おすすめの記事 ロープは切られたのか? このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/13 ステファン・ジークリストさんは、スイスで最も有名な登山家の一人だ。マッターホルン初登頂の偉業に暗い影を投げかけるあの謎について考察した。ロープは切れたのか、切られたのか?(Carlo Pisani、swissinfo.ch) もっと読む ロープは切られたのか?
おすすめの記事 人口動態 命綱 このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/13 登山が黎明期にあった19世紀後半、登山家たちは冒険精神と、危険に立ち向かう強さを備えていたが、それ以外にはたいしたものは持っていなかった。少なくとも、装備の点では。 当時の登山ロープはヨットや農業で使われていたもので、ヘ… もっと読む 命綱
おすすめの記事 文化 ケーブルカーとロープウェイの国、スイス このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/11 スイスのケーブルカー、ロープウェイはヴァリス(ヴァレー)、グラウビュンデン、ベルナーオーバーラント、ティチーノをはじめとするスイスのあらゆる地域に存在する。息をのむ絶景とともに山の頂へと急勾配の岩壁を登り、大小の山々を上… もっと読む ケーブルカーとロープウェイの国、スイス
おすすめの記事 文化 マッターホルン初登頂から150年 ガイドの子孫が語る歴史の裏側 このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/09 マッターホルンの初登頂から150年。実はこの登山隊にはツェルマット村のタウクヴァルター父子がガイドとして加わっていた。しかし、この登頂は悲劇に終わった。4人が下山中に命を落としたからだ。そして2015年、このガイドの子孫が「新たな冒険」に挑戦する。山と村と自分たちの一家に深く影響を与えたこのできごとを再現する演劇で、先祖の役を演じるのだ。野外劇場で上演されるこの劇は、今大きな注目を集めている。 もっと読む マッターホルン初登頂から150年 ガイドの子孫が語る歴史の裏側
おすすめの記事 人口動態 有名ブランドを守る独占的ガイドコミュニティー このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/09 ツェルマットの山岳ガイドたちは誇り高く、よそ者をなかなか受け付けない。そんな彼らが築いてきた文化は、19世紀後半から冒険を求める旅人を引きつけてきた、難攻不落といわれたマッターホルンに通じるものがある。 まるで恐竜の歯のような現実離れした姿で、ツェルマット村の上に高くそびえるマッターホルン。まれに見る完璧な構造の山だ。 この地域には、マッターホルンのほかにも4千メートル級の山々があり、強烈な魅力で人々を引きつけてきた。山岳ガイド組合はこうした人々の対応に努めるとともに、組合の結束力も維持してきた。地元のギルド(中世の同業者組合)のようなこの組合には100人弱のアクティブメンバーがいる。外部から入るのが難しいことで知られる。 スイスの有名登山家たちはおそらく、マッターホルンの原型的な美にはあらがいがたい魅力があると言うだろう。地元の山岳ガイド組合は毎年、頂上へ登りたいと望む大勢の人々で潤っている。「マッターホルンを見れば、頂上へ登りたいと思うものだ」と、世界中で新たな登山ルートを開拓してきたプロ登山家兼ガイドのロジャー・シェーリさんは話す。 よそ者お断り ツェルマット出身ではないシェーリさんは、ここはよそ者にとっては働きにくい場所だと考えている。「ツェルマット出身者でなければ、かなり大変だ」。ツェルマットの山岳ガイドたちは村では尊敬の目で見られている。マッターホルンなどの登山ルートを隅々まで熟知しているためだ。そんなガイドたちをシェーリさんは「地元のスーパーヒーロー」と呼ぶ。 これまで、約500人がスイス側で、イタリア側では200人が命を落とした。しかし、マッターホルンで山岳ガイドがついていた場合の事故は少なく、ガイドなしの登山隊が事故に遭うケースが多いと、シェーリさんは言う。 