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ロカルノ映画祭、真利子監督の「ディストラクション・ベイビーズ」、暴力の存在とその多様性を伝える

泰良(中央)はけんかをしないと一日が暮れない pardolive.ch

ロカルノ国際映画祭2016の新鋭監督コンペティション部門に招待された真利子哲也監督の「ディストラクション・ベイビーズ」は、暴力の多側面に光を当てた作品だ。しかも臨場感溢れる映像の連続で、見る人の心にずしんと入り込む。

 舞台は愛媛県・松山。この海辺の町の一角に住む18歳の泰良(たいら)とその弟には両親がいない。外でけんかを繰り返す泰良に、兄弟の面倒を見ている隣人は「この町から出て行け」と言う。その後も泰良は、他の町でけんかを続ける。

 映画の中でほぼ無言の泰良なのだが、ただ一度「一日に3回やらないとな」とぼそっと言う場面がある。けんかのことだ。またある日、公園の水で顔の傷を洗った後、土の上に寝転んで空を見上げ、初めて自分になれたような満足感溢れる表情を見せる。それはまるで、麻薬やアルコールに溺れるように、「けんかに溺れている」人のように見える。

けんかとけんか祭り

 真利子監督は、10代でけんかをしていた人に、ある日松山の飲み屋で偶然出会ったと話す。「よくあるような、けんかの昔話を聞いた。しかし身体がうそをついていなかった。その人のこぶしに触れたとき、本当にけんかをしてきた人だと実感した」。そこで、真剣に取材を開始した。「どういう風にけんかをしていたのかと具体的に聞きながら、話を作っていった」

 また同時に、松山滞在中にこの町に「けんか祭り」というものがあると知ったという。「暴力というのは、道徳的には頭の中で『暴力を振るうと被害者が出る』ということが分かっているのだが、なんか高揚する部分がある。一方社会の中には、暴力を一年に一回許すお祭りがあって神輿(みこし)をぶつけ合っている。その両面を見たときに、映画にしたいなと思った」

暴力のさまざまな側面

 暴力にはさまざまな側面がある。18歳の若者が内なるエネルギーや欲望に突き動かされて犯してしまう暴力。満たされない心のはけ口としての暴力。監督が言うように、高揚したりエスカレートしたりする暴力のメカニズムもある。

 監督は、「結局、こうした暴力のすべての側面を描きたかったのだ」と言う。「(強そうな男に襲い掛かる)泰良だけでなく、(泰良の仲間で女性だけをなぐる)裕也のような違う暴力もある。また、スマホで撮影してそれを流すことで生まれる社会の暴力というものもある。この社会の暴力という圧力によって弟が追い詰められている。なんかそういうものが世の中にはあるということを描きたかった」と言う。

 「そして、そうした暴力が世の中にはないと否定するよりも、あるのだから、しかもすぐ身近にあるのだから、それを映画の中でちゃんと描いて、お客さんに届けられれば、なんか議論が起こるのではないか。そしてそういうことが大事かなと思った」。「一番こわいのは、無関心で『世の中には暴力があるが、自分とは関係ない』と思うことだ」

 実は、暴力とは何かを取材中ずっと考えていたと監督は言う。「しかしそれには答えがなく、答えはないけれどこれを作らないと、暴力とは何かを人は考えてくれない。だからこの映画を作りたかった」

真利子監督と一緒にロカルノ映画祭に招待された泰良役の柳楽優弥(やぎらゆうや)さん。ほとんど無言の泰良の内面を顔の表情で見事に表現する pardolive.ch

臨場感溢れる映像

 ロカルノ映画祭の芸術監督を務めるカルロ・シャトリアンさんは、この映画について「カメラが人物を追うように動き、またカットも少ないのでけんかの現場にいるような臨場感に溢れている」とコメントしている。それを真利子監督に伝えると、「それは意図的にやった」との答えが返ってきた。

 「まず、最後まで映画を見てくれた観客も、絶対的に当事者であるということを伝えたいということがあった。それを踏まえて、カメラは観客が暴力の現場を見つめているような位置からずっと撮っている。しかも、現場をさまざまな角度から見せていて、観客もそこで見ている、暴力に関係している当事者だと思えることを狙った」

無言の主人公

 ところで、映画の中で泰良は、ほぼしゃべらずけんかだけをする。そのことを監督は、「泰良の代わりに『泰良とは何か?』ということを周りが決めていく。でも、それはどれも間違っているということを言いたかった」と説明する。

 つまりは、一般にある事件が起きたときに原因を探して「彼はこうだからこの事件を起こした」ということで、ニュースを終わらせることが一番怖いという。「当事者は、その人なりに考えてやっているので、それを第三者が決めつけることはできない」

 だから、泰良の場合も見ている人が、例えば「彼の暴力性は生い立ちのせいだ」という風に、それぞれがそれぞれの見方で分析していこうとする姿勢を大切にしたかったという。

 実は、真利子監督の2011年の作品「NINIFUNI」(ににふに)でも、自殺する主人公がまったくの無言で演技をする。そうして映像は、「もしかしたら、こういった経緯があったから、彼は自殺したのかも知れない」ということを観客に考えさせるように流れていく。

 このように、真利子監督は事件や現象を徹底的に取材して、「こうしたことは無視してはいけない」という確固とした強いメッセージを観客に伝えながらも、現象についての解釈は観客にまかせるという、謙虚で、それでいて真っ直ぐな映画の作り方をする。

真利子哲也監督略歴

1981年、東京都生まれ。法政大学在学中より8ミリ映画の制作を始める。東京芸術大学大学院修了作品として長編「イエローキッド」(2009)がある。2011年、中編「NINIFUNI」(ににふに)がロカルノ国際映画祭2011のコンペティション外部門に招待される。2016年、「ディストラクション・ベイビーズ」(2016)がロカルノ国際映画祭2016の新鋭監督コンペティション部門に招待された。

なお、「NINIFUNI」は強盗事件の犯人の1人が砂浜で自殺を図るが、そのすぐそばでプロモーション・ビデオの撮影をしているアイドル・グループは、何も知らずに(ないしは無関心に)はしゃいでいるといった作品。タイトルの由来は仏教用語の而二不二(ににふに)。表と裏のように、別のものでありながら繋がっている関係を意味する。

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