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医薬品・化学メーカーが健闘 4~6月スイス経済概況

観光客
観光部門は盛り返しそうだが、ルツェルンなどの主要観光地に中国人旅行者の姿が一気に戻る見込みは小さい Keystone / Christof Schuerpf

底堅い内需、明るい見通しに湧く観光業、飛ぶように売れる高級時計。銀行危機や連続利上げに見舞われながらも、スイス経済は安定した成長を遂げている。2023年4~6月期を業界別に振り返る。

1)成長は鈍化、インフレ継続

連邦経済省経済管轄局(SECO)は先月15日、2023年の成長率予測外部リンクを0.8%、24年を1.8%と、3月時点の予測に据え置いた。2022年は2.1%伸び、今年1~6月も輸出の増加や内需が景気を下支えしている。だがSECOは、米欧中央銀行の金融引き締めにより国際的な需要が抑制され、7~12月期はスイス経済も減速する可能性があるとみる。

スイス国立銀行(中央銀行、SNB)は2023年のインフレ率予想をこれまでの2.6%から2.2%に下方修正した。ウクライナ戦争による石油・ガス価格の高騰の一服や、ドルやユーロに対するフラン相場の上昇で輸入品価格が下落したことが引き下げの背景にある。

一方でSNBは先月22日、中期的なインフレ継続リスクを踏まえて政策金利を0.25%高い1.75%に引き上げると決定した。これまでの利上げがインフレ抑制にある程度貢献したと自負するも、物価安定のためにさらなる利上げの可能性もちらつかせる。

一方で2024年のインフレ率見通しはこれまでの2.0%から2.2%に引き上げた。来年は電気料金や家賃が上昇し、輸入インフレ圧力が予想より長引くとみているためだ。

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2)夏の観光シーズンに高まる期待

スイス観光業界は、まもなく始まる夏の観光シーズンを楽観している。スイス観光局の調査外部リンクによると、ホテル経営者は今夏の売上げが昨年を大きく上回ると見込む。宿泊件数は前年比27%伸びると予想。山岳地帯だけでなく、パンデミックで閑散としていた都市部にも期待が広がる。

とりわけ新型コロナ対策の渡航制限が撤廃された非欧州圏からの観光客が21%増と、全体を牽引しそうだ。ただ過去最高を記録した2019年夏の水準には戻らない。

特に伸び悩むのは中国人観光客だ。スイス観光局の広報担当リエン・ブルカード氏は、「1~4月の『中華圏』からのホテル宿泊数は、2019年同期比で7割近く少ない。この夏に中国人観光客が大幅に戻るとは期待していない。今後数週間、スイスで休暇を過ごすのは散発的な個人旅行か小規模団体だ」と語った。 

欧州からの観光客は増え続けるものの、増加ペースは15%と昨夏より鈍化しそうだ。フラン高とインフレにより、欧州圏の観光客にとってスイス旅行は割高だ。

国内旅行者に関する見通しはさらに暗い。近年は国内旅行者が記録的な多さに達していたが、その反動で国外旅行への需要が高まっているとみられる。

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3)健闘する製薬業界

ロシュの1~3月期の売上高は3%減少した。パンデミック需要の反動が出たものの、医薬品や診断部門の力強い成長が相殺した。一部の製品はジェネリック(後発医薬品)メーカーとの競争が激化する一方、米国食品医薬品局(FDA)が悪性度の高い血液がんに対する治験薬を承認したことがいくらか明るい見通しをもたらしている。

ノバルティスの1~3月期売上高は8%増えた。乳がん治療薬の臨床試験の良好な結果や、腎臓病の後期治療薬を開発する米バイオテクノロジー企業の買収といった吉報も相次いだ。2022年にジェネリック事業を手掛ける子会社サンドを売却したノバルティスは、革新的な医薬品に注力するメーカーとしての地位を固めそうだ。

一方、スイス・欧州連合(EU)関係の不確実性は、スイスのライフサイエンス業界全体に重しとなっている。医薬品の対米・対中輸出は増加しているものの、対欧州は全体の48%を占める重要な輸出相手だ。