「ツェルマットのガイド文化の歴史は長く、逸話も多く、素晴らしいものだが、一方で非常に閉鎖的で、地元ガイド以外の人間がツェルマットでガイドをするのは難しい。しかも地元ガイドたちは非常に保護主義的だ。これはある意味、健全なことだ。この資源を非常に大切にしているということだから」。米国の教育者であり、四大陸でベテランの山岳ガイドとして活躍し、米国山岳ガイド協会の会長を務めたマット・カルバーソンさんはそう話す。 金のなる木 初登頂が達成される以前から、ツェルマットにはアルプスの魅力に引かれて登山やハイキングにやってくる観光客が増えつつあり、スイスの農家はそこから利益を得るようになっていた。 しかし、マッターホルンに登るのは不可能だとか、悪霊が住んでいるなどと広く考えられており、ツェルマットの山岳ガイドにはこの山を避ける人たちもいた。だが、皆が皆そうだったわけではない。 スイス人農夫で山岳ガイドでもあったペーター・タウクヴァルターのように、冒険心に富んだ一部の者は、スイスとイタリアの国境にまたがるマッターホルンの登頂は可能だと考えていた。登山の黄金期に、マッターホルンは誰もが憧れる存在になった。 石工で山岳ガイドだったイタリア人ジャン・アントワーヌ・カレルはイタリア側から登頂を試みたが、失敗に終わった。初登頂を成功させたのは、ツェルマットの山岳ガイドだったペーター・タウクヴァルター父子と英国人登山家エドワード・ウィンパーの3人で、1865年のことだった。この登山にはほかにも登山者が同行していたが、あえなく命を落とした。 スイス側からヘルンリ尾根を登るルートはタウクヴァルター・シニアが開拓したもので、現在は標準的なルートとなっている。 世界的に有名に ウィンパーの手柄でかすんでしまったが、カレルもその3日後に第2回登頂を成し遂げた。初登頂をきっかけとして、登山は名誉ある、死と隣り合わせの魅力を放つものと見なされるようになり、マッター谷とその上に位置するツェルマットは一躍世界的に有名になった。 国際的に知られるようになった山村のツェルマットは現在、ホテルの宿泊日数でいえば、金融とビジネスの中心地ではるかに規模の大きい国際都市チューリヒとジュネーブに次いで第3位となっている。 ツェルマット観光局のエディット・ツヴァイフェルさんによると、マッターホルン初登頂はアルプス登山の人気の火付け役になり、それ以来、ツェルマットとマッターホルンは世界的なブランドになったという。今では毎夏、3千人の登山者が訪れる。 ガイドの実情 夏と冬の観光ブームにあやかり、スイスの山岳ガイド産業は軌道に乗った。しかし、ウィンパーが語った初登頂の悲劇は、山岳ガイドたちの間に深い傷を残した。「それでも、ツェルマットにとってアルプス登山は中心的位置を占めている」とツヴァイフェルさん。 家族のいる若い山岳ガイドは、子どもと長い時間離れたくないがゆえに、日帰り登山にこだわる場合もある。しかし、天候に左右される商売ゆえ、お金を稼がねばというプレッシャーも感じるかもしれない。 「家族がいる場合、ガイドとしてやっていくのは簡単ではない。お金持ちにはなれない」と、タウクヴァルター父子の直系の子孫であるジャンニ・マッツォーネさんは言う。ただ、山岳ガイドとして働いていた先祖はもっとずっと大変だったことも理解している。 「一般的に、今の時代にガイドとして働くのは昔よりはるかに簡単だ。装備の点からいっても、昔はアイゼンもなかった。想像できるかい?ピッケルはあったが、重くて長いものだった。衣類も重かった。今より大変だったことは間違いない。また、顧客を獲得するのも難しかった。列車は谷の下の方までしか来なかったので、ガイドたちはそこまで歩いて下りていって一泊し、顧客集めのために宣伝もしなければならなかった。顧客の大半は英国人だった。ガイドの多くは牛や羊といった家畜を飼っていたので、父親が山に登る間、誰かが世話をしなければならなかった」 残された家族は、ガイドが帰ってこないのではないかと毎日心配して過ごすことも多かった。しかし、ガイドという職業の危険性は必ずしも減ったわけではない。今は山に簡単に行けるようになった結果、天気がよければ週に7日、顧客とともに登山に出ることもある。つまり、ガイドに疲労がたまり、危険にさらされる頻度が上がる可能性がある。「マーフィーの法則のようなものだ」と、マッツォーネさんは半分冗談で言う。 「私は今も仕事への意欲は高い。しかし結局のところ、何よりも大切なのは顧客を山から無事に連れて帰ることだ。銀行の口座残高を増やすことではない」 もっと読む 有名ブランドを守る独占的ガイドコミュニティー
