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シンジェンタCEO、中国資本入りへの不安は「杞憂だった」

ジェフ・ロウ シンジェンタCEO
農薬などの作物保護資材や種子を世界の農家に提供するスイス企業、シンジェンタグループのジェフ・ロウ最高経営責任者(CEO)。2024年1月就任 Thomas Kern / SWI swissinfo.ch
シリーズ CEO spotlight, エピソード 1:

スイスに本社を置くアグリビジネス企業、シンジェンタグループのジェフ・ロウ最高経営責任者(CEO)がスイスインフォの取材に応じ、中国資本傘下での成長や親会社の投資姿勢、スイスとの関係、スイス企業としてのアイデンティティーなどを語った。

スイスの農業テクノロジー企業シンジェンタは2017年、中国の国有企業である中国化工集団(ケムチャイナ)の傘下に入った。買収額は430億ドル(当時のレートで約4兆8000億円)。中国企業による外国企業買収額の過去最高を更新した。この出来事はスイス国内で多くの懸念を引き起こし、投資審査法、通称「Lex China(中国法)」制定の動きにつながった。社会秩序や安全保障を維持するため必要な場合に限り、外国国有企業による重要なスイス企業の買収を規制する法律だ。法案は2025年12月に議会を通過しており、任意レファレンダム(国民表決)で否決されなければ2027年にも発効する。

シンジェンタグループは現在、ケムチャイナと中国中化集団(シノケムグループ)の合併で誕生した国有企業、中国中化控股(シノケムホールディングス)の完全子会社となり、農薬などの作物保護資材や種子を専門的に扱っている。2025年のグループ売上高は前年比1.4%減ながらも284億ドルに上り、2017年の買収前の126億5000万ドル、2019年の136億ドルから大きく増加している。利払い・税引き・償却前利益(EBITDA)は12.8%増の44億ドルで、従業員所在地は90カ国、総従業員数は5万人をそれぞれ超えている。

とはいえ、シンジェンタグループは2017年の子会社化以降、難局に見舞われてきた。中国と米国の間で緊張が高まったほか、ドナルド・トランプ米大統領が一律関税を発動。中国政府とつながる企業イメージも一度ならず議論の的になった。

データで見るシンジェンタグループ
SWI swissinfo.ch

スイスインフォは1月、ダボスでの世界経済フォーラム(WEF)年次総会に合わせ、同社のジェフ・ロウ最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。

スイスインフォ:ダボスでのWEF年次総会への出席は4回目ですね。今回はどのような収穫を期待していますか?

ジェフ・ロウ:WEFでは多様な考え方に触れられます。私は知的好奇心が旺盛な性格で、より優れた方法を絶えず模索し、試しています。シンジェンタは進取の気性に富んだ企業で、顧客サービスから新製品の開発に至るまで、常に向上を図っています。ダボスに来て、卓越した賢人たちと接するのは刺激的です。

農業関連企業の参加は多くありませんが、自分たちから遠い業種の企業と交流することや、その企業が何を重視し、何を懸念しているのか理解すること、有意義な学びを自社に持ち帰ることに価値があります。

シンジェンタが中国企業の子会社になって10年近くがたちました。買収によって企業文化や意思決定、長期戦略にどのような変化がありましたか?

2017年の買収直後は、スイス国内から懸念の声が多く上がりました。自国を支える大事な企業を失うのではないか、当社の活動が国外に移るのではないかといった不安を持たれましたし、国有企業がスイスの民間企業を買うという非対称性も不安視されました。しかし、そのどれもが杞憂に終わっています。シンジェンタはスイスにとどまっているだけでなく、かつてないほど重要性を増しています。グループ売上高は買収当時の約2倍になりました。

「私たちは過去10年、スイス各地にある拠点に累計約10億ドルを投資してきました」

当社はもとより世界的な多国籍企業であり、それをガバナンスに反映しています。経営陣と取締役会の顔ぶれはグローバルで、独立社外取締役にも、尊敬され、影響力のある面々を世界中から迎えています。

中国企業を株主に持つことで、どのような価値が加わると考えていますか?

中国側は長期志向です。腰を据えて研究開発(R&D)に取り組み、シンジェンタへの投資を長い目で見ています。アクティビスト(モノ言う株主)*とは対照的な考え方ですね。アクティビスト投資家は半年間だけやってきて、会社の長期的な健全性に害となりかねない変革を求めることもありますから。

中国企業の傘下にいることは、西側諸国の人材や提携先の獲得に影響していますか?