ノバルティス・スイスのマティアス・ロイエンベルガー社長は6月のインタビューで、移民規則などの問題で両社の意見の違いが埋まらなければ、諸検査や品質管理のために医薬品業界に強いられる追加負担は年5億フラン(約800億円)に上るとの見通しを示した。

4)化学メーカーの泣き笑い

上海証券取引所は5月、スイスの種子大手シンジェンタの新規株式公開(IPO)を承認した。この待望のIPOは調達予定額が90億ドル(80億5000万フラン)相当と、世界で今年最大、中国では史上4番目に大きな上場となる見通しだ。だが米中摩擦が深刻化するなか、多くの銀行は入札に参加できるか、参加すべきなのか逡巡している。

一方で中国は、5月にスイスとオランダの化学企業が合併して誕生した「DSMフィルメニッヒ」にとっては悩みのタネとなっている。主要事業であるビタミン剤の価格低迷が収益を圧迫し、2023年4~6月期の調整後利益は4億~4億2千万ユーロ(630億~660億円)と、前年同期の5億8200万ユーロを大きく下回ると予想している。コスト削減のため、5月に閉鎖した中国・江山工場に続き上海市星火工場も年内に閉鎖予定と報じられている外部リンク

一方、スイス商品取引業界では、2022年のような記録的売上げが続く可能性は低い。1~3月期決算を踏まえると、スイスの鉱業・貿易大手グレンコアの年間取引高は当初予想の20億~22億ドルを上回る公算が高い。同社はカナダの鉱山会社テック・リソーシズの買収を目指すが、投資家や環境保護団体から石炭部門の今後について激しい突き上げを食らっている。

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5)時計メーカーの好調続く

スイス時計協会(FH)外部リンクは先月末、1~5月の時計輸出額は100億フラン超と、前年同期比11.3%増とアナリスト予想を上回る結果を発表した。フォントベル銀行は2023年の成長率を1~3%とみている。

コンサル会社「ルクセ・コンサルト」の創業者オリヴァー・ミュラー氏は「最大の輸出市場である米国で高級時計の需要が高く、予想よりも好調に推移している。中国でもパンデミックの封じ込め策が終了し、成長を取り戻した。心強い展開だ」と解説する。

米国の成長は年後半に鈍化しそうだが、それでもスイス時計業界が新記録を達成できないわけではない、とミュラー氏はみる。年初以来輸出本数が約15%伸びたことも、20年以上売上げが減り続けてきたエントリーレベルの時計(価格500フラン未満) が、消費者にとっての魅力を取り戻しつつある証左だという。

「伸びの3分の2近くはムーン・スウォッチが牽引した」(ミュラー氏)。オメガのスピードマスター・ムーンウォッチとスウォッチがコラボした同作は約 250フランという値頃価格で1年強前から販売。今年の売上げ本数は100万本を超えると予想する。

6)クレディ・スイス崩壊で揺れる金融業界

UBSとクレディ・スイスは6月12日、吸収合併を完了した。3月の買収決定以来、スイスの金融業界は2社に関する続報に翻弄されてきた。

緊急・強制的に決まった救済策は現在、連邦議会の調査委員会と連邦検察の調査対象になっている。クレディ・スイスの債券保有者約2500人も、救済に当たり無価値化された社債(AT1債)の賠償を求めてスイス金融当局を提訴した。

クレディ・スイスのような大銀行の倒産を避けるための「Too big to fail(大きすぎて潰せない)」規制も議論の渦中にある。SNBもこうした規制が不十分であることが証明されたとみている。

コンサル会社KPMGによると、スイスの民間銀行は2022年、運用資産が11%減少したという。顧客からの新規預け入れ資産額は2021年と比較して大幅に減った。

スイスの資産管理業界はこれまで米国での脱税訴訟など難局を経て、厳格な銀行秘密主義が廃止された。ボストン・コンサルティング・グループによると、アジア勢との競争が激化しているものの、スイスは依然としてオフショア(海外)ウェルスマネジメント市場において世界有数の中心地となっている。

スイスの銀行は中央銀行による利上げの衝撃も乗り切った。だが市場金利の上昇が止まらないなか、多くの銀行は住宅ローンなどに焦げ付きリスクは無いか、融資残高の点検を迫られるだろう。

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編集:Virginie Mangin、仏語からの翻訳:ムートゥ朋子

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