スイスのバー火災、スイスの連邦制度の限界露呈?
スイス南部ヴァレー州クラン・モンタナのバーで死者40人、負傷者116人を出した大規模な火災から1週間が経った。「規則の厳しい国」スイスで、防げるはずの事件がなぜ起こったのか、国内外から疑問や批判の声が上がっている。背景を分析した。
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火災発生から1週間が経ち、1つの確信が浮かび上がる。防げた事件だった、ということだ。既存の安全基準がきちんと守られていれば、40人(うち20人は未成年)という死者数も、負傷者数もはるかに少なかっただろう。火災自体、起きなかった可能性すらある。
死傷者のなかには近隣諸国から休暇に来ていた人も多い。それだけに国外からは、なぜこのような事件が起こったのか理解し難いという声や、怒りの混じった反応も上がり始めている。イタリアのあるメディアは「完全無欠とされてきたこの国も、恥からではなく、現実と向き合うために理想のハードルを下げるときが来ているのでは」と報じた。
世界が注視
小国スイスはこの火災で、従来のやり方では対応しきれない出来事に直面している。
人気スキーリゾート、クラン・モンタナの定住人口は1万1000人。だが冬季には国内外から休暇客が押し寄せ、4万人にまで膨れ上がる。事件当時もクラン・モンタナは大都市並みににぎわっていた。
スイスは地理的には小国だが、経済的には大国だ。困難な状況になるとスイスは自身を矮小化する。必要な時には立ち上がる。スイスがこの惨禍にどう対処するか。世界がその動きを注視している。
スイスは連邦制をかさに、責任を地方自治体に押し付けるのか。それとも、透明性、支援、補償をアピールし、国としての器の大きさを見せるのか。
悲しみから「衝撃」へ
イメージへの打撃は計り知れない。エリザベット・ボーム・シュナイダー内務相はヴァレー州立病院を訪問した際、次のように述べた。「クラン・モンタナのこの悲劇は、ヴァレー州だけでなく、スイス全土、さらには国外にも影響を及ぼすだろう」
火災発生直後の数日間、国全体が深い悲しみに包まれた。しかし、徐々にスイスでも、国外では当初から支配的だった感情、すなわち「衝撃」が広がり始めた。
規則が整うスイスに、まさかそんな「死の罠」が存在し得るとは、という衝撃だった。
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世界は火災が起きた理由、そしてその責任の所在に対する答えを求めた。複数の国にまたがる犠牲者の遺族の反応も同様だった。
在スイス・イタリア大使ジャン・ロレンツォ・コルナド氏は「これは事故ではないという証拠がある」と述べた。またフランスも並行して調査を開始した。両国とも、真実が解明されるまで調査を注視する姿勢を明らかにしている。
地方当局への不信感
火災発生から約1週間後の6日にクラン・モンタナ当局が開いた記者会見は、不安を和らげるどころかさらなる混乱を招いた。説得力に欠ける自治体側の回答と、明白な不備の積み重ねが露呈したからだ。
クラン・モンタナのニコラ・フェロー町長は、火災が起きたバー「ル・コンステラシオン」の安全検査が2019年以降、行われていなかったことを認めた。イタリア人記者が「町は謝罪するつもりがあるのか」と問うと、フェロー氏は「遺族に哀悼の意を伝えた」と述べるにとどまった。
司法当局の捜査を率いるヴァレー州のベアトリス・ピルー州検事総長も圧力にさらされている。特に、捜査に被害者側弁護士の立ち会いを認めていない点が批判されている。「メディアへの情報漏洩を防ぐための措置」だという。
複数の被害者遺族の代理人弁護士を務めるロマン・ジョルダン氏は「衝撃的だ」と反論する。「被害者への敬意は、刑事手続きの中でも具体的に示されるべきであり、少なくとも法律が認めるだけの立場は保障されなければならない」
「我々のやり方で」
「内輪で、我々のやり方でやる」。これが、スイスがヴァレー州に重ねるイメージだ。ヴァレー州はしばしば「自由なアルプスの共和国」、どこか親しみやすい無法地帯のような存在として自身を演出してきた。
しかし同州はここ数十年、バイオテクノロジー、エネルギー、デジタル医療など多様な分野で急速な近代化を経験している。
その一方で、ワイン生産絡みのスキャンダル、密猟、環境破壊、金融スキャンダルといった不祥事も後を絶たない。ヴァレー州のいくつかのホテルでは防火検査が数十年行われていなかったことが最近明らかになったばかりだ。