買収以降に採用し、今も在籍している社員を見てもらえばわかります。最高の人材を獲得、定着させることにかけて、私たちの実績は業界でも特に優れていると言えるでしょう。

ジェフ・ロウのインタビュー
「私を含め、経営陣の大半はバーゼルを拠点としています」 Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

米国は特に国家安全保障に関し、中国政府の政策にますます厳しい目を向けています。中国国有企業に所有されている現状で、米国の規制当局や顧客の信頼をどう維持しますか?

私たちはスイス、欧州、米国、そして世界において、スイスを基盤とする多国籍企業と認識されています。株主は中国企業でも、私たちの歴史と系譜はスイスに深く根差しているのです。私を含め、経営陣の大半はバーゼルを拠点としています。米国やインド、ブラジル、さらには他の国々においても、最高クラスの評価を得ている農業ブランドというのが、シンジェンタに対する農家の一般的な見方です。私たちはこの業界で200年以上やっていますし、主要市場のほぼすべてのセグメントで1位か2位にいます。規制当局の間でも、私たちが科学に立脚する会社であり、質と科学的根拠の両面で最善の文書や資料を提出することは十分に知られています。

米中の貿易関係の緊張が続いていますが、シンジェンタはどの程度影響を受ける立場にいますか?

農産物は世界において特に輸出入が多い商品なので、私たちの顧客にとって貿易は重要です。農業は各国を結ぶ懸け橋であるべきです。食料生産への適性には、自然条件による地域差がありますから。例えば、私の出身地である米国中西部は世界有数の肥沃な土壌に恵まれ、効率的に食料が生産できます。それなのに熱帯雨林を減らしたり、生産性の低い土地を耕作に使ったりすべきではない。社会は食料の生産地を最適化し、市場をつくって流通を可能にする必要があるのです。

シンジェンタの製品については、どうでしょう。貿易には関税が課されますよね?例えば、スイスから米国への輸出もそうです。リスクを緩和するため生産地を調整している、ということはありますか?

生産地と事業地のどちらでも主要市場を網羅し、世界中で製品を作っています。種子生産については大半を消費国で行い、想定外の貿易の混乱によるリスクを避けてサプライチェーンを最適化します。また、シンジェンタは高度なサプライチェーンを整えるとともに、信頼性と品質、コストを最適化するため人工知能(AI)を幅広く活用しています。AIは農家の需要を予測する目的でも使います。多くの場合、予測の対象は1年半後です。アルゼンチンやブラジルといった国々の気象パターンをモデルで分析し、トウモロコシと大豆の作付け比率を見積り、インドや中国、スイス、英国といった国々のどこで生産を始めるべきかを判断します。

ジェフ・ロウのインタビュー記録
Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

上海での新規株式公開(IPO)の計画を繰り返し延期しています。現状はどうでしょうか。今年実施する予定はありますか?スイスや欧州での上場は選択肢になりますか?

資本市場での戦略については、株主利益の最大化を念頭に置き、市況など関連の要素に基づき引き続き精査します。現時点でIPO計画に関する正式な決定事項はありません。1次上場、そして状況が許す場合の2次上場についても、実施地を推測するのは時期尚早です。私がCEO就任当初に下した判断に、IPO申請の取り下げがあります。保留の状態があまりに長引き、注意を奪われていたからです。取り下げ後は業績や競争力、キャッシュフロー、利益率の向上に意識を集中しています。

情報開示義務の拡大や短期的な市場の圧力と比較し、上場の利点をどう評価していますか?

上場によって資本にアクセスできるだけでなく、この業界のリーダーとして世界的な名声を強めることもできます。また、IPO手続きの中で規制要件に沿って財務情報を拡充することで、投資家に対する透明性が確保されます。

シンジェンタを今もスイス企業たらしめているのは、どのようなところでしょうか。 私たちとスイスは長く、深く、互いの利益になる関係にあります。また、スイスの系譜を引いていることは、私たちの誇りです。シンジェンタの生命線であるイノベーション能力は、スイスの中立性だけでなく、投資への開かれた姿勢にも支えられています。

