コメディ仕立てのドキュメンタリーが問うスイスの中立
スイスで長く国是とされてきた中立政策を、ユーモアたっぷりに解剖するドキュメンタリー映画「En Terrain Neutre(仮題:中立地帯)」が話題を呼んでいる。スイス国民が「永世武装中立」を連邦憲法に明記するかどうかの議論を続ける中、同作はこの国のアイデンティティそのものに鋭く切り込んでいる。
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ロレックスやパテック フィリップを擁する「時計の国」スイスで今、時を刻む針が進んでいる。アイデンティティの根幹ともいえる建国神話、つまり中立性に疑義がもたれているのだ。右派系政治団体「プロ・スイス」が、右派の国民党(SVP/UDC)の支援を受けて提唱した「中立イニシアチブ(国民発議)」は議会で否決された。このイニシアチブが求める、中立が政治の文脈でどうあるべきかを定義する役割は、国民投票で有権者が判断することになった。
スイス外交の根幹を再定義しかねない秋の国民投票に向け国が準備を進めるなか、国内では議論が激しさを増している。それはスイスが長年重んじてきた美徳を検証する時宜を得たともいえる。その問いとは「21世紀の地政学的混乱の中で、スイスの中立とは何を意味するのか」という痛みを伴うものだ。
この問いに向き合ったのが、ベテランのドキュメンタリー監督ステファーヌ・ゴエル氏と、2020年にスイス年間最優秀ジャーナリストに選ばれたメフディ・アトマニ氏だ。「En Terrain Neutre」はロードムービー形式で進み、スイス社会が直面している意識の危機を、乾いたユーモアと政治的視点で描き出していく。
ゴエル監督は4月、ニヨンで開催された国際ドキュメンタリー映画祭「ヴィジョン・デュ・レール映画祭」でこう語った。「私たちは、定義できないものを定義しようとしている」。一方、本作が初監督作となるアトマニ監督は、「スイスという国の心理に、もっと深く入り込みたかった」と振り返る。
世代も背景も異なる2人の監督
1984年ローザンヌ生まれで、ルーツをアルジェリアに持つスイス人ジャーナリストのアトマニ監督と、1965年生まれのゴエル監督。世代も背景も異なるが、「スイス人とは何かを問い直したい」という動機を共有していた。「この国を精神分析し、何が私たちをスイス人にしているのか、あるいはそうでないのか、その根幹を探りたかった」
その好奇心に導かれ、2人はスイス各地、さらにはニューヨークや朝鮮半島の非武装地帯(DMZ)にも足を運んだ。映画には、変化を余儀なくされるスイス社会の、どこか滑稽で奇妙な風景が映し出される。
徴兵制度に葛藤する若い兵士たち、戦争によって利益を上げるスイスの兵器製造業者が集う展示会、そして冷戦時代にアルプス山中に建設された地下シェルターを改装した高級スパホテルを売却しようとするホテル経営者――。
経営不振に陥ったそのホテルは、800万フラン(約16億2000万円)で売りに出されている。オーナーは、「買い手はウクライナ人になるかもしれない」と淡々と語る。その皮肉めいた光景は、スイス的孤立主義の崩壊を象徴する、どこか不穏なメタファー(比喩)として響く。
ウクライナ侵攻後に揺らぐ中立
作中のシーンが示すように、映画制作の直接的なきっかけは、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻だった。
「それは、私たちの歴史における、ある種のモメンタム(勢い)の出発点だった。全ては私たちが中立であるはずだ、という認識に関連している」とゴエル監督は説明する。同じ時期、スイスは国連安全保障理事会の非常任理事国となり、議長国も2度務めた。
そして国内では、プロ・スイスによる過激な中立イニシアチブが提起された。「極端に国家主義的で、非常に制約的な中立観が提示されていた。それを見て、今こそ中立という曖昧なテーマに向き合う時だと思った」
映画はまた、スイスの中立が神話に過ぎないことも皮肉を込めて描く。1515年、フランソワ1世率いるフランス軍に敗れたマリニャーノの戦いを機に、スイス連邦の前身は欧州の戦場から距離を置くようになった。つまり、中立とは軍事的敗北の結果でもあったのだ。
