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中東からの帰国難民は「自己責任」 法律明記のスイスで物議

2026年3月5日(木)、スイス・インターナショナル・エアラインズの特別便でオマーンのマスカットから出発したダヴィデ(左)、マリアナ(右)、ナイラ(中央)が、チューリッヒ空港に到着した。
チューリヒ空港に到着したスイス人旅行客。湾岸地域で立ち往生していたが、スイス・インターナショナルエアラインズの臨時便でオマーンの首都マスカットから帰国した Keystone / Michael Buholzer

イランでの軍事衝突から約3週間。現在も約1100人のスイス人が中東各地で足止めされているが、今後、帰国に向けた臨時便が飛ぶ予定はない。「自己責任」を強調するスイス連邦政府に対し、国民から批判が高まっている。国はどこまで支援すべきだろうか。

米国とイスラエルによるイラン攻撃後、戦火はペルシャ湾岸地域へと拡大した。ドーハとドバイの主要ハブ空港周辺の空域は完全閉鎖と部分開放が繰り返されている。イランは米国とパートナー関係にあるバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールなどを標的に、経済的打撃も狙って攻撃を行っている。

スイスの政府と民間航空会社は連携して帰国のためのチャーター機を手配した。3月5日にスイス・インターナショナルエアラインズ(SWISS)の政府チャーター機が1機、7日にエーデルワイス航空の2機がオマーンからスイスに到着した。ただ政府は費用を負担せず、航空各社が格安で提供し、乗客自身も料金を払った。報道によると、エーデルワイスの2機は計474席中70席が空席のまま飛び立った。

現在、中東で足止めされているスイス人の数は、当初の約5200人から約1100人へと減少した。ただし、これは連邦外務省(EDA/DFAE)が提供する国外旅行時の支援アプリ「Travel Admin」に同地域滞在を登録していたユーザーを基に出した数字だ。外務省は、すでに当地を出たものの、アプリ上で旅行終了の操作を行っていない人もこの数に含まれるとしている。

中東地域における軍事衝突および情勢緊迫化を受け、連邦外務省はテヘランの在イラン大使館を一時閉鎖した。大使とスイス人職員5人はイランを出国。状況が許せば、職員は直ちにイランへ戻る予定だ。スイスは利益保護任務の一環として、米国とイランの間の連絡役を担っている。

一部アジア地域からスイスへの帰国も難しくなっている。ドバイやドーハは欧州・アジア間の主要な乗り継ぎ地点だが、現在はこのルートが使えない。アジアで立ち往生しているスイス人旅行者からは、航空券が急騰しているとの声が上がっている。大衆紙「ブリック(Blick)」によると、アジアから欧州までの片道で、5000フラン(約100万円)以上もする場合があるという。中東情勢が原因で立ち往生しているスイス人旅行者が世界中にどのくらいいるのか、外務省は把握していない。

困難はさらに続く。SWISSは当初3月15日までとしていたドバイへの運行停止措置を28日まで延長した。当地の空港の受け入れ態勢に困難が生じていることが理由だ。SWISS以外のルフトハンザ・グループの航空会社も運行を見合わせている。

スイス政府の対応に批判

チャーター機の手配にスイス政府は拠出しないとはいえ、危険地域への発着には政府の許可が必要だ。だが現時点で、政府はチャーター機を追加で手配する意向はない。そんな政府への批判は無視できないものになっている。

事態が深刻化した当初から、ほかの国なら自国民をもっと積極的にサポートするとの声はあった。当局の情報発信は不十分で、当事者の多くが政府に見捨てられたと感じているとされた。

足止めを強いられている旅行者は、報道各社やソーシャルメディアに不満を吐露している。ある女性はメディアに対し「国民を帰国させるのは政府の役目じゃないのか。こっちは税金を払っている」と憤った。ほかにも複数の旅行者が、他国は退避計画を発表しているというのに、自分たちは現地のスイス大使館や総領事館に助けを求めても航空会社に問い合わせるよう言われただけだと、対応を批判。スイスの在外公館に連絡しようにもつながらないとこぼす人もいる。