「上場によって資本にアクセスできるだけでなく、この業界のリーダーとして世界的な名声を強めることもできます」

(製薬大手の)ロシェやノバルティス、そしてシンジェンタのようなR&D駆動型の企業がバーゼルを拠点としていることは、偶然ではありません。バーゼルには長いイノベーションの伝統があり、世界中から最高の人材が集まります。バーゼルに本社を置いていることは、私たちにとって現実の強みなのです。私はシンジェンタが業界で最もグローバルな企業であり、従業員の多様性が屈指の水準にあることを確信しています。その多様性が、グローバル事業での優れた意思決定の助けになることもです。また、私はスイスの教育システムに確たる信頼を抱いていますし、16歳の娘はスイスで教育を受けています。シンジェンタが採用する人材は自ずとスイスの大学の出身者が中心となっています。

買収以降のスイスへの投資額はいくらでしょうか。

私たちは過去10年、スイス各地にある拠点に累計約10億ドルを投資してきました。今もスイスに腰を据えていることが表れています。

先ほどAIへの言及がありました。シンジェンタのプラットフォーム「クロップワイズ(Cropwise外部リンク」を通じた利用を含め、どの国が最も強力にAIを導入していますか?スイスはどの程度の位置にいますか?

導入の程度は国ごと、農家ごとに異なりますが、米国やブラジル、アルゼンチン、ウクライナ、東欧などの大規模で高度化した農家では、デジタル技術やAIを早くに導入する傾向があります。私の経験上、スイスの農家は非常に高度化しています。また、持続可能性を大変に重視しており、この点は実地の作業を複雑にする可能性があります。スイスでの導入状況はセグメントごとに差があり、一部の野菜生産者ではデジタルツールの活用が非常に進んでいます。全体としては、進んでも遅れてもいない、というくらいでしょう。

ジェフ・ロウのインタビュー
「1次上場、そして状況が許す場合の2次上場についても、実施地を推測するのは時期尚早です」 Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

AIが活用されれば、農家が必要とするシンジェンタの作物保護資材が減るかもしれません。業績目標とのバランスはどう取りますか?

シンジェンタの目標がただ量を売ることだと考えているのなら、それは誤解です。私たちのイノベーションの多くは、成果を高めながら量を減らすことを主眼としています。製品の使用量が減りつつ成果が高まるのであれば、その利益を農家と分かち合います。また、(狙いを絞って効率的に除草剤などを使う)精密散布やテクノロジーは、世界の農家の大問題である人手不足への対処にも役立ちます。製品の購入量は減りますが、より効率的で合理的なやり方です。農家はその効率性・合理性に利益を見いだし、新たな方法にお金を払おうとしているのです。

地域ごと、顧客セグメントごとの価格調整は、どの程度行いますか?

私たちは価値に基づく価格決定方法を採用し、個別の農場や環境で創出される価値に着目しています。例えば、ブラジルのマトグロッソ州とインド南部では劇的に環境が異なります。その上で競争力学やジェネリック品のことも考慮するため、すべてに通用するやり方はありません。ただし、農家が作物保護にかける費用は全体の10%程度にすぎず、肥料の方がずっと大きいコスト要因です。

ロウが上を見上げる
「新製品の開発には10年前後の時間と数億ドルの資金が必要なため、少なくとも10年先まで流れを予測しなければなりません」 Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

気候変動はシンジェンタの事業にどう影響しますか?

私はこの業界に約30年います。私たちは気候変動が主要な話題になっていない時代でさえ、すでに干ばつ耐性のような関連課題に取り組んでいたのです。その後、気候変動によって熱ストレスや極端な大雨が増加してきました。新製品の開発には10年前後の時間と数億ドルの資金が必要なため、少なくとも10年先まで流れを予測しなければなりません。作物栽培地が南半球に移っていく傾向を含め、農業の地理的移行はどのように起こり得るのか。農家はどのような植物病や害虫、課題への対応を新たに迫られ得るのか。そうしたことを分析します。

現状を見ると、責任感をより強く感じます。私たちはイノベーションを手がけ、5万人を超える従業員を擁し、相当な資金をR&Dに投じている。気候関連の課題への対応を後押しできるのです。そのことを、とても重い責任として受け止めています。

*アクティビスト(モノ言う株主):多くの場合、企業の戦略やガバナンス構造に影響を与え、市場価値を短期間で劇的に高めることを目的とし、比較的少量の株式を取得する。その企業の長期的な健全性が犠牲になることも多い。

Edited by Virginie Mangin/gw、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:ムートゥ朋子

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