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秋の風物詩「牧くだり」がスイスから姿を消す?

夏山の牧草地で家畜を放牧する「シュカルガダ」の伝統が危機に直面している Keystone

9月、高原の牧草地に放牧されていた牛や羊や山羊が麓の村へ下りて来る。この「牧(まき)くだり」はスイスの古い伝統だ。しかし、最近の報告によると、この伝統の先行きが危ぶまれているという。

牧くだりはロマンシュ語で「シュカルガダ(Scargada)」と呼ばれ、先週末、スルセルヴァ地方の村ブリゲルスで祝われた。同じような光景はグラウビュンデン州のほかの地域でも見られた。

夏の間山の上で放牧されていた家畜は麓の村に下ろされ、持ち主の元へ戻る。この行事は祭りとして祝われている。

 ブリゲルス(Brigels/Breil)村では6月から「アルプ(Alp)」と呼ばれる高原の牧草地5カ所で家畜を放牧。家畜の持ち主は麓の村に残ってほかの農作業をすることが多く、これら家畜の世話は山の上で一夏を過ごす牧人たちが引き受ける。

 牧くだりの「シュカルガダ」当日、家畜を山から下ろすために持ち主の酪農家たちはアルプに向かう。どの家畜も首からカウベルを下げ、花飾りを付けられる。中でも各アルプの最優秀牛は華やかだ。

 また、乳の出が最も良かった牛は「ミゼリエラ(miseriera)」と呼ばれ、牧草地でリーダー的存在になった最も「血の気の多い」牛は「ピュネラ(pugnera)」と呼ばれる。これらの牛もシュカルガダの行列では特別扱いされる。持ち主や牧人もこの日にふさわしい色鮮やかな民俗衣装に身を包むことが多い。

立ち込める暗雲

 シュカルガダはその土地に根付いた重要な伝統だ。夏になると高原の牧草地に家畜を移動させ、秋になると麓に下ろすという習慣は何世紀もの間続けられてきた。シュカルガダは特にロマンシュ語の歌に歌われ、物語にも登場する。

 しかし、ここに来てこの伝統行事の将来に暗雲が立ち込めている。最近の報告によれば、ブリゲルスだけでなくスイスのほかの地域でも夏の放牧経営の存続が危ぶまれているからだ。

 連邦森林降雪国土研究所(WSL)とそのほか16の機関によるプロジェクト「アルプの未来(AlpFUTUR)」では酪農家と牧人の一連の調査を行っている。スイスの酪農家の48%が毎年夏になると家畜をアルプに送り出しているが(残りは高地での放牧はせず麓の牧草地を利用)、そのうちの半数ほどがこの伝統的習慣を断念しようとしているという。

 これにはいくつかの理由がある。一つには、費用がかかることが挙げられる。アルプで放牧をしない酪農家は高すぎてできないと話す。さらに、多くの酪農家が麓の農地を拡大して家畜の飼料を生産しようとしている。これにより家畜を山に連れて行く必要がなくなるだろうと、調査の責任者であるシュテファン・ラウバー氏は言う。「もしこれが現実になると、夏にアルプで放牧される家畜の数は激減するだろう」

 また、ラウバー氏はほかの理由も挙げる。人工繁殖の発達に伴い、多くの家畜はアルプで夏を越せるほど頑健でなくなってしまった。また、人工繁殖を繰り返されたこれらの家畜にとって1800メートルの高地で放牧される必要もなくなった。

 

 しかし、ラウバー氏は夏のアルプの未来に関して悲観的ではなく「スイス全体を見渡しても、アルプビジネスはさほど危機的状況にはない」と話す。「伝統は非常に重要だ。私たちの研究所では二つの調査を行った。それによると、酪農家の7軒に1軒が経済的に意味がなくても伝統を守って夏の放牧を続ける意思があると回答した。アルプの運営そのもに関しては、酪農家の6軒に1軒が儲けにならなくてもアルプの維持を行う意思を見せた」

伝統の力

 確かにここには経済的理由のほかに重要なことがある。多くの人がアルプスの生活といえば必ずといっていいほど夏の放牧、伝統的なチーズ作り、牧くだりの行列を思い描く。また、環境保全も関係してくるとラウバー氏は指摘する。「現時点ですでに夏の放牧が衰退し、牧草地が荒れ始めている地域がある。特にアルプス南部に顕著だ。つまり、牧草地が森林地帯や雑木地帯になってしまうということだ」

 もし夏の高原での放牧という伝統が廃れたら、「牧草地が荒廃する傾向は、これまでほとんど変化のなかった地域やまったく変化の見られなかった地域にまで広がるだろう」とラウバー氏は言う。伝統を守り、現在のようなアルプスの景観を保つためには何をするべきか?

 アルプスの農業にはすでに助成金が支払われている。ラウバー氏の意見では、スイス人はこの伝統を続けるべきか、助成金を払ってまで守るだけの価値があるかということを決断しなければならないだろうという。「研究所では、夏山での放牧が社会全体からどれだけ望まれているかを見るために、一般市民や観光客を対象にした調査も行っている」

 それでもまだ、牧くだりの華やかな行進は続いている。文化と伝統の力は強いが、経済にも発言権はある。問題は、経済がスイスの伝統に終止符を打ってしまうのかということだ。

高原の牧草地は「アルプ(Alp)」と呼ばれる。

長い冬の間、牛や山羊や羊は山の麓にいるが、夏になると高原の牧草地アルプへ移動。6月から9月までをそこで過ごす。

アルプでは牧人が家畜の世話、搾乳、チーズ作りをしながら、伝統的な簡素な山小屋で夏を過ごす。

アルプでは牧人と見習いの区別があり、多くの酪農家の息子たちは幼い頃にそこで男たちの手助けをする。ごく最近までアルプで女性の姿を目にすることはなかったが、今では女性の牧人もよく見かける。

常に牧人は移動性の高い集団で、イタリアやドイツからの出稼ぎ労働者が多い。

この伝統はアルプス山脈全域に見られ、ピレネー山脈のようなほかの山岳地域にもある。

高原の牧草地で牛や羊や山羊を放牧する様子は歌や物語の中に数多く登場する。特にロマンシュ語圏に豊か。

文学作品では、世界的に有名なヨハナ・シュピリの『ハイジ』。ここではアルプスの夏の暮らしが理想化されている。

これと反対なのがスイスの山岳地帯に伝わる「ゼンネントゥンチ(Sennentuntschi)」という物語。アルプの牧人男性たちが作った人形に命が吹き込まれ、悲惨な結末に終わる。2010年、この言い伝えはミヒャエル・シュタイナー監督の手によってセンセーショナルな映画になった。

ロマンシュ語文学では、スルセルヴァ地方の作家レオ・トゥオルが最初の小説「ギアクンベルト・ナウ(Giacumbert Nau)」(1988年)の中でアルプの生活を写実的に描き、ドイツ語とフランス語に翻訳された。トゥオルは幼い頃にアルプで17回も夏を過ごした。

スルセルヴァ地方のブリゲルス(Brigels/Breil)村の近くにあるタヴァナサ(Tavanasa)出身の若手作家アルノ・カメニシュの「セツ・ネル(Sez Ner)」(2009年)は実際に牧人を経験したことのある人によるアルプの生活をリアルに描いている。

( 英語からの翻訳、中村友紀 )

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