インドからスイスへ ヨガの壮大な軌跡
今日ではフィットネスやリラクゼーションの手段として広く親しまれているヨガ。その歴史はインド哲学の真髄に深く根差し、数千年前にさかのぼる。では、そのヨガは、どのようにしてスイスに伝わったのだろうか?
スイスインフォでは、スイス国立博物館のブログ外部リンクから歴史に関する記事を定期的に紹介します。ブログの記事はドイツ語、フランス語、英語などでも掲載されています。
チューリヒ駅で開かれる「ビールヨガ」、グラウビュンデン州シュクオールでのリトリート体験――。スイスではヨガの人気が高まっている。スポーツジムや屋外、ウェルネスセンターなどで広く実践されるヨガの、この馴染みのあるイメージの裏には、インドの文化史や哲学的伝統に深く根差した実践の長い歴史がある。
インドでの発祥と変遷
ヨガはインドに起源を持ち、今から3千年以上前に誕生したとされる。当時は極めて精神的な修行法であり、単なる身体運動ではなく、瞑想による悟りを究極の目的とした精神的かつ文化的な実践だった。
ヨガに関する最古の記述は、紀元前1500~西暦500年頃のヴェーダ時代にさかのぼる。聖者パタンジャリによって200年頃に編纂された「ヨーガ・スートラ」は、ヨガ思想の重要な根本経典の1つであり、倫理規範であるヤマ(戒律)から、精神的境地サマディ(三昧)に至るまで、ヨガの実践を体系化した八支則が説かれている。
植民地時代にはポルトガル人宣教師がヨガに出会ったものの、ヒンドゥー教に結び付いた修行法とみなし、受け入れなかった。英国の入植者たちもまた、インドの文化、ましてやヨガにはほとんど興味を示さなかった。一方、インドの人々にとっては、ヨガは植民地支配の時代における自らの文化的アイデンティティ、そして自己決定を象徴する存在になっていった。
植民地支配の初期にはヨガを受け入れなかった英国人だが、後にはヨガのアーサナ(身体的ポーズ)に着目し、英国の体操文化に取り入れていった。今日よく知られる「ダウンドッグ外部リンク」や「戦士のポーズ外部リンク」の起源は明確ではないものの、一部の研究によれば、こうしたポーズはアーサナと英国式の体操が融合して生まれたとされる。
西洋への広がり
そうしてヨガは発展を続け、身体運動やポーズを重視する様々な流派が生まれた。19世紀末になると、インドの学者や精神的指導者たちが西洋に渡るようになった。1893年には、スワミ・ヴィヴェーカーナンダが米シカゴで開催された万国宗教会議でヨガを紹介。その目的は、ヒンドゥー教の思想を西洋社会に広めるとともに、様々な違いを克服することだった。その理念のもと、ヴィヴェーカーナンダは精神的、文化的側面の一部を省略しつつ、ヨガを西洋の科学や合理性に適合させていった。
他のヨガ指導者たちもまた、その後の数十年間に欧州や北米でヨガの普及に貢献した。1960~70年代には、西洋でヨガの一大ブームが巻き起こった。 この人気の高まりを大きく後押ししたのがビートルズだった。1967年にウェールズのバンガーで開かれた超越瞑想セミナーに参加、翌68年には家族や友人、付き人、そして大勢のジャーナリストを伴ってインドを訪れ、シャンカラチャリヤ・ナガルのアシュラム(ヨガの修行道場)で超越瞑想の本格的な修行に取り組んだ。ビートルズをはじめとするこうした世界的スターたちの影響で、グル(精神的指導者)のマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは、国際的な知名度を獲得した。そして、その活動の舞台はスイスにも広がって行った。
スイスのヨガ
1970年代初頭、マハリシは自らが率いる組織の本部をスイス・ゼーリスベルクにある旧グランドホテル・ゾンネンベルクに移した。マハリシを魅了したのは、ウーリ州の山間に位置するこの小さな村の自然環境や静寂、そして周囲の山々を望む景観だった。 スイス建国の象徴とされるリュトリを見下ろすこの地をマハリシに紹介したのは、スイス人で初期の弟子の1人、フェリックス・ケーギだった。最盛期にはゼーリスベルクで暮らす信奉者や修行者の数は最大で300人に達した。
マハリシはスイスで最初にヨガを実践した人物ではなかった。確かな資料はないが、20世紀初頭にはすでに、伝説的な「モンテ・ヴェリータ(真実の山)」でヨガが実践されていたことが分かっている。
このアスコナの小高い丘には、当時の厳格な社会規範に代わる生き方を求める人々が集まり、人間と自然のリズムを調和させた共同生活を送っていた。作家ヘルマン・ヘッセによれば、モンテ・ヴェリータの共同体には「インド式の修行」を信奉し、実践する人々がいたという。
20世紀を通じて、スイスではヨガの人気が着実に高まっていった。1948年には、共産主義体制下のハンガリーから逃れてきたセルヴァラージャン・イェスディアンとエリザベート・ハイヒがチューリヒにスイス初のヨガスクールを開校した。イェスディアンはハンガリーに留学していたインド出身のヨガ行者で、留学中の1941年に、西洋の読者に向けた著書「スポーツとヨガ(Sport és jóga)」を出版していた。
イェスディアンとハイヒはその後の数年間で、ザンクト・ガレンやローザンヌ、ティチーノなどスイス各地でヨガスクールを開校した。1970年代には、他の欧州諸国と同様に、スイスでもヨガブームが本格化した。ヨガスタジオやリトリート、指導者養成コースが次々に開設され、ローザンヌにはスイス・ヨガ連盟が設立された。
科学分野でもヨガへの関心は高まっていった。大学や研究機関は、ヨガが身体的・精神的な健康に及ぼす効果に着目し、初期の研究ではストレスの軽減や、心血管系の健康改善、また不安の緩和などに効果がある可能性が示された。その結果、ヨガは医療システムにも取り入れられるようになり、ヨガ指導者と連携して治療を進める理学療法士も見られるようになった。
1971年にフリブール州モレゾンで開催された国際ヨガセミナー
商業化の進むヨガ
インドで生まれたヨガは、現在、世界で2億5000万~3億人が実践しているとされる。インドでは精神性や哲学と深く結びついている一方、欧米ではむしろ身体的な側面に重点が置かれる傾向が強い。精神的な修行というよりも、スポーツに近いスタイルの流派もある。スイスで開催されるヨガ選手権はその一例だ。
ヨガの商業化が進んでいることも否めない。ヨガマットやウェア、書籍、さらには専用のプレイリストに至るまで、関連市場は数十億規模に拡大している。その一方で、数千年前の起源においてヨガの基盤を成していた生活様式や精神性は、現代の実践ではあまり重視されない傾向が見られる。
マンダ・ベック氏は歴史家
仏語からの翻訳:由比かおり 校正:上原亜紀子
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