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ブレグジット決定から10年、消えては現れる対EU政策の「スイスモデル」

英国が欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票から10年がたち、この選択を振り返る機会が訪れている。写真は欧州委員会庁舎前ではためく英国旗。2016年撮影
英国が欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票から10年がたち、この選択を振り返る機会が訪れている。写真は欧州委員会庁舎前ではためく英国旗。2016年撮影 Laurent Dubrule / Keystone

英国の欧州連合(EU)離脱が国民投票で可決されてから23日で10年が経った。英国内の欧州懐疑派は当時、スイスをEUにとらわれない生き方の見本としたが、今では親欧州派が「スイスモデル」をEU再接近の方策とみなしている。議論の変遷を分析した。

英国民が欧州連合(EU)離脱、いわゆる「ブレグジット」を可決してからの10年間、この言葉は盛んに使われてきた。まず、国内では単なる外交政策の選択肢から大きく発展し、英国政治の重要な境界線として「残留派」と「離脱派」を隔てるようになった。また、国外では各国のEU離脱論争を活性化させ、例えばフランスの「フレグジット」、スウェーデンの「スウェグジット」、ドイツの「デグジット」といった造語を生み出した。最近では、英国民の多くが事態の推移に不満を持っていることを受け、ブレグジット(Brexit)と後悔(regret)を組み合わせた「ブリグレット(Bregret)」という単語も見られる。

もう1つ、過去10年で盛んに使われた言葉が「スイスモデル」だ。これはブレグジットのような新語や造語ではない。スイス独自のEUとの付き合い方は、混迷を見せながらも数十年前から続いている。そんな言葉が突如として重要性を帯びたのが、ブレグジットの国民投票の時だった。英国から見れば、スイスは良かれ悪しかれ、EUに属さず欧州で生きられることを証明していた。スイスはEU非加盟国でありながら、近隣諸国との貿易や交流を成り立たせている。それで利益を得ているようにもみえる。英国にもスイスと同じことができるだろうか、と。

今のところ、英国はスイスのようにはなれていない。EU離脱を選んだ英国は、「EU離脱を選んだ英国」にしかならなかった。その一方、スイスモデルをめぐる論議はくすぶり続けている。スイスを引き合いに出したのは当初、ナイジェル・ファラージ氏など右派の著名人だった。ところが、EUと英国が関係の「リセット」を目指す今、その語り手は左派の戦略家外部リンク英経済紙フィナンシャルタイムズ(FT)のコラムニスト外部リンクらに入れ替わっている。スイスの対EU政策に課題が山積しているにもかかわらず、スイスモデルはなぜ、ブレグジット後も魅力を失わないのだろうか。

スイス連邦政府と欧州委員会は3月、スイス・EU関係を巡る新たなパッケージ合意に署名した。写真は右派・国民党が印刷した条文集。表紙には「対EU服従協定」を意味するドイツ語が表記され、同党の反対姿勢を示している
スイス連邦政府と欧州委員会は3月、スイス・EU関係を巡る新たなパッケージ合意に署名した。写真は右派・国民党が印刷した条文集。表紙には「対EU服従協定」を意味するドイツ語が表記され、同党の反対姿勢を示している Keystone / Christian Beutler

スイスモデルは誤解されている?

スイスモデルがいまだに引き合いに出される理由は「誰も実態を理解していないから」だ。冗談に聞こえるかもしれないが、半分は本気で答えている。スイス国内でさえ、その実態は常に明確なわけではない。「カスタム済みの擬似的なEU加盟外部リンク」と呼ぶ人もいれば、EUにとらわれずにいるための長い闘争の核心と認識する人もいる。しかし、ブレグジットの国民投票のような盛り上がりの中では、こうした曖昧さが役立つことがある。ジュネーブ大学のサンドラ・ラヴェネクス教授が言うように、英国は常に「経済統合による利益の最大化と主権喪失の最小化」をEUに求めており、一見したところスイスはこれを実現していた。