だがその後5世紀を経て、スイスはこの敗北を外交的美徳へと転化していった。「スイスの中立は特別な才能ではなく、特権だ」とゴエル監督は言う。
「これは単純な話だ。フランスに完敗し、もう戦争に関わらないようにした。でも、そういう時代は終わるべきだと思う。私たちにも世界に対する責任がある。小国である以上、自分たちは無力だと思いがちだ。でも、スイスは資本の力を持っている。その力によって、中立は特権ではなく責任へと変わるべきだ」と同氏は述べた。
「見えない概念」を撮る方法
もっとも、ジャーナリストとしての責任から、ゴエル、アトマニ両監督は露骨な政治批判を避けた。代わりに選んだのは、それぞれの活気あふれる個性を反映した、シニカルで軽妙なユーモアを交えた分析だった。
アトマニ監督はこれまで、スイスの諜報機関やスパイ活動に関する批判的な報道で注目を集めてきた。「扱うテーマは深刻だが、私自身はそんなに深刻な人間ではない」と言う。「無邪気に未知のテーマへ飛び込み、人々をその旅へと巻き込む『ゴンゾー・ジャーナリズム』的なスタイルを好んでいる」
ただ2人が一致していたのは、中立を映像化すること自体が不可能に近いという点だった。
中立とは、本質的に目に見えない概念だからだ。それでもアトマニ監督は、外交官や政治家、軍人、実業家たちが、「中立」という物語を何度も語り続ける熱量を捉えることに魅力を感じたという。
「彼らは何を考えているのか。本当に、この政治的な枠組みの滑稽さを理解しているのか。そして、その物語は今でも有効だと思っているのか。多くの人々が中立そのものより、中立を語り続けることにエネルギーを注いでいるように見えるのが、とても興味深かった」
コメディで自虐を促す
中立はスイス極右の象徴的スローガンでもあるが、支持は右派に限らない。左派から保守層のほぼ全体まで、幅広い支持基盤を持っている。つまり本作で両監督は、スイス政治の無意識そのものへ踏み込んだことになる。
ゴエル監督は「権力を撮るなら、権力を笑うことができる」と語る。
その結果生まれた「En Terrain Neutre」は、少々生真面目な小国スイスを揶揄した、どこか愛嬌のある自虐的コメディに仕上がった。
「スイスには、自虐の文化が欠けている」。ゴエル監督はそう指摘する。「私たちは映画の中で、自分たち自身も笑いの対象にした。映画の作り方自体、意識的に反シネマ的だ。遊び心や親しみやすさを通じて、スイスの観客に『自分たちをそこまで深刻に捉えなくてもいい』と思ってほしかった」
同作はヴィジョン・デュ・レール映画祭で上映後、スイス・フランス語圏で劇場公開された。ドイツ語圏各州でも公開が予定されている。2人は、自分たちの新作が観客に意図した効果をもたらしていると実感している。
アトマニ監督は、世代や政治的立場を超えて、観客が「自分にとって中立とは何か」「スイス人とは何か」を考え始めていることに手応えを感じていると語る。
アトマニ監督にとっても、この作品は自己探求の旅だった。「まるでセラピーを受けているようだった」と同氏は語る。アルジェリアにルーツを持ちながら、スイスで生まれ育った同氏は、いまも自らのスイス人としてのアイデンティティに疑問を感じている。「まだ答えは出ていない。でも、この経験によって、新しい旅の出発点に立てた気がする」
その旅は信頼できる仲間と一緒に続けていく。現在、アトマニ監督は次作となるドキュメンタリーを準備中だ。共同監督はデルフィーヌ・シュニドリグ、プロデューサーはゴエル氏が務める。そしてゴエル、アトマニ両氏は、「En Terrain Neutre」が、閉鎖性を好んできたスイス社会に、新たな政治的・倫理的な課題を議論する姿勢をもたらすことを願っている。
編集:Virginie Mangin & Eduardo Simantob/ds、英語からの翻訳:横田巴都未、校正:宇田薫
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