The Swiss voice in the world since 1935
パーソナルフィード

ログインしてフィードにトピックを追加しましょう。

今すぐ登録
お気に入りリスト

ログインして記事を保存リストに追加しましょう。

今すぐ登録
トップ・ストーリー
スイスの民主主義
ニュースレターへの登録
トップ・ストーリー
ディベート
すべての議論を見る

制裁、関税、戦争…肥料市場に三重苦 スイス商社CEOが警鐘

メリフ・キーマン氏は43年の業界経験の中で数々の市場危機を乗り越えてきたが、今が一番の苦境だと語る
メリフ・キーマン氏は43年の業界経験の中で数々の市場危機を乗り越えてきたが、今が一番の苦境だと語る Thomas Kern / SWI swissinfo.ch
シリーズ CEO spotlight, エピソード 4:

肥料販売を専門とするスイスの国際商社キートレードの最高経営責任者(CEO)、メリフ・キーマン氏は、世界の肥料市場が極めて厳しい状況にあると指摘する。肥料に対する輸出抑制や制裁措置、関税の影響で市場のひっ迫が進む中、イラン戦争が供給をさらに悪化させているとして、今後の供給不足や価格高騰に警鐘を鳴らす。

チューリヒ近郊のタールヴィールに本社を構えるキートレードは1997年、4人の肥料トレーダーによって設立された。現在は世界11カ所に拠点を構え、窒素、リン、カリウム肥料のワンストップ取引を手掛ける。取引先は、市場規模の大きなブラジル、アメリカ、欧州連合(EU)加盟国をはじめ、100カ国以上に上る。トルコ出身のキーマン氏は、キートレード設立前にトルコのインフラ大手ENKAや世界有数の化学品商社Trammoで勤務した経験を持つ。現在は、息子のアフメト・キーマン氏への事業承継を進めている。

同氏は、43年の業界経験の中で数々の市場危機を乗り越えてきたが、今が一番の苦境だと語る。中国による肥料輸出の抑制、ロシアとベラルーシの大手カリ肥料輸出業者に対する制裁措置、さらに世界有数の肥料市場を有するアメリカのトランプ政権が導入した輸入関税など、複数の問題への対処を余儀なくされているためだ。

中でも同氏が懸念を示すのが、イラン戦争とそれに伴うホルムズ海峡の封鎖だ。こうした事態は、肥料トレーダーや農家に前例のない困難をもたらしているという。スイスインフォは、本来は極めて単純な肥料取引というビジネスが、地政学的な要因によって変貌した経緯を聞いた。

スイスインフォ:イラン戦争は会社にどのような影響を与えましたか?

メリフ・キーマン:戦争が始まる前、当社はアラビア湾(以下ペルシャ湾)から距離を置き、他地域での事業に注力する方針を固めました。押さえておきたいのは、中東での戦争が起こる前から、肥料市場はすでにひっ迫していたという点です。ひとたび戦争が発生すれば、肥料の供給環境が悪化することは明らかでした。そのため当社は、ペルシャ湾から軸足を移し、ヨーロッパや北アフリカ、アメリカ、ブラジルなどとの取引を強化しました。この判断は適切でした。

キートレードは、イラン戦争による肥料不足で利益を上げた一方、供給ひっ迫で取引量は落ち込んでいる
キートレードは、イラン戦争による肥料不足で利益を上げた一方、供給ひっ迫で取引量は落ち込んでいる Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

今回の判断により、当社は平時を上回る業績を上げました。ただし、数カ月前の時点でこのような結果を予想できたかと聞かれれば、可能性は低いと答えていたでしょう。2026年度は業績目標を上回る見込みですが、取引量の面では下回ると見ています。1年のこの時期としては、ここ15年で最も取引量が少ないと感じています。そのため、売上高が予想を大きく上回ることはないでしょう。取引量自体が、平時よりも大幅に落ち込んでいるためです。

先手を打った判断によって危機を乗り切ったわけですね。取引の継続は可能なのですか?

はい。当社は今回の危機によって利益を上げています。しかし当然ながら、価格が異例の高水準に達していることを受け、現在は保守的な姿勢に転じつつあります。買い付けを控え、保有在庫の販売を進めています。

社内では冗談交じりに、9月まで事務所を閉めて余計な失敗を避け、その後に来春に向けた準備を始めた方がいいと話すことさえあります。市場がこのように急激に上昇したときは、同じように急激に下落します。だからこそ、慎重さを失えば大きな損失につながりかねません。いずれ必ず、大幅な価格調整が起こるでしょう。

将来のリスクにはどのように備えていますか?

