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仮面がもたらす解放とカオス スイスの「シャリバリ」を写す

ピンクの布で繋がれた人々
「Échelliers, Fête des Pailhasses(仮訳:はしごをかつぐ人々/パイヤースの祭り)」南仏ラングドック地方クルノテラル、2025年 © Charles Fréger

フランスの著名写真家シャルル・フレジェ氏が、スイスで冬の伝統行事をカメラに収めた。ヨーロッパ各地の古い風習を見つめてきたフレジェ氏が、現代社会に思うこととは――。

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スイス東部アッペンツェル州トイフェンには、大晦日おおみそかの夜に、体にはもみの木の枝やわら、顔には奇怪な仮面を着けた原始的ないでたちの人々が、家から家へとわたり歩きヨーデルを歌う「ジルベスタークロイゼ」という風習がある。響きの美しい母音と子音を駆使して多声で歌われるこの独特なヨーデルは、「自然ヨーデル」と呼ばれるものだ。

トイフェンにある旧兵器庫を改造した博物館「ツォイクハウス」では昨年11月から4カ月間、スイスのファスナハト(カーニバル)始めルーマニアなどヨーロッパ各地の悪霊や冬を追い払う風習をテーマにした写真展「Charivari(シャリバリ)外部リンク」が開かれた。展示されたのはいずれもフランスの写真家シャルル・フレジェ氏の作品だ。

シャリバリとは、うるさく耳障りな音楽や混沌のこと。ドイツ語のKrawall(騒乱)同様、頭痛を意味するギリシャ語karebariaが語源だ。フレジェ氏は、コミュニティにカオスを生み出すような風習に関心を抱く。

シャルル・フレジェ
シャルル・フレジェ氏 Courtesy of Charles Fréger

そうしたカオスの典型が、横向きにかついだはしごから顔を出す男たちの写真だ。上も下も無いはしごは、日常的ヒエラルキーの無効化を象徴する。

フレジェ氏は、こうした風習を「社会をリセットするようなもの」と説明する。だが、現代ではカーニバルなどの祭りに社会的関係性を覆す機能はほとんど無いとも話す。

「仮装パレードにあったガス抜きの役割を今果たしているのは、ソーシャルメディアです。人々は仮面の代わりにアバターやハンドルネームを使うことで世界を相手に好きに振る舞う自由を得ました」

人と人とがつながる場としての儀式に興味を抱くフレジェ氏は、小さな村を訪れ、仮装した住民が三々五々寄り集まる様子を撮ることがいちばん好きだ。

同氏が古い風習に注ぐ眼差しはコレクターのそれだ。その手法は、過激なまでに即物的な産業建築物の写真で知られるドイツの写真家デュオ、故ベルントとヒラ・ベッヒャー夫妻に似るとの指摘もある。だが、フレジェ氏の被写体はボーリング塔やサイロではない。仮装した人々をメインとする前、民族衣装や制服を撮影していた時期もあった。

「シャリバリ」シリーズは、同氏の他のプロジェクト「Wilder Mann(野生の男)」の延長線上に作られた。ヴァレー(ヴァリス)州の「チェゲッテ」やオーストリアの「ペルヒテン」、スコットランドの「バリーマン」など、ヨーロッパ各地で様々に姿を変えて登場する「獣人」を記録したプロジェクトだ。皮革や植物など自然の素材で身を覆い、時に恐ろしげな仮面を着けた獣人たちは、悪魔とクマ、あるいはルーマニアで見られるように猥褻わいせつなヤギが合体したような存在だ。

他者も自己も笑い飛ばす

「シャリバリ」でフレジェ氏は、これまで物議を醸す可能性から「どちらかというと避けていた」キャラクターも公開した。確かに、中には残忍と感じられるものがある。例えばスイスのヘリザウでは年に1度、ギディオ・ホーゼシュトースという架空の子どもの葬儀を行う習わしがある。

ギディオは来る年も来る年も盗んだ菓子を喉に詰まらせて死ぬ。グロテスクな仮面を着けたギディオの両親は泣きながら葬列の後を歩き、牧師は軽蔑混じりの説教をする。「きつい場面です。しかし、自分はこれを一種の魔法と理解します。起こりうる最悪の悲劇を見せることで、それを防ぐのです」。フレジェ氏にとって、それは「死に逆らうイメージ」だ。

