常に見越している。米国などでは大統領の署名で法律が成立するが、スイスでは法律を最終的に成立させる権限が政府にない。ヴァルター・トゥルンヘア元連邦事務総長(政府事務の計画・調整役。閣議にも出席する)はドイツ語圏の日刊紙NZZに対し、政府は立法において「着手、提案、協議はするが、最終決定はしない」と語る。ガンホフ氏によれば、法律を承認するのは議会であって政府ではないため、閣僚らは常に議会の過半数を説得する必要がある。
こうした条件の下、連邦内閣は個別の議案が可決・否決される可能性をよく把握しながら連邦議会に臨んでいる。議会には多数派を構成する政党の組み合わせが「時には中道左派、時には中道右派へと揺れ動くシステム」(ガンホフ氏)があり、これに基づき決定がなされる。このシステムの下では、各党が「複雑な多数決」の手続きに絶えず関与することになる。言い換えれば、事前に固定された連立の構図に従うのではなく、各党が議案ごとに是々非々で判断を下すということだ。固定的な連立政権を組んで議会による不信任を避け、内閣の存続を確保する必要がある場合、連立合意が事実上の拒否権として作用する。同じ多党制でもスイスのような柔軟性は生まれない。
さらに、スイスが特徴とする直接民主制においては、ここまでの枠組みを超えたところに国民という最終的な拒否権者がいる。スイスには議会が可決した法案の是非をレファレンダム(国民表決)で問い直す仕組みがあり、実際に新法の10%前後が対象となっている。法律の公布後100日以内に有権者5万人の署名を集めることが実施条件で、議会採決で敗れた政党が主導することが多い。この制度があるため、政府は各党からどれだけ譲歩が得られるかだけでなく、国民の雰囲気にも注意を払う必要がある。チューリヒ大学のシルヤ・ホイザーマン教授は2023年、「極言すれば、あらゆるレファレンダムは合意形成プロセスの失敗の表れだ」とスイスインフォに語っている。
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行政権に対する安全装置
ガンホフ氏によれば、政府に議会からの独立性があることはスイスモデルの「かなめ」と見なせるが、うまく機能するには行政権に対する安全装置が欠かせない。直接民主制の手続きや、多数派が固定されない多党制議会を支える比例代表制選挙は、そうした安全装置の実例だ。同氏はまた、「本当に不可欠なのは集団指導制だ」と語る。連邦内閣は一体となって行動するため、大半の政党や国民が受け入れられる穏健寄りの人物が閣僚になりやすい。
このほか、物事が大きく間違った方向に進み、政府が全面的に信用を失った場合のため、最強の安全装置がある。4年に1度の閣僚の再承認を議会が拒否することだ。ただし、これは理論的にあり得るものの178年間でわずか4件しか実例がなく、直近でも2007年までさかのぼる。閣僚がいつ辞任するかは本人が判断する決まりで、平均在任期間は約10年となっている(最長は32年だが19世紀末のことだ)。
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潜在的な非民主性
一方、ガンホフ氏は対議会独立内閣制について、どこでも成功する方法ではないとの警告も発している。「スイスがしてきたことが1つでも欠ければ、このモデルは極めて非民主的な形になる」
このことは、ガンホフ氏の論文でスイス以外の事例を見れば明らかだ。2008年に民主制に移行したブータンでは、議会で新内閣を任命するのに必要な議席が過半数なのに対し、内閣の解任に必要な議席を3分の2に引き上げている。同氏はこの規定について、2大政党制を確立する憲法規定と並び安定性をもたらすが、行政の強権化や、構造的な有権者の選択肢不足にもつながると指摘する。
また、スリナムは比例代表制を採用しているが、行政による政治支配と恩顧主義が制度の妨げになっている。ガンホフ氏によると、同国では政治文化と憲法設計の瑕疵が組み合わさり、政治家らが駆け引きや汚職による利益供与の体制の一部として政府機関を利用している。
舵のない政府
スイスの制度にも短所はある。スイスでは政府の力が比較的弱いとの指摘がたびたびなされるが、ジュネーブ大学のパスカル・シアリーニ教授(政治学)によれば、かなりの権力が少数の閣僚に集中する面もある。閣僚の説明責任を高めるため直接選挙の導入が何度か提案されたが、直近の2013年を含め国民投票で全て否決されてきた。反対派は、閣僚が国益よりも再選を重視するようになると主張している。閣僚の在任期間に上限を導入する案もまた、よく似た理由で否決された。
一方、連邦内閣に対する大統領の役割を強化する改革案もある。シアリーニ氏はこれについて、伝統的に個人の権力の肥大化防止を図ってきたスイスの慣習とは「かなり異質」なものになると見込む。
ガンホフ氏によれば、選挙結果によらない政府は安定性や継続性の象徴になり得ても、選挙で生まれる政府のように何かの主張や方針、政策、立場を象徴することはない。そのため、4年ごとの選挙で将来への新たなビジョンが明確に選択されることもない。このことは「スイスの投票率が先進民主主義国の中で最低の部類に入る理由」にもなっている。
同氏は議論の範囲を広げ、スイスの制度の成り立ちと働き、権力集中の予防能力は「世界的に見ても特殊」だと論じる。前出の論文では、対議会独立内閣制の「民主主義的な可能性」はスイスでしか示されていないと指摘。議院内閣制と大統領制のいいとこ取りを試みながら、行政府に非民主的な水準の権力を与える恐れもあり、「諸刃の剣」になり得ると警告している。強権主義的なポピュリストが力を持つ現在、世界にこれ以上の強権政府が必要とは考えにくい。
編集:Benjamin von Wyl/gw、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子
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