肥料取引は非常に流動性が低く、未成熟です。穀物やエネルギー、金属といった他の商品と比較すると、取引規模ははるかに小さくなります。そのため、この業界では価格発見(市場に関する情報に基づき、ある時点での適正価格を決定する競争的な過程のこと)が課題となります。

肥料には、多数の参加者が売買するような先物市場がありません。現物取引のかわりに契約を交わす通称「ペーパー市場」は存在しますが、小規模です。そのため、他の商品と同様の方法でリスク回避することができません。 このことは、グレンコアのような大手商社が肥料取引に参入しない理由の1つでもあります。肥料市場は、そうした企業のリスク管理の枠組みに適合しないためです。大手商社は当社よりもはるかに大きな財政基盤を持つ一方で、リスクに対処する手段も確保しています。一方、当社のような企業の場合は、リスクに直接さらされます。肥料トレーダーになるには、相当な覚悟が必要です。

「私は国際連合や肥料の業界団体に対し、肥料を制裁措置の対象とならない人道的物資として位置付けるため、積極的に取り組むべきだと訴えてきました」 
「私は国際連合や肥料の業界団体に対し、肥料を制裁措置の対象とならない人道的物資として位置付けるため、積極的に取り組むべきだと訴えてきました」  Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

43年の業界経験の中で、肥料供給がこれほどひっ迫した経験はありますか?

一度もありません。だからこそ、例えばこの戦争が年末まで続いた場合に何が起こるのか、私にも予測できません。私は穀物商社や穀物市場の関係者と話をしてきましたが、そこでは最悪のシナリオを想定していません。戦争が早期に収束すると見ているようです。

肥料産業には、ロシアやベラルーシの大手カリ肥料輸出業者に対する制裁措置によって、すでに相当な圧力がかかっていました。トレーダーはこうした問題にどのように対応してきましたか?

国家が制裁を受けている場合でも、商品の取引を止めることはできません。そうした国々は、自国製品を輸出する販路を必ず見つけるものです。ただし私が指摘したいのは、肥料を制裁対象とすることは危険な賭けだという点です。私は国際連合や肥料の業界団体に対し、肥料を制裁措置の対象とならない人道的物資として位置付けるため、積極的に取り組むべきだと訴えてきました。

キートレードのトップ就任から数十年が経った現在、キーマン氏は息子のアフメト・キーマン氏への事業承継を進めている
キートレードのトップ就任から数十年が経った現在、キーマン氏は息子のアフメト・キーマン氏への事業承継を進めている Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

肥料は全世界の食糧生産を支えています。農家から肥料を取り上げることは、彼らの生計をないがしろにするだけでなく、全世界の穀物や食料の生産を脅かすことにもつながります。

中国は2021年以降、肥料輸出を抑制しています。現状を受けて、中国が輸出拡大に動く可能性はあると考えますか?

中国は一貫して、大量の人口を支えるだけの食料を十分に生産できるかどうかを懸念してきました。同国の農地は、科学技術を最大限に活用できるアメリカやブラジル、アルゼンチン、カナダの農地ほど大規模ではありません。また、土壌の質にもそれほど恵まれていません。そのため、収穫量は概してはるかに少なく、より多くの肥料を必要とします。

私が肥料取引を始めた1997年当時、肥料の最大の輸出先は中国でした。ところが同国はいつの間にか独自の産業を築き上げ、肥料の輸入を禁止して、輸出へと転じました。当社は1999年、中国向け販売を目的として現地法人を設立しました。しかし現在、その拠点は同国からの輸出業務を担っています。現地における当社の業績は、中国当局の決定に左右されます。戦争が続く現在は、当局が国内需要を優先しているため、肥料輸出に消極的なのです。

外部リンクへ移動

つまり、農家は肥料の価格下落を待たず、今のうちに購入しておくべきなのでしょうか?

通常、夏に翌春作付けシーズン向けの肥料を出荷します。そして翌年第1四半期の初めに、第2四半期の追肥に対応する第2の販売シーズンがやってきます。このサイクルが崩れてしまいました。

過去数年間にわたり、価格変動やローン金利の上昇を背景に、購入を限界まで先送りするという新たな長期的傾向が定着しました。農家は、必要なものの購入を限界まで待つようになっています。

農家が肥料市場から手を引くときは皆一斉です。しかし、市場に戻るときも皆同じタイミングです。そのため、肥料の供給過剰は、短期間で供給不足へと転じます。

今年は、イラン戦争により非常に厳しい状況となっています。しかし全体として見ると、肥料市場はこの戦争以前から、構造的にひっ迫しつつありました。農家はリスクに備えて、一定の在庫を確保しておく必要があります。

今年の農家の出費は、肥料の先送り購入によって、例年よりも増えると考えますか?

