おすすめの記事 一票の格差、スイスの政治学者に聞く このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/27 「一票の格差」の問題解決に向けて、日本では政治家たちがようやく重い腰を上げ始めたが、スイスでも多くの自治体が公平な選挙制度の実現に向けて努力している。スイスは一票の格差をどう解決しようとしているのか。チューリヒ大学政治学部のダニエル・ボクスラー教授(スイス政治学)に聞いた。 ボクスラー教授は、スイスや欧州各国の選挙制度を専門とし、選挙、政党、民族政策、近年の民主主義に研究の重点を置く。これまで、一票の格差について数々の論文を執筆している。 swissinfo.ch : そもそも、完璧に公平な選挙制度というものはあるのでしょうか? ダニエル・ボクスラー : ありえない。何が「公平」かは考え方によって随分変わるからだ。国民の間でも、政治学者の間でも、何を「公平」とするかは意見が分かれる。民主主義が機能している国の国民は、自分たちの選挙制度を公平だと思う傾向がある。ただ、それを他の国の人たちも公平と思うかどうかはまた別の話だ。 swissinfo.ch : では、スイス人が考える「公平な選挙制度」とは何ですか。 ボクスラー : 日本を例に挙げよう。日本では(昨年末の選挙で)自民党が衆議院の議席過半数を獲得した。投票した有権者の3~4割しか自民党に票を入れなかったにもかかわらずだ。 投票数の過半数を得たわけでもない政党が、議席の過半数を得て内閣を作る。このことをスイス人はかなり不公平に思うだろう。なぜなら、スイス人が考える「公平さ」とは、どの政党にも得票数に応じて議席数が配分されるということだからだ。そのため、スイスでは比例代表制が重んじられている。 「公平さ」で他に重要な基準は、自分がスイスのどこに住んでいようとも、他の人と同価値の選挙権を有しているということ。自分の一票が、他の人と同様に政党の議席配分に影響を与えるということだ。ダニエル・ボクスラー(Daniel Bochsler)教授略歴 1978年生まれ。 ベルン大学で政治学修士号取得後、ジュネーブ大学で博士号取得。 東欧や米国などさまざまな大学や研究機関に勤める。 現在はチューリヒ大学政治学部教授(スイス政治学)。 研究の重点は選挙、政党、民族政策、近年の民主主義など。swissinfo.ch : しかし、連邦最高裁判所はいくつかの自治体に対し、「公平さが欠けている」として選挙制度を改めるよう命じています。違憲判決を受けた自治体はこれにどう反応していますか? ボクスラー : 例えば、比例代表制を採用しているチューリヒ州では、一つの自治体が一つの選挙区を形成しており、選挙区の人口の規模によって議員定数がかなり異なっている。そのため非常に小さな選挙区では、小さな政党は議席を得られなかった。 そこで連邦最高裁判所はチューリヒ州に対し、小さな政党にも議席獲得のチャンスを与えるよう命じた。また、選挙区の大きさにばらつきがありすぎることも批判した。そこでチューリヒ州は、選挙区を変えなくても最高裁の要求に応えられる「プーケルスハイム式(Doppelter Pukelsheim)」を採用することにした。 swissinfo.ch : プーケルスハイム式とは何でしょうか? ボクスラー : 比例代表制では、各政党は得票率に応じて議席が配分される。得票率に正確に沿って議席を配分するとなると、小数点以下の値が問題になる。例えば、定数4人の選挙区でA党が50%、B党が30%、C党が20%得票したとする。正確に議席配分した場合、A党は2議席、B党が1.2議席、C党が0.8議席となるが、1.2議席や0.8議席は配分できない。そこで、小数点以下の値を処理する必要が出てくる。これにはさまざまな計算方法があるが、これまでのやり方ではいつも同じ政党に有利に働き、同じ政党が不利になるという問題があった。 プーケルスハイム式では、選挙区全体の得票数に応じて各政党に議席数を割り当て、その後、各政党が得た議席数を各選挙区に配分する。もし一つの政党が小数点以下の問題で一つの選挙区で議席を得られなかったとしても、それが他の選挙区でボーナスになるように計算されるため、得票率に応じた議席配分が州全体でできるようになっている。 