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CERNの次世代加速器、新発見の鍵はAIにあり

CERNが探究するヒッグス粒子(神の粒子)のコンピューター生成画像
CERNが探究するヒッグス粒子(神の粒子)のコンピューター生成画像 © 2026 Shutterstock

欧州合同原子核研究機関(CERN)が建設計画を進める次世代の衝突型加速器では人工知能(AI)が設計・運用・制御・データ測定・解析などのあらゆる場面に活用され、未来の素粒子物理学研究を一変させると言われている。

スイス・ジュネーブの欧州合同原子核研究機関(CERN)は、「神の粒子」と呼ばれるヒッグス粒子の発見に貢献した同研究所の大型ハドロン衝突型加速器(LHC、2008年稼働開始)に代わる、より強力で精密な新しい衝突型加速器(将来円形衝突型加速器、FCC)の建設計画を2040年代の完成を目指して進めている。この未来の加速器の研究では人工知能(AI)技術が重要な役割を担う。実験後の測定データの処理だけでなく、装置自体の設計、材料選定、更にはその装置を使ってどのような問題を解決すべきかの判断に至るまで、幅広い活用が見込まれている。

2012年のヒッグス粒子の発見は、宇宙の理解に革命をもたらした。約40年にわたる探索から生まれた大発見だったが、この偉業も機械学習(ML)技術がなければ不可能だったという。ヒッグス粒子の発見に貢献したMLは「現在AIと呼ばれているものの曽祖父のようなもの」とCERNの素粒子物理学者マウリツィオ・ピエリニ氏は表現する。

こうしたMLの「子孫」は今、素粒子物理学のあらゆる場面で活用されている。CERNのファビオラ・ジャノッティ前所長(任期2016年1月〜2025年12月)は、「今後はAIの活用範囲がさらに広がるだろう」とスイスインフォに語った。他の科学分野と同様、物理学でも実験前の準備や実験後のデータ解析にAIを活用しているが、CERNではAIの新たな用途の開拓も進行中だ。「私たちの方法の特徴は、実験中のデータ測定・取得にもアルゴリズムを利用していることだ」とピエリニ氏は言う。

このシリーズでは、世界最大の素粒子物理学研究拠点CERNについて、その科学的な挑戦が今どこにあるのか、宇宙の謎を解明するための国際的な拠点であり続けるためにどのような取り組みを進めているのかを探っていく。

今後CERNは順次、装置の改修と新設を進める計画だが、その計画にはAIの導入も組み込まれている。まずFCC開始に先立ち、現在運用中のLHCをより強力な高輝度LHCに改修する。陽子衝突頻度がLHCの10倍になり得られるデータ量も飛躍的に増えるため、これに対応できるAI技術を導入する。次の新加速器FCCの建設を実現するにはまず、承認を得なければならない。そのためにもAI技術は重要だ。CERNの物理学者らは、AI技術が研究・分析用途だけでなく、新加速器の設計、コスト削減にも重要な役割を果たすだろうと口を揃える。素粒子物理学分野に優秀な人材を引き込むためにもAIが果たす役割は大きいと唱える。

CERNの共同研究者マリア・スピロプル教授(米カリフォルニア工科大学、素粒子物理学)は「AI技術によって、あらゆる作業がより良く、より早く、より技術的に進歩したものへと変わるだろう。素粒子物理学の未解決問題にも貢献するだろう」と話す。

ヒッグス粒子の大発見の影にAI

CERNで初めてAI技術が使われたのは1986年。陽子シンクロトロンと呼ばれる衝突型加速器の不具合を検出するシステムで使われたML技術が最初だった。

その後LHCのデータ処理にこれとは別のML技術が利用され、2012年のヒッグス粒子の発見につながった。LHCでは最大13テラ(13 x 1012)電子ボルトのエネルギー、毎秒4000万回の頻度で粒子が衝突し、凄まじい速さで膨大なデータが発生する。衝突で生じた現象はそれを取り囲む巨大な装置で検出されるが「このデータを処理できる計算機インフラは地球上には存在しない」とピエリニ氏は言う。「データのふるい分け、つまりどのデータが重要で、どれがそうでないかの識別をしなければならない。そのためのアルゴリズムが必要だ」

万物に質量を与えるヒッグス場と、それを証明するヒッグス粒子の存在は、1960年代にイギリスの理論物理学者ピーター・ヒッグス氏によって予言された。だが粒子衝突でヒッグス粒子が生成する頻度は非常に低い上、生成しても極めて短時間しか存在しない。これを検出するには測定で生じる膨大な量のデータから重要な事象を示すものを選別する必要がある。

CERNの科学者らはヒッグス氏の理論仮説に基づき、ヒッグス粒子が発生した痕跡を検出できるようにLHCのデータ処理プログラムにML技術を組み込んだ。その結果、膨大な衝突事象の中からヒッグス粒子が生成した可能性が最も高いものを選び出せるようになった。ML導入によって毎秒1000シグナルのふるい分けが可能になり、ヒッグス粒子の初観測が実現した。「だからこそAIがヒッグス粒子の発見に貢献したと言える」とピエリニ氏は強調する。

