スイスの視点を10言語で

スイスに野党は存在しないのか?

デモ運動にはためくスイス国旗
スイス下院では5人に1人が「政権党」に所属する。そうなると、デモ運動以外に政府案に反対する「野党」はいないのか? Keystone / Jean-christophe Bott

スイスでは下院議員5人のうち4人が政権政党に所属し、主要政党は全て連邦内閣の構成員だ。では政府を誰が監視するのか。専門家にスイスの野党のあり方を聞いた。

12月13日、スイス連邦議会は新内閣を選出する。辞任する内相の後任が男性になることは間違いない。もっと確実なのは、どの政党から選ばれるかだ。というのも、スイスでは60年以上も、4大政党がほとんど途切れることなく一緒に内閣を形成してきた。世界観や意見が大きく異なっても、閣僚として協力し合う。

スイスの最高行政機関である連邦内閣を「政権」とすれば、国民議会(下院)議員の5人のうち4人が政権政党、つまり「与党」に所属する。その意味でのスイスの「野党」は極めて少数だ。内閣に席のない最大政党は緑の党(GPS/Les Verts)で、得票率は10%を少し切る。歴史的に見れば大きな野党だ。

世界一支配力の強い民主主義政府?

議会の外には、政権に反発し国民投票に必要な分の署名を集める動員力を持つ団体も存在する。近年ではパンデミック対策反対派がそうだ。

おすすめの記事
有効署名が入った箱を当局に提出する人の列

おすすめの記事

Covid-19法 なぜいま3回目の国民投票が実施されるのか

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦政府が通常の議会審議を経ずに決定を下す際の法的根拠となる「COVID-19法」を巡り、レファレンダムが提起された。スイスでCOVID-19法に関する国民投票が実施されるのは3回目となる。

もっと読む Covid-19法 なぜいま3回目の国民投票が実施されるのか

しかし一見すると、スイスは民主主義国家の中で最も支配力の強い政府を持っているように見える。

チューリヒ大学のシルヤ・ホイザーマン教授(スイス政治)は「それは違う。スイスの政府は支配的ではない」と言う。

その理由は、スイス内閣には議会の承認を強く求める手段がないからだ。「例えば、他国の首相のように解散権をちらつかせて議会を動かすことができない」。そのため、政府は議会に対し、説得力だけで働きかけるしかないという。

連邦議会議員への潜在的な圧力をさらに弱める要因は他にもある。内閣が共同で決定や提案を行うことだ。ホイザーマン氏の説明によれば、内閣の決定は「合議体として」行う。それは全体の意見であり、「どの政党にも明確に帰属させることができない」という。

毎週開かれる閣議では、7人の閣僚のうち4人の賛成で1つの妥協案をまとめる。ほとんどの場合、閣僚はこの決定に従い、内閣の意見として対外的に表明する。

つまり、A党に所属する閣僚B氏が所管する法案でも、政府案はA党の提案通りにはならない。その代わり、A党に所属する他の議員はB氏に気兼ねすることなく政府案に反対できる。

シルヤ・ホイザーマン教授
チューリヒ大学のシルヤ・ホイザーマン教授。2012年から同大政治学部でスイス政治・非核政治経済学を教える Institut für Politikwissenschaft/UZH

政府にノーを突きつける国民の権利

スイスほど国民投票が頻繁に行われている国はない。スイス国民は定期的に自分の意見や不満を表明できる。

国民投票には、議会や政府が可決した法律改正に反対するレファレンダム(国民表決)と、憲法改正を提案できるイニシアチブ(国民発議)がある。ホイザーマン氏は、イニシアチブとレファレンダムは「幅広い妥協を求める圧力」を高める効果があるという。

また逆に、「全てのレファレンダムは結局のところ、合意形成に失敗したことの表れ」とも言う。

政権与党の中に反対の声

昨年、アラン・ベルセ内務相主導の年金改革に反対し国民投票を起こしたのは、ベルセ氏の出身政党である左派・社会民主党(SP/PS)だった。ある大臣が顔役を務める法案に、大臣の出身政党が反対することはスイスでは普通だ。「国民党(SVP/UDC)は気候政策で同じことをし、自党が輩出した閣僚に反対した」とホイザーマン氏は説明する。

政権政党の中で最も左寄りの社会民主党と、最も右寄り国民党は「とりわけ、政府提案に縛られず、否定的な結果を招くことなく政府案に反発できる」とホイザーマン氏は言う。

このため、スイス政治における二極化は、政権政党の間で起こりやすくなる。ホイザーマン氏は、この二極化は「当然、修辞にも現れる」と言う。

この修辞的な二極化の最たる例は、2人の閣僚を輩出する国民党の代表が、新型コロナウイルス感染症のパンデミック中に内務相を「独裁者」呼ばわりしたときだ。社会民主党の党首も繰り返し政府を批判している。

このように、スイスでは「与党」としての責任と「野党」としての振る舞いが1つの党に共存する。それが最も強く表れるのが、定期的に行われる国民投票だ。投票のたび、各政党は新たな協力関係を結ぶ。

国民投票の案件ごとに、有権者の参考として連邦内閣や連邦議会、各党はそれぞれ「賛成」か「反対」のいずれかの立場を表明する。ベルン出身の政治学者アドリアン・ヴァッター氏によると、1つの投票案件に対して政権4党が異なる立場を取るケースが増えてきている。1970年代末、国民投票の約8割で4党は同じ意見を推奨していた。現在はゼロに近い。

二極化に伴い、連邦議会で社会民主党にも国民党にも反対されない議案は「ほぼ存在しない」とホイザーマン氏は指摘する。「社会民主党と国民党は事実上、多様に分かれるスイス政党政治において最も重要な『野党』だ」

つまりスイスでは、政権与党は同時に「野党」の役割も果たしている。

編集:David Eugster、独語からの翻訳:宇田薫

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部