swissinfo.ch : つまりこの方法では、一票の価値がどの選挙区でも同じになり、死票も減るため、民意が議席配分に反映されやすいのですね。しかし、計算方法がかなり難しそうです。有権者の理解は得られるのでしょうか。 ボクスラー : 国民の中で、新しいやり方であろうとも従来のものであろうとも、小数点以下の値の処理を理解している人はほとんどいないと言っていい。仕組みを簡単に説明すれば、国民はプーケルスハイム式を直感的に公平だと感じるだろう。プーケルスハイム式 プーケルスハイム式(Doppelter Pukelsheim)は、比例代表制の議席配分における小数点以下の値の計算方法。ドイツ人の統計学者フリードリヒ・プーケルスハイム氏が考案。 プーケルスハイム式ではまず、すべての選挙区をまとめた得票数に応じて、各政党に議席配分を行う。次に、各政党が得た議席数を各選挙区ごとに分ける。その際、各選挙区の人口の規模に応じて議席が配分される。 メリットは、選挙区を新しく区割りしなくても、一票の格差が是正される点。デメリットは、その計算方法が非常に複雑で、コンピューターを使用する必要がある点だ。 現在この方式を採用しているのは、スイスの26州のうち、チューリヒ州、アールガウ州、シャフハウゼン州の3州と、チューリヒ市とヴィンタートゥール市の2市。swissinfo.ch : プーケルスハイム式の導入後、変化はありましたか。 ボクスラー : 驚くような変化はあまりなかったが、大きな政党の議席数は若干減り、小さな政党の議席数が少し増えた。このように、プーケルスハイム式ではさまざまな政党が議会を構成するようになるが、それが議会で意見をまとめる際に良いことなのかという問題は残る。ただ、今のところスイスではこれはあまり問題になっていない。 swissinfo.ch : プーケルスハイム式は他の国や自治体でも可能ですか。 ボクスラー : ドイツでは今秋の選挙でプーケルスハイム式を初めて採用する予定だが、これを導入したのはこれまで、チューリヒ州、アールガウ州、シャフハウゼン州などのスイスの自治体だけだ。これらの自治体は皆、最高裁から違憲判決を受けている。最高裁は当初、プーケルスハイム式以外の解決策を考えていた。だが、この方式が選挙区を変える必要のない、最もエレガントで簡単な手段なため、最高裁はこの方式が各地で採用されたことに満足している。 swissinfo.ch : とどのつまり、スイスでも日本でも、公正な選挙制度を実現させられるのは、裁判所だけということでしょうか。 ボクスラー : 裁判所の役割りについては大いに議論の余地がある。選挙制度に関して憲法が侵害された場合に、裁判所が介入することはもちろん重要であるし、スイスや日本でもそれが行われている。 だが、選挙制度がどうあるべきか、どのような「公正さ」を重視するのかを決めるのは、裁判所ではなく、政治家だ。しかし、制度改革によって今持っているものが将来失われると分かれば、彼らは改革に着手しない。そうした権力者に制度改革を迫ることは、残念ながら、私たちにはなかなかできない。 もっと読む 一票の格差、スイスの政治学者に聞く
おすすめの記事 砲撃された世界遺産の町、ドゥブロヴニク このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/26 1991年10月1日、ドゥブロヴニクでは電気、水道、電話線など、すべてのインフラが切断された。セルビア軍の軍艦がこの町へのアクセスをも遮断。最悪の戦闘が12月6日に始まった。600発の手りゅう弾が町に投げ込まれ、住民は逃… もっと読む 砲撃された世界遺産の町、ドゥブロヴニク
おすすめの記事 殺虫剤、メリットはあるが生態系への懸念も このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/25 春の時期、フランスやドイツ、英国の農村地帯にある広大なアブラナ畑は満開の花で黄色に染まる。 ドイツの農家だけでも、150万ヘクタールの耕地に500万トンの菜種を生産。菜種は食用油、燃料、飼料などに加工される。菜種油は… もっと読む 殺虫剤、メリットはあるが生態系への懸念も
