ヴァルカンビCEO「予測不可能な世界で、金は安全資産」
スイスの貴金属精錬会社ヴァルカンビで新たなCEOとなったシモーネ・クノブロッホ氏が、世界情勢が不安定ななかでの金(ゴールド)の魅力や、精錬拠点としてのスイスの強みについて語った。
ヴァルカンビはスイスそして世界の金業界における巨大企業であると同時に、極めて厳しく精査される企業の1つでもある。精錬能力においてスイス最大規模を誇り、世界的にも有数の規模を有する。今ではスイスのみならず世界の金融システムに深く組み込まれた重要な存在となっている。
6月1日、シモーネ・クノブロッホ氏がティチーノ州バレルナに拠点を置く同精錬会社のCEOに就任した。1970年代以降、スイス南部は北イタリアの宝飾品製造の伝統と、銀行・物流・貴金属精錬を中心にした信頼性の高いスイスのエコシステムを基盤に、金精錬・取引の世界的拠点へと成長してきた。
同社が製造するゴールドバー(金の延べ棒)は、金品質の世界的なベンチマークであるLBMA(ロンドン貴金属市場協会)の「グッドデリバリー規格」と、米国CMEグループの「COMEX規格」を満たしている。COMEX規格は、将来の特定日に固定価格で金の売買を約束する標準化契約の規格だ。
現在、投資家や各国中央銀行が不安定な世界情勢や市場変動のリスクヘッジとして貴金属に目を向けていることから、金相場は歴史的な高値を推移している。このタイミングで、クノブロッホ氏がCEOに就任した。地政学的な不安定さが安全資産としての金の魅力を高めているのは確かだが、その一方で業界は厳しい監視にさらされ、制裁措置の遵守と責任ある形での原材料の調達が求められている。
ヴァルカンビはスイス貴金属協会とスイス・ベター・ゴールド協会(SBGA)に加盟していたが、見解の相違、とりわけアラブ首長国連邦(UAE)からの原材料調達に関する意見の対立から、脱退するにいたった。溶鉱炉と自動化された生産ラインの騒音を背景に、クノブロッホ氏はスイスインフォの取材に応じ、責任ある金の調達は問題ある供給源から取引を断つことではなく、厳格なデューデリジェンス(適正評価)を行うことにあると語った。
スイスインフォ:取締役会があなたをCEOに選んだのは、変革を求めてのことでしょうか?継続性のためでしょうか?
シモーネ・クノープロッホ:大きな変革は求められていません。事業の中核は投資商品、つまり金、銀、プラチナ、パラジウムの地金であり続けます。主な顧客は各国の中央銀行、貴金属取引銀行(地金銀行)、金属取引業者です。小規模の採掘業者や大手鉱山との提携も続けますし、また二次原料としてリサイクル素材も扱います。
この地域にはいくつかの精錬所があります。ヴァルカンビの強みや優位性はどこにありますか?
他社は主に時計・宝飾品向けの半製品やニッチ製品を得意としています。ヴァルカンビは投資用の金地金を専門としています。
今年の1月、金価格は1オンスあたり5597ドル(約90万円)という史上最高値をつけました。原因は何でしょうか? また、世界経済や金融システムの現状について何を示唆しているのでしょう?
近年、かつては「確実」で予測可能とみなされていたことが大きく様変わりしました。それでも金は安全資産であり続けています。また、通貨としてではなく国際取引における役割も再評価されているので、今後も戦略的な資産そして商品であり続けるでしょう。
ほかの地域でも金取引の拠点が台頭しつつありますが、スイスは世界的な取引と精錬の拠点として競争力を保ち続けられるでしょうか?
スイスは今の地位を維持できるでしょう。しかし、今のスイスの利点が、今後も利点であり続けるとは限りません。999.9の高純度金(純度99.99%)の精錬ができるのは、もはやスイスやごく一部の精錬所だけではありません。その技術は広く普及しています。
では、スイスにあって、ほかの拠点にはないものとは何でしょうか?
スイスは安全です。リスクの高い地域と違って、高い保険料をかけずに製造できます。依然としてEUにぽっかりと浮かぶ「島」のような存在です。また、貴金属流通システムが確立されているため、加工中の金を担保にした資金調達を受けることができます。
さらに重要なのは、業界が厳格に規制されていて、(金の品質を証明する)宣誓貴金属鑑定士という独自の制度が存在していることです。つまり、世界のどこにも類を見ない監視の層が敷かれているのです。これが、スイスの金が国際市場で好まれている理由です。スイスでは、こと金の純度では、誰もミスを犯そうとはしません。ミスをすると、ブランドの信頼が損なわれるだけでなく、精錬所が認定資格を失うからです。
スイスの精錬所は大量の金を扱っています。ヴァルカンビを例に挙げると、2025年に1000トンの貴金属を処理しました。その大部分が金でした。
昨年、米国のドナルド・トランプ政権は最終的に金地金に関税を課しませんでしたが、(米国税関・国境警備局が一時的に金地金を相互関税の対象としたことで生まれた)この関税導入案に世界の金業界は強く反発しました。どうしてでしょうか?
