2003年12月、政府関係者に囲まれ、ジュネーブ空港に到着したムガベ氏(中央)。当時、海外渡航が禁止されていた同氏に対し、スイス政府がビザを発行。同氏は国連の技術サミットに出席した (Keystone)
Keystone/Anja Niedringhaus
1983年6月、ジュネーブで開かれた国際労働機関(ILO)の会議で演説するムガベ氏(Keystone)
Keystone/Max Vaterlaus
1983年6月、ジュネーブ空港で代表団と共に出迎えを受けるムガベ氏(Keystone)
Keystone
1976年、国連ジュネーブ事務局で開かれたローデシア制憲交渉ジュネーブ会議では、ローデシアのイアン・スミス首相とムガベ氏、ジョシュア・ンコモ氏、アベル・ムゾレワ氏ら愛国戦線PFの代表者が出席した。交渉では「2年以内の多数支配」を骨子とするキッシンジャー提案を議論した (Keystone)
Keystone
1976年10月、ジュネーブの国連ジュネーブ事務局で行われたローデシア制憲交渉(Keystone)
Keystone
1983年、ジュネーブで開催されたILOの会議で登壇を待つムガベ氏 (Keystone)
Keystone/Max Vaterlaus
今月ジンバブエで起きた事実上のクーデターにより、37年の独裁政治に自ら幕を下ろしたロバート・ムガベ前大統領(93)。ムガベ氏は以前、解放組織の代表として、またジンバブエの大統領として、スイスのジュネーブを訪問した。
このコンテンツが公開されたのは、
ムガベ氏は過去に少なくとも3回、ジュネーブを訪問した。ローデシア(現ジンバブエ)で起こった白人政権とアフリカ人抵抗勢力によるローデシア紛争を巡り、ムガベ氏は1976年、ジュネーブで行われたローデシア制憲交渉ジュネーブ会議にジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線PFの代表として出席。ジンバブエ独立後は、国の代表として国際労働機関(ILO)の会議などでジュネーブを訪れた。最後のスイス公式訪問は2003年。ムガベ氏に対し海外渡航が禁止されていたにもかかわらず、スイス連邦政府はビザを発行。国連の技術サミットに出席した。
(英語からの翻訳・宇田薫)
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。