一方、ラヴェネクス氏は「スイスモデルの制約について当初は明らかに誤解があった」と語る。EU市場参入には代償が伴う。スイスはEU法の制定に実効的な発言力を持たないにもかかわらず、EUとの間に張り巡らせた数多くの分野別協定を通じ、その規定の大部分を飲んでいる。また、「人の移動の自由」も受け入れている。ブレグジット後の英国にとって、これは明らかに譲れない一線だ。スイスには政治的に安定している印象があるが、EUとの関係は長年にわたり政治的な難問であり続けている。言うまでもなく、EUにとってもスイスとの関係は難問だ。

こうしたスイスモデルへの誤解は、過去10年で解けたのだろうか。少なくとも、EU離脱を支持する英国右派の熱狂は冷めている。スイスはブレグジットを「鼓舞」する存在だと言ったファラージ氏は、スイスモデルをブレグジットへの「背信」と呼ぶようになった(かつては直接民主制も求めたが、こちらの熱も冷めたようだ)。一方、最近では新たなスイス流が俎上に載っている。「ダイナミック・アラインメント」(合意締結後にEU側が関連基準を改正した場合、英国にも新たな基準を自動的に適用する取り決め)を一部の分野に限って受け入れることで、限定的にEUの法規に従いながら、企業の参入障壁を低減させるやり方だ。しかし、これがEUや英国内のEU離脱派に受け入れられるかは疑わしい。

万人に利点のあるモデル?

こうした現状から、さらなるスイスモデルの特徴が浮かび上がる。理解されてはいるものの、その理解に偏りがあるのだ。当初の時流に乗ったのは、スイスモデルのうち主権に関する部分だった。巨大なEUに抵抗する小国という印象はスイスの英雄ヴィルヘルム・テルさながらで、国民投票前のような熱狂の下では大衆受けがいい。しかし、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のジョルジョ・マレ講師は、これは主にブレグジットの主張を浸透させるのに有効な「修辞」にすぎず、直接民主制への支持のように「たちまち霧散した」と指摘する。

その後すぐ、スイスモデルに新たな用途が現れた。右派がスイスをかつての理想像ではなく悪例として扱い、ブレグジット実施で妥協すればスイスのようになると警告したのだ。英政府はテリーザ・メイ政権下の2018年、離脱実施に向けた対EU交渉の基本方針「チェッカーズプラン」を発表したが、当時与党だった保守党が反発。ボリス・ジョンソン政権下の2020年になり、新たな貿易協定など影響緩和策のないEU離脱、いわゆる「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」を選択した。チェッカーズプランには、スイスモデルとの類似点があった。マレ氏の言葉を借りれば、スイスはこの文脈において「英国の受け入れ水準をはるかに超えて(EUと)結び付いている」ということだ。

2026年の状況はどうだろうか。EU寄りの労働党が政権に就いた今、スイスモデルはまたも返り咲きを果たし、困難な時代の賢い経済的選択肢とみられている。譲れない一線を完全に捨て去ることなく、もっとスイスのように、是々非々でEUと取引しようというわけだ。この主張には「人の移動の自由」などの事柄で譲歩する可能性が織り込まれている。しかし、労働党・労働組合系の親EU派協会組織「欧州のための労働運動(LME)」は、譲歩による「政治的痛み」は、EUのサプライチェーンや市場への参入を通じた「経済的うまみ」で相殺できると記して外部リンクいる。

過去のスイスモデル論議と同様、一連の主張には政治的な陣取り戦略が含まれているかもしれない。労働党内でキア・スターマー首相に反旗を翻す動きがあり、その可能性は高まっている。英シンクタンク「UKイン・ア・チェンジング・ヨーロッパ」のアナンド・メノン代表は1月、英日曜紙オブザーバー外部リンクに対し「指導的地位に就き得る面々が、国内政治上の理由による間接的な意思表示のためEUへの姿勢を利用している。(スイスモデルについて)私たちはEUから得られるとは限らないものについて、内輪で話を続けている」と指摘した。

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今、スイスモデルを論じる意義は?