スイス外務省は、米国とイスラエルがイランを攻撃した2月28日以降、外務省職員は旅行者および当地の居住者およそ1700人の問い合わせに個別対応してきたと主張する。紛争勃発当初からホットラインがフル稼働していることがうかがえる。

もちろん、外務省は当地に滞在しているスイス人の困難な状況に理解を示している。しかし、方針を変えるつもりはなく、自己責任の原則を改めて強調。外務省領事局長のマリアンネ・イェニ氏は4日、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)に対し「旅行前に情報を入手することは、すべての国民の責任だ」と話した。

「保険ではない」政府の支援

こうした考えの根拠は、2015年に施行された在外スイス人法だ。同法はスイスの領事行政サービスの基本原則を定めており、その柱となるのが自己責任の原則と補完性の原則だ。後者は「国による支援は、当事者がほかのすべての手段を講じてもなお解決できない場合に限って行われるべき」というもの。外国へ行く以上、リスクは自分で見極め、問題が起きれば自分で対処する。国の支援はあくまで緊急時の最後の砦であって、保険のような位置づけではない、という考え方だ。

スイス外務省は緊急時にTravel Adminアプリも活用している。旅行者が滞在先を登録できるアプリで、今回の軍事衝突が発生してから約1万6000件の新規登録があり、累計登録者数は約14万人に達した。

自己責任の原則は時代遅れ?

こうした状況に一石を投じようとしているのが、ジュネーブ州選出の議員、カルロ・ソマルーガ氏(社会民主党、SP/PS)だ。同氏は在外スイス人法が現状に即しているのか検証を求める動議を全州議会(上院)に提出し、今月2日に採択された。

上院議員カルロ・ソマルガ
上院議員カルロ・ソマルガ。 Keystone / Peter Schneider

「現時点では、議会でこの枠組みを変えようと考える人は多数派ではない」。ソマルーガ氏もその点は承知している。事実、この件について意見を求められると、保守派にとどまらず、左派なども含めた幅広い議員が「旅行者の自己責任」という原則を支持する。ソマルーガ氏は「スイスには、国外のどこでも無償で即座に支援を保証できるだけのリソースがない」と、政府による支援にも限界があることに理解を示す。

それでも、ソマルーガ氏は個々の状況に応じた運用が必要だと説く。在外スイス人協会(OSA/ASO)の理事も務める同氏は、時として不安定な状況に陥る移住者もいるのだと気づかう。国外に滞在するスイス人が深刻な事態——健康面の問題や著しい困窮など——に直面した場合、政府は社会福祉的な観点からもっと積極的に支援ができるのではないか、と考えている。さらに、世界的な感染症の流行(パンデミック)のように、民間の輸送手段が全世界で完全に停止するような危機的状況では、政府がもっと率先して動く必要があると主張する。

同氏はまた、そのような状況では他国政府と緊密に連携する形もあり得るとみる。イタリア、フランス、ドイツといった隣国の名を挙げ、共同で退避手配を行うことも可能なのでは、との見解を示した。

旅行者自身に大きな責任があるという点では、ソマルーガ氏も同意見だ。イスラエルとイランの軍事的緊張の高まりが湾岸諸国に及ぼす影響は予測可能だったとし、そのような地域に旅行するのであれば、リスクを自覚すべきだと話す。ただし、関係当局の対応には改善の余地があるとも付け加えた。

パンデミックで上がった期待値

2020年から21年にかけて新型コロナウイルスのパンデミックが発生した際、スイス政府は数万人を全世界から帰国させた。これはスイス史上最大規模の帰還事業だった。しかし今回、中東情勢が悪化しても、そのような対応は取られていない。

政府のこうした姿勢は、政治家のみならず、市民の間でも広く議論の対象となっている。コロナのときに政府が大々的に支援したという経験が、緊急事態には国が助けてくれるものという期待感につながったことは想像に難くない。しかし、スイスのように裕福な国であっても、今後長期にわたってあの規模の支援を行うことは容易ではないだろう。

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担当: Eichenberger Melanie

国外滞在の「自己責任」原則は時代遅れ?国が支援すべき?

日本人のあなたからみて、スイスのルールは妥当ですか?それとも厳しすぎる?

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編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:吉田奈保子、校正:ムートゥ朋子

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