現在の春の作付けシーズンについては、戦争以前に十分な肥料が供給されていたため、問題は比較的小さいと言えます。そのため、今シーズンは農家も十分な量の肥料を購入できるはずです。私が懸念しているのは、夏以降です。

キートレードのグラフ
SWI swissinfo.ch

当社は夏に、ブラジルの大規模なリン酸塩需要を見据えた準備を行います。したがってペルシャ湾から硫黄が供給されず、その結果、6月から遅くとも8月前半までに中国で十分な量の輸出向けリン酸塩肥料が生産できなくなれば、深刻な問題に直面することになるでしょう。大豆の収穫量が著しく減少するのです。さらに秋からは、北アメリカの窒素肥料やリン酸塩肥料の需要にも目を向けなければなりません。何が起こるのか、全く見通せません。

スイスについて教えてください。金属や穀物などの他の商品と同様に、同国は肥料取引でも中継拠点となっているのでしょうか?

いいえ、穀物やエネルギー取引とは事情が異なります。かつてはロシア系の主要な肥料商社がスイスを拠点としていましたが、制裁導入後は、アブダビを始めとした他の土地へと移転しました。

国際的な水準から見ても、スイスを拠点とする肥料商社は期待されるほど多くありません。現在、国際企業は3社か4社にとどまっています。

参入障壁は主に3つあります。経験豊富な肥料トレーダーの人数が限られていること、取引量が少ないこと、リスクに対処する手段が限られていることです。

タールヴィールにあるキートレードの本社は、キーマン氏が個人で収集したさまざまな中国の美術品や歴史上の貨物船模型の展示室でもある
タールヴィールにあるキートレードの本社は、キーマン氏が個人で収集したさまざまな中国の美術品や歴史上の貨物船模型の展示室でもある Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

もう1つの障壁は、肥料取引が、人間関係に大きく依存する伝統的なビジネスだという点です。我々は、コンピューターの画面上で取引をするわけではありません。世界各地を訪れ、製造業者と直接会い、人間関係を築きます。取引するのは、我々が好感を持ち、我々に好感を持つ人々です。私は43年間この業界に携わってきましたが、新規参入して事業を軌道に乗せた企業はあまり思い浮かびません。

それでも、スイスに拠点を置くことにはメリットがありますか?

スイスは最高の拠点です。国際的な商品取引ビジネスを運営するうえで、スイス以上に適した土地はないでしょう。スイスに拠点を置くことには、それだけのメリットがあります。

まず、当社にとって唯一の資産は従業員です。工場や港湾施設は所有していません。必要なのは優秀な人材です。そして、優秀な人材を確保するには、家族の安全確保や医療をはじめ、望むものが手に入る上質な生活環境を提供することが欠かせません。

これまでシンガポールやドバイから誘いを受けたこともありましたが、なぜ移転する必要があるのでしょうか。税負担を数パーセント軽減するためでしょうか。我々は、スイスで納める税金に見合うだけの恩恵を受けており、その点に満足しています。

今後の事業展望について教えてください。

農業技術や精密農業の分野では、大きな技術革新が起きています。15~20年後には、当社の事業も大きく様変わりしているでしょう。我々は、肥料を販売する企業のままでいるつもりはありません。目指すのは、農家にソリューションを提供する企業です。

そのカギとなるのは、農家の効率性向上です。そのためには肥料の販売だけでなく、作物の栄養管理やハードウェア、ソフトウェア、無人トラクターや散布機なども関わってきます。当社はすでに、こうした分野への投資を進めています。

おすすめの記事
イラン戦争によるフライト欠航で、空港の免税店に影響が出ている 

おすすめの記事

農業ビジネス

イラン戦争がスイスの食品産業に及ぼす影

このコンテンツが公開されたのは、 イラン戦争による供給混乱で、スイスの食品・商品業界に影響が出ている。次に皺寄せが行くのは消費者だ。

もっと読む イラン戦争がスイスの食品産業に及ぼす影

編集:Virginie Mangin/sb、英語からの翻訳:本田未喜、校正:大野瑠衣子

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部