私たちは、このグローバルなシステムにおいて投資用の金に輸入関税をかけることは、実行不可能だと確信しています。米国系のある銀行が世界中のさまざまな場所で金を保管していると想像してみてください。一部は米国内に、一部はロンドンに、一部はスイスにあるとします。輸入関税がかかれば、別々の場所にある同じ銀行の金庫間で金を移動させるだけでも、関税を支払わなければなりません。そんな状態で資産管理ができるでしょうか?
2022年以降、各国の中央銀行、特に新興国の中央銀行がとても積極的に金を購入してきました。なぜでしょうか?
理由のひとつは、ドルに代わる選択肢を持つことでしょう。ここ数年、中央銀行による大規模な購入が続いています。金産出国が国内の準備資産を増やす傾向も見られます。言い換えれば、国内生産の一部を外に出さず、自国の中央銀行で保有するようになりました。産出国のあいだで、自国の資源を手放すべきでないという意識が高まりつつあります。同時に、金の準備高が高いほど自国通貨が安定するという側面もあります。
制裁措置、あるいは金融システムの「武器化」に対する反応でもあるのでしょうか?
間違いありません。ほかの商品と違って、金は消費されません。消えてなくならないし、錆びることもない。どの中央銀行にも、大量の金が準備されています。金はまた、一般的な投資に対する現物的な裏付けとしても機能します。人々の貯蓄や年金基金の一部は、例外なく金に投資されています。要するに、需要と供給の波に左右されやすいほかの商品とは違って、金には現物資産という裏付けがあるので、安定しているのです。金価格の投機にはあまり関心を持たない投資家がいます。その代表例が中央銀行でしょう。中央銀行は必要に応じて準備金を活用することで、金価格を安定させたり急激な変動を和らげたりすることができます。こうした理由から、私は金を今なお、リスクの少ない投資における安全な避難先と位置づけているのです。
スイスでは金業界に対する監視や規制がじゅうぶんに行われているのでしょうか?
スイスの場合、ほかの分野と同じで、責任ある調達は依然として自主的な取り組みの域を出ていません。しかしスイスの大手精錬所はすべてLBMAのグッドデリバリー規格と責任ある金調達ガイダンスに準拠していますし、(高リスク地域からの調達も対象とする)OECD(経済協力開発機構)のデューデリジェンスガイドラインも守っています。また、EUの規制を守れているかについても、自主的に監査も行っています。改善の余地はありますが、全体としては強固な出発点に立っています。
UAE産の金は、武装勢力の資金源となる紛争地域産の金、あるいはロシアの制裁を回避するための金である懸念が拭えないため、繰り返し精査の対象となっています。昨年、スイスはUAEから420トンの金を輸入しました。それ以前の年間平均150トンと比べて大幅な増加です。この急増の背景は何だったのでしょうか?
UAEからの輸入が増えた理由のひとつとして、(関税問題をきっかけに)パニックに陥った米国の投資家たちがCOMEX規格のバーを米国内に確保しようとしたことが挙げられます。(ニューヨークにある商品取引所の定める規格に準拠した)COMEXバーに加工するために、金の一部をUAEから輸入する必要があったのです。
スイスがUAEから輸入した420トンの金はすべて、ヴァルカンビが調達したのでしょうか?
はい、ほぼすべてがそうです。ただし、他社も(UAEの金を)少しは扱っています。ヴァルカンビの立場は、UAEからの金はなくならないから輸入を続ける、といったところです。(責任ある調達のための)解決策は、UAEが主要産出地であるという事実を無視することではありません。えりすぐりの承認済みブランドに対して厳格なデューデリジェンスを行うことです。
UAEには50以上のブランドが存在しますが、私たちは承認した2社からのみ金を輸入しています。厳格なデューデリジェンスを実施し、この2社(具体的にはSAMプレシャス・メタルズとアル・エティハド・ゴールド)からの金のみを受け入れています。
ときどき、ヴァルカンビはスーパーマーケットに行くように気軽に金を買ってスイスに持ち帰っている、という印象を持たれることがあるようですが、そんなことはありません。私たちは銀行や金属取引業者から加工する金を受け取るのです。UAEから金が届く場合は、この2社の承認ブランドからの金のみを受け入れると依頼主に伝えます。
加えて、精錬所に対しても、さらに厳しいデューデリジェンスを行います。納品ごとに、精錬所が使用した原料の原産国を明記した適合宣言書を提出するよう求めています。もちろん、ヴァルカンビに届くバーのすべてに、個別のシリアルナンバーが付いています。
精錬所はまた、国際的な基準と制裁を遵守することを書面で確認し、アフリカ、ロシア、ベネズエラなどからの金を使用していないこともはっきりと宣言しています。
おすすめの記事
同志かつライバル UAEとスイスの貿易ハブ競争
SAMプレシャス・メタルズは、内戦が続くスーダン産の金の主要な中継ルートであるエジプトに支社を開設しています。スーダン産の金がヴァルカンビに持ち込まれていないと言い切れますか?