おすすめの記事 米政府による個人情報収集事件は、スイスのデータ保存に有利 このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/24 ベルン郊外にあるコンクリートのがっしりとした建物。これがスイスコムのデータセンターだ。ここでは、クライアントのデータという貴重な「財産」を、爆撃や地震、さらに飛行機の墜落事故などからも守っている。こうした「安全性」が、このビジネスがスイスで成長し続けている理由の一つだ。 このセンターが保存しているのは、通常のデータから銀行や企業の非常にセンシティブなデータまで幅広い。センシティブなものとは、スパイや政府の監視の目から逃れる必要のあるデータだ。この、必ず守ってくれるという「信頼性」もスイスのデータ保存ビジネスに、欠かせない要素だ。 最近、米政府が行っていた電話やネット上での膨大な量の個人情報収集は、世界中を揺るがせた。これは、中国によるスパイ行為の報道と重なって、一般の人々の情報収集に関する意識を高めることになった。しかし、関係者にとっては、何年も前からあった「周知の事実」に過ぎない。 ベルン州ツォリコーフェン(Zollikofen) もっと読む 米政府による個人情報収集事件は、スイスのデータ保存に有利
おすすめの記事 アフリカの聖人を想い、スイスで巡礼 このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/22 毎年行われる巡礼行事に音楽のリズムは欠かせない。今年は12組のコーラス隊が朗らかに歌い、ブブなどの伝統衣装に身を包んだ女性たちが太鼓や木琴に合わせて踊った。 アフリカは、自分たちの聖人をいつまでも忘れないために声を上げる… もっと読む アフリカの聖人を想い、スイスで巡礼
おすすめの記事 何歳で性教育? スイスでは州や学校で異なるが・・・ このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/20 バーゼルのある中学校の生徒たちは、今日浮足立っている。これから性教育の授業が始まるからだ。だが、その授業がスイスで典型的なものだとは判断できない。というのも、スイスでは国レベルでのガイドラインが存在しないからだ。この状態を早急に解決すべき課題だと主張する人と、その必要はないと言う人がいる。 もっと読む 何歳で性教育? スイスでは州や学校で異なるが・・・
おすすめの記事 追い風を受けるスイスの「ヘルス・バレー」 このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/18 メルクセローノ(Merck Serono)のジュネーブ本社。天井の高いガラス張りのエントランスホールに足を踏み入れると、中はしんと静まり返っていた。「最後のスタッフは先週出ていきました」と、ただ1人の受付係が説明する。… もっと読む 追い風を受けるスイスの「ヘルス・バレー」
おすすめの記事 ハングリー精神に欠けるスイスの起業家 このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/10 連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の経済研究所(KOF)が今年4月に発表した調査結果によると、スイスは産業・サービス部門において、ヨーロッパではデンマークに次いで2番目にイノベーション(革新)の盛んな国だ。しかし同時… もっと読む ハングリー精神に欠けるスイスの起業家
おすすめの記事 マッターホルンから世界の屋根へ このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/08 ネパールのフィッシュテイル・エア社のパイロット、サビン・バスニヤトは同国で最も経験を積んだパイロットの1人だったが、そこまで標高の高いところにヘリを飛ばしたことはなかった。空気が薄いところでは、ヘリは飛べないというのが通… もっと読む マッターホルンから世界の屋根へ
おすすめの記事 「メイド・イン・ザ・ワールド」 このコンテンツが公開されたのは、 2013/06/07 グローバル化の波はとどまるところを知らず、国境をますます見えにくくしている。例えば、旅客機一つをとっても、機体の胴体がイタリア製、非常用ドアはフランス製、各種機器は米国製、翼は日本製ということが多い。グローバル化された… もっと読む 「メイド・イン・ザ・ワールド」