涙を拭きながら歩く仮面の親子
「Trauergemeinschaft um Gidio Hosestoss(仮訳:ギディオ・ホーゼシュトースの葬列)」、ヘリザウ(アッペンツェル)、2025年 ©️Charles Fréger

ヨーロッパを巡る中でフレジェ氏は、ロマ族やユダヤ人、黒人など疎外されたマイノリティがカリカチュア的に演じられる場面も度々目にした。そんな時、同氏はそれが良いことか悪いことか、容易には判断を下さないと言う。

オランダの「ズワルテ・ピート」はその一例だ。ドイツ語圏ではクネヒト・ループレヒトと呼ばれるこのキャラクターは、聖ニコラウスの同伴者として知られる。黒人の戯画化であり、顔を黒塗りにするいわゆる「ブラックフェーシング」を肯定するものとして、久しく人種差別批判の的となってきた。

「このテーマに関して自分は決まった意見を持ちません。しかし、特定の仮装が政治的に否定されるようになったプロセスには興味があります。2000年代にはまだメルヘンや素朴さの象徴だったものが、数年のうちに怪物扱いされるようになったのはなぜなのか」

トイフェンの写真展では、ウクライナやルーマニア、モルダウ共和国で行われる伝統行事「マランカ」の仮装も紹介された。1月13日から14日にかけての夜、旧正月を祝う行事だ。

人々の仮装は司祭から悪魔までバラエティー豊かだ。中にはオスマン帝国で重用されていたアルバニア人傭兵「アルナウト」など没落した支配者を偲ぶキャラクターも登場する。ロマ族を類型化した仮面もある。

シャリバリ展に登場したキャラクターは、多くの場合、よそ者であり異分子でありアウトサイダーだ。「ヨーロッパにはコンセンサスの得られないコスチュームがままあります。それらの起源は、コミュニティ間の対立や過去の侵略、戦争です」

フレジェ氏は、こうした賛否あるテーマにも場を与えるべきだと考える。「私たちは揶揄やゆを受け入れる度量を取り戻さねばなりません」。そう主張する同氏にとって、今の世界はどこに行っても「何事も面白がることを許されない」ものだ。

バーゼルのファスナハト(カーニバル)も「シャリバリ」にあふれている。フレジェ氏は、スイスを巡った中でもバーゼルの「シュニッツェルバンク」を最も腰を落ち着けて楽しんだ。韻を踏んだ風刺詩をメロディーに乗せ読み上げるシュニッツェルバンクでは、ありとあらゆる世相が題材となる。「(演者が)宮廷道化師を思わせる点が気に入りました。周りの人たちともすぐに気安く話ができましたよ」

フレジェ氏は「風刺が機能するのは、自分自身を笑いものにする用意がある時だけです」と強調する。

数メートルもある帽子を被った3人の男性
「Nünichlingler(ニューニクリングラー)」、ツィーフェン(バーゼルラント準州)、2024年 ©️Charles Fréger

その意味では、バーゼル地方ツィーフェン村の伝統行事「ニューニクリングラー(9時の鐘鳴らし)」も印象に残ったという。長いグレーのコートに身を包み首にはカウベル、頭には異様に長いシルクハットといういでたちの男たちが、毎年クリスマスイブの夜9時になると亡霊の如く村を歩き回る。

男たちはもともと、良い子にはご褒美を、悪い子には罰を与えるというように子どもを脅かす存在だった。それが20世紀以降は規律や寡黙といった性格を強め、次第に帽子の高さを競うことがメインとなった。

「これらの帽子はどこか誇大妄想的です。高さ競争は次第にエスカレートし、電線をくぐれなくなるまで続きました」(フレジェ氏)

フレジェ氏によれば、シャリバリ展全体に通じるのは、自分を滑稽なものとして見せる人間の姿だ。市長が豚の仮装で町中を走り回ったり政治家がロバにまたがったりと、人々は進んでグロテスクな格好に身をやつす。

「飲み放題に食べ放題、やりたい放題をする自由だけがシャリバリではありません。鏡に映ったばかばかしい自分を笑い飛ばすことでもあるのです」。今という時代はそうした機会に乏しい――フレジェ氏はそう感じている。

編集:Mark Livingston & Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:フュレマン直美、校正:ムートゥ朋子

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