おすすめの記事 人口動態 初夏の大祭典!異色を楽しむ世界 このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/09 真夏の暑さに見舞われた6月初旬の4日間、私が住むポラントリュイの町は、スイスにいながら他の国に迷い込んでしまったのかと錯覚するような、国際色豊かな世界に染め上げられた。 もっと読む 初夏の大祭典!異色を楽しむ世界
おすすめの記事 人口動態 臓器提供が経費の削減に このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/07 「臓器提供は命を救うだけではなく、経費の削減にもなる」。これが臓器提供の推進を図るスイス臓器移植財団の最近の主張だ。同財団の臓器移植の待機リストには現在、約1400人が登録している。(SRF/swissinfo.ch) ある人にとっては、臓器移植は生き残るための唯一の手段だ。しかしスイスのドナー登録数(臓器提供者)は、人口100万人に対してわずか14.2人。その割合は他のヨーロッパ諸国と比べかなり低く、近隣諸国では唯一、ドイツがスイスより下に位置している。 2年前、スイス政府と臓器移植の推進を図るスイストランスプラント(Swisstransplant)は、医療従事者のトレーニングと臓器提供情報をさらに広める計画をスタートさせた。 3月の腎臓移植待機患者は1000人以上。腎臓移植が受けられない患者は、血液を浄化し、それをまた体内に戻すという人工透析を行わなければならない。1回の人工透析に掛かる時間は4時間で、患者はこの治療を週3回必要とする。スイスには現在、80を越える人工透析施設がある。 腎臓移植と人工透析に掛かる費用を比較すると、移植の方が約100万スイスフラン(約1億3千万円)節約できるという。しかし移植件数を増やすためには、更に多くのドナーが必要だ。ドナーを希望する場合はドナーカードに記入をし、そのカードを常に携帯しなければならない。 もっと読む 臓器提供が経費の削減に
おすすめの記事 教育 外国語の習得、交換授業でモチベーションがアップ このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/06 四つの公用語があるスイスで、母国語以外に最低もう一つの言語を習得することは必須。そのため、フランス語かドイツ語の第2外国語以外に英語さえも義務教育のカリキュラムに組み込まれている。しかし、こうした外国語習得の一つの方法として推奨される外国語交換授業は、数としては増えているものの、政府が望むレベルからは程遠い。そうした中、現場では外国語を教える教師が自分たちで自主的にこれを行っている。その様子をのぞいた。 二つの200キロメートル離れた州に住む40人ほどの生徒たちの年齢は11歳から12歳。九州ほどの面積に四つの言語圏があるスイスでは、この距離で十分に二つの違う言語が話されている。 5月中旬、フランス語圏フリブール市のラッシェル・デーレンバッハ先生とドイツ語圏のチューリヒ州キルヒベルクのマリーナ・シュトゥダッハ先生は、チューリヒ湖岸で「やっと」出会えた。今までに何通もの手紙を交換した。一緒に計画した外国語交換授業が今回ついに実現したのだ。 もっと読む 外国語の習得、交換授業でモチベーションがアップ
おすすめの記事 文化 写真家が見つめてきたモントルーの移り変わり このコンテンツが公開されたのは、 2015/07/03 30年以上にわたりモントルー・ジャズフェスティバルを撮り続けてきた2人のスイス人写真家がいる。これまでに、世界中からやってくる偉大なミュージシャンたちの姿を何千枚もの写真に収めてきた。だが、時代とテクノロジーの変化とともに、彼らの仕事のあり方も劇的に変化していった。 もっと読む 写真家が見つめてきたモントルーの移り変わり