メノン氏以外からも懐疑的な見方は示されている。そもそも、スイスと英国が比較可能なのかが問題だ。また、EUはブレグジット以降、これ以上の「いいとこ取り」に明らかに難色を示し、非加盟国がEUから恩恵をせしめることを歓迎していない。それどころか、スイスがそうした恩恵を得ている現状にうんざりしてさえいる。スイス政府とEUの欧州委員会は3月、互いの関係をめぐる新たなパッケージ合意に調印したが、これ自体がスイスモデルの実現性を巡る長期的な膠着の産物だ。

マレ氏の見方では、英国がスイスモデルを論じる時期として最も合理的だったのは、2016年の国民投票の頃だ。当時はまだ、英国が譲れない一線でがんじがらめになる前で、スイス・EU関係も難局を迎えていなかった。英国とスイスはEUをめぐり類似のジレンマを抱えており、総じて言えば、互いのモデルの比較は有益だ。ただし、もとよりEU非加盟のスイスとEUを離脱した英国では、スタート地点がまったく違う。EU政策の目標もかけ離れている。

マレ氏はまた、欧州で生じている変化を指摘する。まず、ロシアのウクライナ侵攻は一部の国にEUへの接近を促した。例えば、アイスランドとノルウェーはEU加盟を検討し、ノルウェーの外相は「やさしい世界」から「狂った世界」への移行という言葉で現状を表現している。マレ氏によれば、EUも現在の地政学的情勢を踏まえて「やや柔軟」になっており、これがEUに対するスイスの様子見戦略に有利に働いてきた可能性がある。 英国ではブレグジットの経済的影響への認識が高まっており、こちらでもEU接近を図る動きがある。交換留学プログラム「エラスムス・プラス」に復帰したほか、貿易面では前出の「ダイナミック・アラインメント」を検討している。英誌エコノミストは5月外部リンク、英国は今夏の英・EU首脳会議を前に「ひそかにブレグジットの巻き戻しを進めている」との記事を掲載した。ちなみに、この記事にもスイスモデルへの言及がある。

英国のEU離脱派の急先鋒となったナイジェル・ファラージ氏。2014年にスイスを訪れ、右派系政治団体「独立した中立国スイスのための運動(AUNS/ASIN)」(現プロ・スイス)の会合で演説した際の写真
英国のEU離脱派の急先鋒となったナイジェル・ファラージ氏。2014年にスイスを訪れ、右派系政治団体「独立した中立国スイスのための運動(AUNS/ASIN)」(現プロ・スイス)の会合で演説した際の写真 Steffen Schmidt / Keystone

混乱した時代の道標か、混乱の象徴か

関係改善を模索する英国に対し、EUの受け入れ姿勢ははっきりしない。しかし、最近の調査結果外部リンクは英国の国民感情の変化を示している。ブレグジットから10年がたった今、離脱を後悔する人が過半数を占めているのだ。56%は再加盟さえ望んでいるのに対し、現状維持を望む人は31%にとどまる。これはつまり、劇的なEU復帰の機が熟したということだろうか。ジョン・バーコウ前下院議長は最近外部リンク、スイスの独語圏日刊紙NZZに対し、英国のEU再加盟は不可能ではないが、向こう5年で実現する可能性は「極めて低い」と言明。「政治では物事に時間がかかる」と語っている。

ジュネーブ大のラヴェネクス氏は、再加盟以外でEUとの関係を緊密化する場合、英国の代議制民主主義は利点になると指摘する。国民投票で国際合意が無効になり得るスイスに比べ、個別分野の難解な問題でEUと協定を結ぶことは今の英国でなら簡単かもしれない。ただし、これは理論的な可能性の話だ。ファラージ氏の改革党は力強く支持を集めており、個別協定による再接近の余地は明らかに限られている。ほんの数年で、再びすべてがひっくり返ることもあり得る。

現状を加味すると、スイスモデルが繰り返し語られる最後の理由が浮かんでくる。周知の通り、モデルは難解な現実における道標だ。過去10年の英国・欧州政治の変化の速さを踏まえれば、多くのモデルが登場したことは驚きではない。それがノルウェーであり、カナダであり、トルコであり、スイスだったということだ。ただし、スイスモデルが描く未来像は今、あまり明快とは言えないかもしれない。スイスの対EU政策自体が変化に直面しているからだ。スイス政界ではEUとのパッケージ合意の是非が議論されており、来年にも国民投票が行われる可能性がある。とはいえ、たとえ揺らぎがあろうとも、先行き不透明な時代に参考例があるだけましなのかもしれない。

編集:Mark Livingston/gw、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子

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