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スイスの致命的な「専門知識の欠落」

Simona Grano & Lionel Fatton

スイスは、アジアの国際関係に関する学術的な専門知識の著しい欠如という問題に直面している。アジア大陸の経済・地政学的な重要性が高まるにつれ、この「専門知識の欠落は、より一層深刻度を増している。

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自国の利益を守り、グローバル競争力を維持するために、スイスはこの「専門知識の欠落」を国の重要課題として認識し、対処すべきだ。

そう遠くないアジア

アジアは世界経済成長の爆心地であり、地政学リスクの新たな震源地でもある。国際貿易の一大原動力であるだけでなく国際関係の新たな秩序・規範が試されている地域でもあり、スイスのような小国の立場を左右しかねない。台湾海峡、東・南シナ海、朝鮮半島など、各地で緊張状態が高まっている。

アジアは地理的に離れているように見えるかもしれないが、その政治・経済的変動は広範囲に影響を及ぼす。例えばもし台湾有事が勃発すれば、中国、台湾とその周辺諸国の経済が壊滅的な影響を受けるだけでなく、世界市場も混乱に陥り、国際法規範も脅かされる。ブルームバーグの試算によれば、こうした紛争で発生するコストは 10兆ドル(約1450兆円)を超える。これは世界GDPの1割の損失に相当する。スイスの貿易、金融、産業部門も甚大な影響を受けるだろう。

スイスの政策立案者は、アジアの台頭で生まれる機会とリスクの両方に注意を払わねばならない。公開市場、グローバルな安定性、ルールベースの国際システムを拠り所にするスイスにとって、アジア戦略の先鋭化は選択肢の1つではなく、不可避の課題だ。だがその理解の基盤となる学術インフラは依然として脆弱なままだ。

専門知識の欠落

欧州・北米諸国はアジアに関する学術的な取り組みを大幅に増強してきた。ドイツは、ベルリン自由大学、テュービンゲン大学、ゲッティンゲン大学、ヴュルツブルク大学など、アジアの政治学と国際関係学を統合した多くの学術機関を誇る。イタリアは、ナポリ東洋大学、ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学などの専門機関や、専門プログラムを実施するパヴィア大学、トリノ大学、ローマ・ラ・サピエンツァ大学などの大学機関が充実している上、アジア関連強化プログラムを推進するトリノ世界研究所(T.Wai)などの世界屈指の研究センターがその脇を固める。フランスでは、パリ政治学院(シアンスポ)やリヨン高等師範学校などのトップクラスの大学の活動によりアジア関連の重厚な学術知識が蓄積されている上、フランス国際関係研究所(IFRI)や国際関係戦略研究所(IRIS)のような一流のシンクタンクがこれらを補完する。

こうした学術エコシステムは研究の推進だけでなく、政府や民間部門の意思決定者に重要な知識を提供する拠点としても機能している。一方、スイスは大きく出遅れている。

スイスにはアジア関連の言語・文化コースを提供する大学はいくつかあるが、アジアの国際政治や戦略的な動向についてフォーカスしているところはほとんどなく、該当するのはチューリヒ大学のアジア・オリエント研究所とジュネーブ大学の包括的アジア研究プログラムの2つしかない。だがこれらの機関でも地政学・国際関係学に関する専門知識は限定的で、専門家もごく一握りしかいない。

結果として起こりうること

こうした学術的な空白は深刻な結果をもたらす。スイスの政府・産業界の意思決定者は、アジアの地政学的な変遷、経済戦略、規制の枠組みに関する専門的な見解を求めている。それなくしては、スイスの企業は世界で最もダイナミックに変化する地域の1つで競争力を失う危険性がある。更なる懸念は、貿易交渉から地政学的な危機に至るまで、あらゆる複雑な外交・戦略的課題に対処できるだけの準備が政府に整っていない可能性があることだ。

スイスの外交は長きにわたり中立と対話を重んじてきた。スイスはこの伝統によって、地政学的な情勢が大きく変化するアジアで建設的役割を果たせるだろう。だが確固たる専門知識なくしては自国の利益を誘導する結果を出せず、将来起こりうる危機に対処するだけに終わる可能性がある。

知識不足を埋めるには

この「専門知識の欠落」を解消するために、スイスの大学はアジアの政治学、経済学、歴史、言語に焦点を当てた学際的プログラムの開拓を優先的に行う必要がある。新しい研究センター、履修コースの拡充、アジアに精通する専門家の教員採用などもその一環だ。

連邦政府にも果たすべき役割がある。産学連携推進、アジア関連の新規研究機関・シンクタンクの設立のための資金提供、台湾海峡関係、朝鮮半島、東・南シナ海の海洋安全保障などの戦略的な研究課題への支援が挙げられる。

究極的に、アジアに関する専門知識への投資は単に学術的な探求のためにとどまらない。戦略的な喫緊の要請だ。スイス経済の発展と外交の未来がここにかかっている。世界の秩序が大きく変化する情勢において競争力を維持するために、スイスのリーダーたちは即刻、知識の欠落を埋めるために行動を起こすべきだ。

編集:Virginie Mangin/ac、英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子

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