「個人の自由」
これはヴァレー州の文化と地理にも関係している。カトリックの信仰が強い同州では、個人は最終的に神に対して責任を負い、隣人は自由にさせるという考え方がある。
ドイツ語圏とフランス語圏にまたがり、多数の谷が存在する地理的条件も、ある種の自由放任主義に繋がっている。「平穏に暮らすには、他人も自由にさせる」という姿勢を後押ししている。
この論理を連邦制が下支えする。連邦が指針の大枠を定め、州がそれを適用する。だがヴァレー州は他州と異なり、治安に関する問題を各基礎自治体に委ねている。そこでは、スイスの民兵制度、つまり公共の職務は必ずしも専門職ではなく市民ボランティアが副業として担うという、スイス特有の原則が機能している。
「連邦主義、民兵制度、市民の近しい距離という私たちのシステムは、平時はうまく機能する。だが危機になるとその弱点が露呈する。権限が分散していると誰も責任を負わなくなる」。大衆紙ブリックはそう分析する。
クラン・モンタナでの会見で、イタリア人記者がまさにこの点を指摘した。「町長は本当に、このような徹底的かつ重要な検査を指示するための研修を受けているのか」。町長は、自治体は必要な知識を持つ人材を周囲に集めることができる、と答えた。
「基準は存在しない」
だが現実には、自治体レベルでの検査は特に困難だ。民兵制は人の入れ替わりが激しく、専門家でもない。「防火に関する基準は存在しない」と、ヴァレー州のホテル経営者の1人は言う。「ある担当者は真剣に検査するが、4年後には別の人に替わる」
リソースの問題も出てくる。自治体側は、許容範囲を超える負担ではない、とした一方で、防火検査を担当する5人の業務量は「膨大」で「非常に速いペース」だとも認めた。
ヴァレー州の消防(ボランティアで構成)からは、人員不足への不安も漏れる。もし火災が大晦日ではなく通常の夜(人員が常駐していない時間帯)に発生していたら、被害はさらに深刻だった可能性があるという。
国外では、非専門家による初動対応への批判が出た。スイスは大規模な災害に備える準備が不十分だ、という意見も飛び出した。
しかし、効率性、連帯、そして市民としての貢献に対し、クラン・モンタナ政府の保安責任者ステファン・ガンツァー氏はスイスのラジオ局の放送で「これが我々の制度の特性だ。専門家とボランティアが協働するこのシステムは、その有効性を実証してきた」として対応を称賛した。
連帯に亀裂
火災の夜、偶然クラン・モンタナに居合わせたジュネーブ病院の麻酔科医は仏語圏のスイス公共放送(RTS)に対し「救助の流れは実に称賛に値するものだった」と語った。「私が見る限りミスは1つもなく、ただただ多大な支援の精神を感じるばかりだった」
初期対応において、スイスは自らのイメージ――組織力、信頼性、連帯――をいかんなく発揮した。
だが、構造的な亀裂はある。スイスの連帯は階層的だ。個人が負担できなければ自治体が、自治体が無理なら州が、州が無理なら連邦が支援する。昨年発生したブラッテンの地滑りでは、まさにそのような仕組みが機能した。
州の保険制度も同様の連帯原理で成り立っている。全員が保険料を支払い、全員が予防に参加する。それでも損害が発生した場合は、人々の団結力が物を言う。しかしヴァレー州は、公営の建物保険も民間保険への加入義務も存在しない数少ない州の1つだ。ブラッテンでも、保険未加入の所有者が数人いた。
他州の苛立ち
地元の左派政党は長年、州の建物保険導入を訴えてきた。公営の保険は火災予防に必要な資金、独立性、専門知識を備え、現行規則を施行するあらゆる手段を持つことができると主張した。しかし州議会は、その度にこの案を否決した。 山岳地帯にあるヴァレー州は、スイスの経済的に豊かな州から財政調整金を受け取っている。2026年は8億6200万フラン(約1700億円)だった。ヴァレー州は国内でも随一、自然災害の危険度が高い。ヴァレー州より多くの資金援助を受けているのはベルン州だけだ。そのためチューリヒ州などは、ヴァレー州が最も基本的な安全共存の規則を無視していることに苛立ちを感じている。
編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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