▼CERNの資金確保を巡る議論について詳しくはこちら

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予期せぬ事象をAIで発見

ピエリニ氏らはこの大成功に満足することなく、より高速な大規模データ処理を目指し、検出器に搭載するAI技術の更なる高性能化を進めた。課題はLHCの検出器のハードウェアはサイズが非常に限られていることだ。「ChatGPTは組み込めない」とピエリニ氏は説明する。そこで同氏らが採用したのは、コンパクトサイズで複雑な処理を高速に実行できるAIアルゴリズムの1つ、ニューラルネットワークだ。これによりナノ(10-9)秒単位のデータ処理を実現した。「この成果によって新たな可能性が開かれた」と同氏は話す。

LHCでは現在、同じハードウェア上で動く複数のニューラルネットワークアルゴリズムで全データをリアルタイム分析できる。この進歩によって、既存理論で予測されるパターンに当てはまらない衝突を発見できるかもしれない、とピエリニ氏らは期待している。

これは「異常検知」と呼ばれる、銀行がクレジットカードの不正利用を検出するために使う方法に似たアプローチで、LHCのデータに応用することで、これまで見逃していた未知の異常現象が見つかる可能性がある。「予期せぬものを発見できる方法だ」とピエリニ氏は説明する。

素粒子物理学者らは長い間、数十年前に立てられた理論の検証と反証に注力してきている。更にピリエニ氏らのAIを活用したアプローチで、この既存理論に合わない現象が見つかる可能性がある。つまりAIの活用は「自然に対する問い立て→観察・実験→理論の構築→理論に合う・合わない現象の発見→新理論の構築」を繰り返す自然科学研究のプロセスを加速する駆動力になる可能性がある。

「AIによって既知の範囲内での探索が効率化できるのは確かだ。だが私は、見落とされている領域に光を当てるAI技術に、より関心がある」と同氏は言う。「トリガーAI」の愛称で呼ばれるこの新技術は既にLHCでのテストを終了しており、高輝度LHCやFCCにも搭載される予定だ。

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装置の設計・制御にもAI

ピエリニ氏は、AI技術が進歩するほど実験結果のより精密な解析が可能になると話す。現行の何百倍もの精度向上が望める場合もあり、数百万フラン(数億円)のコスト削減につながるだろうという。

AIの進歩は、何百万もの粒子衝突の軌跡の中から、滅多に起きない複雑な事象の兆候を検出できる重要な技術をもたらす可能性がある。まれな事象の例としてヒッグス粒子が同時に2つ生成する事象(ヒッグス粒子対生成)が挙げられる。ヒッグス粒子対生成の観測は、ヒッグス場がどのようにして粒子に質量を与えるかという「高エネルギー物理学における非常に大きな謎」を解明する手がかりを与えるだろう。高輝度LHCは現行LHCの5〜6倍のデータを生成するため、効率的なデータ分析がより重要になる。

AI技術はFCCのような将来の衝突型加速器の建設でも重要な役割を担う。「AIは、検出器の設計から、実験の実施、モニタリングの実行に至るまであらゆる場面で重要な役割を果たすだろう」とスピロプル氏は言う。

例えば、衝突型加速器に不可欠な超伝導磁石について、より安価な新材料の開発にAIが活用できるかもしれない。合理的な検出器の設計にもAIの寄与が期待されている。次世代加速器の検出器の設計は、現在は主に素粒子物理学者らの経験に基づいて行われているが、将来的には「必要な物理学や課題用に最適化された検出器の設計を完全にAIに任せるようになるだろう」とピエリニ氏は言う。

だが必要なデータを生成できるのは衝突型加速器だけだという事実に変わりはない。「AIが進歩しても、FCCそのものがなければ、FCCで行うような実験を再現することは不可能だ」と同氏は強調する。

▼新しい衝突型加速器(将来円形衝突型加速器、FCC)を動画で紹介

AIが素粒子物理学の発展を後押し

AIが今後、素粒子物理学研究の煩雑で単調な作業の多くを肩代わりできるようになれば、次世代の研究者にとってこの分野の仕事はより刺激的で魅力的なものになるだろう、とピエリニ氏は言う。先進的なAI技術を活用した新たな面白い仕事が創出される可能性もある。だが仮に研究者が減少して分野が縮小したとしても、「個々の研究者の能力を拡張するAIエージェント(あるいはAIツール)が、挑戦的な新実験に取り組む、不屈の素粒子物理学者たちの粘り強い活動を後押しするに違いない」とピエリニ氏は言う。「AIはいかなる形であれ、この分野を継続していくのに役立つだろう」

編集:Veronica De Vore/ds、英語からの翻訳・校閲:佐藤寛子、校正:大野瑠衣子

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