精錬所のコンプライアンス宣言書だけでなく、私たち自身が実施した現地調査の結果からも、スーダン産はもちろん、エジプト産の金もヴァルカンビには届いていないといえます。その逆を示す証拠は、これまで一度も見つかっていません。
精錬所を見学した際、零細・小規模採掘(ASM)産の金の処理は量が少ないためコストがかかり、専用設備が必要だと聞きました。それでもASMセクターへの関心をお持ちのようです。しかし昨年、このセクターの支援を目的とするスイス・ベター・ゴールド協会(SBGA)を脱退されました。何が変わったのでしょうか?
話せば長くなります。コロンビアからスイスにいたるバリューチェーン(企業活動に付随する価値の連鎖)を構築しました。川沿いで暮らす(バレケーロスと呼ばれる)砂金採取者が主要な産出源でした。彼らに産出できる量はとても少なく、1カ月で30g程度です。採取者の数はとても多く、その一人ひとりを把握しなければなりませんでした。彼らの身元確認、現地視察など、バリューチェーン構築に必要なあらゆる準備に膨大な労力を費やしました。
このバリューチェーンは(ジュネーブを拠点とする高級時計・宝飾品ブランドの)ショパールのために構築されたものです。ところがある日、ショパールがヴァルカンビに、コロンビアの金はもういらないと伝えてきたのです。私たちはメデジンにいる現地パートナーに連絡しました。しばらくして、同じバリューチェーンがSBGAで再稼働していることがわかりました。でも、ヴァルカンビではなく、スイスの別の精錬所であるMKSパンプを通じて取引されていたのです。偶然にも、ショパールとMKSパンプはどちらもSBGA理事会のメンバーでした…。
スイス貴金属協会とヴァルカンビはなぜ袂を分かつことになったのでしょうか?
UAEの問題など、見解が異なる点がいくつかあったからです。一部のメンバーが依然としてUAEに現地法人を持っているのに、ほかのメンバーに対してはUAEから金を調達しないよう求める、これが納得できません。
業界外の人々が金ビジネスについて抱いている根本的な誤解とは、何だと思いますか?
今日ご覧になったように、私たちは工場を動かして産業を営んでいます。この点を、人々は理解してくれません。私たちは、違法で、けがれていて、追跡不可能なモノを扱っているわけではありません。ここで見られるのはすべて製造プロセスです。
もうひとつ見落とされがちなのは、精錬所は買い手ではなくサービス提供者だという事実です。ヴァルカンビをはじめとした大手精錬所は、銀行や金属商社から金を受け取っています。みんな精錬所にばかり注目しますが、UAEから金を送っているのは誰か、と問う人はいません。
では、誰がUAE産の金をヴァルカンビに送っているのでしょうか?
ここでお答えすることは差し控えますが、LBMAが詳細を把握しています。あらゆる国際市場で認可を受けた世界の銀行や取引業者がUAEから金を購入し、私たちはその金を受け取っています。そうした業者のすべてがLBMAの会員または規制の整った国のアソシエイトです。
クノブロッホ氏は2013年にヴァルカンビに入社し、当初はLBMAの「責任ある金銀認証」の取得に向けた組織モデルの構築を担当した。この認証は世界標準のデューデリジェンス基準として知られ、精錬所に対して、金の産出源の追跡を行い、使用する金が紛争資金の調達や不正活動と関係していないことを確認するよう求める。
同氏はまた、責任あるジュエリー協議会の認証スキーム、フェアトレード認証とフェアマインド認証、さらにはLBMAのプラチナグループメタル認証など、さらなる調達基準の段階的な導入にも携わってきた。後者は触媒コンバーター、化学処理、電子機器、医療機器などで幅広く使われる金属を対象としている。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:長谷川圭、校正:大野瑠衣子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。